17 緒戦と少年
翌朝。
出発前、女王に老人を会わせることにした。
会見は戦場なので、簡易の朝食会形式にして行う。
朝食会には、女王、冒険者代表のローランド、バルギット伯爵、コルベット子爵、アンドラ卿、ロム、俺とアモンとジョラー。
「王子、そのお方は」
女王が穏やかに話す。
行軍中は不便だが、彼女は全く何とも思っていないようだ。生き生きとしている。
「賢者ジョラー殿です。今日から僕の側近にしますので紹介申し上げます」
「ジョラー殿ですか、ご出身は? 自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか」
女王は老人に気を使ってかなり丁寧にいう。
「お初にお目にかかります。しかし、何ともお美しい。ミランダ女王陛下の美しさは神聖平原どころかイスカニア帝国にもうわさが広がっておりますぞ。噂にたがわぬ美貌。お目にかかれて、非常に光栄に存じます」
老人は立つと、恭しく頭を下げる。
髪は残念なくらい無くなっている。
「オホホ。お世辞が上手ですね、ジョラー殿」
「お世辞ではありませんぞ、事実です。おっと、私の来歴でしたな。私はイスカニア帝立学院卒業。それだけですな。一年程度仕官したことはあります。キルボールとイスカニアに。低位の役人になったことはありますが、つまらぬ仕事なのですぐに辞めてしまいました。経歴といえるようなものではありませんな」
「では、それ以外の時間は如何お過ごしになれられたのですか」
「旅から旅、仕官先を求めて。しかし、いずれも仕える価値もない権力者ばかりで、気が付くとこの年に」
女王はかなり微妙な顔をする。
どう見ても、プー太郎、しかも、老年ニートというかそういうじいさんなのだ。
「何か特技はございますの?」
「知見以外ありませんな」
「剣術、魔術は」
「全く才能も有りませんな」
「何だこの爺さんは」
バルギット伯が呆れたような声を上げる。
「役に立たない一般人などつまみ出すべきですぞ」
コルベット子爵が髭をひねりながらいう。
そこで、俺は女王にそばに来るようにいわれる。
「あのような能力ない人間を傍においてはなりませんわ。王子」
「母上、あの老人は優秀ですよ」
「長年、ふらふらしていたのが疑わしいですわ」
「いいじゃないですか、無害ですよ。あの人の所持品はあの汚いローブだけ。危険なんてありません」
「ふぅ。わかりました。あなたの好きにしなさい。でも、せめて、服だけでもまともなのを着せなさい」
「わかりました」
ジョラーの紹介はそこで終わり、朝食会はそのまま朝の軍議になる。
「皆さん、実はジョラー殿の進言で、伏兵の危険がある可能性を指摘されています。そして、実際、僕が放った偵察により、この地点に謎の集団の集結が確認されています」
俺は地図に丸をつける。
「そこは、リディア殿の領域ですぞ。伏兵などあるはずがない。何かの見間違えではないのですか」
バルギット伯、口から食べ物を飛ばしながら発言する。
「集団の武装などはわかっているのですか。単なる、隊商ではないのですか」
コルベット子爵も否定的だ。
「暗いうちの偵察ですから……詳細は追加の偵察までお待ちください」
暗い間に小鳥の使い魔ピースケを出して、概ねの配置はわかっている。
しかし、細かいことまでは不明である。
一応、ロムに依頼して、陽光騎士団の女兵士部隊に偵察させている。ちなみに、陽光騎士団の女兵士は軽装のレンジャーである。その中でも優秀なものには、闇の魔力を付与したマントを与えている。
雑魚に見つかるようなことはないと断言できるだろう。
「はっきりしないのなら、話になりませんな王子」
厭味ったらしくコルベットが苦笑する。一緒にバルギット伯も笑う。
「では、偵察の報告があるまでは出発準備だけ整えましょう。解散してください」
女王の一言でこの場はお開きになった。
「何よ、あいつら、嫌な感じ」
エリンがぶつぶついう。
「気にしても仕方ないよ」
偵察はその一時間後程度で帰ってくる。
先ほどのメンバーが集められる。
「敵はこの位置とこの位置にいる。正面五百、側面三百。正面は隊商を装っているが、隠し持つ武装がホーリー軍だ。側面はノールとゴブリンの混成軍。神官戦士のような人間が率いている」
ジョラーが説明する。
小さな丘を左手に見て南に通り過ぎる地形である。道はやや東に丘の南をなぞるように曲がっている。曲がり角に五百が待ち構えている。三百は丘の北、これも森の中に潜み、戦が始まれば背後から襲うのだろう。
「どう見る、諸君」
俺は問う。
「我ら、歴代王家恩顧の北方諸侯軍に先鋒をお任せください」
バルギット伯。先ほど俺の私見に厭味を垂れ流していたことなど忘れたような顔をして、先鋒という名誉を欲しがっている。
「諸侯軍は装備が弱いですから、後方支援をされた方が良いですぞ」
ローランドが至極まっとうなことをいう。
「何をいうか、無礼者め。冒険者風情が!」
バルギット伯が激昂する。
ムッとするローランド。年の功で怒りは抑えた。
女王が俺を見る。
俺の判断を聞きたいのだ。
「これは確かに……」
ローランドのいい分が正しいといいかけたが。
「素晴らしい。流石は歴戦のバルギット伯。是非、先鋒をお願いしたいですな」
ジョラーがバルギットに賛同する。
「お、おい」
俺は止めようと思ったが、彼は何か策があるのだろうと考えとどまる。
「しかし、勇気は素晴らしいが、敵は五百、伯のお仲間は合わせても百。これは主力からも兵を割くべきですな」
「そ、それは当然だろう。単純な兵力差は援助賜りたい」
バルギット伯が焦ったような態度で述べる。
「では、屯田兵三百を充てましょう。アモン殿これを率いて北方諸侯の勇者たちをお守りください」
「承った」
「では、陽光騎士団と衛兵隊は背後の敵に備えましょう」
「冒険者はどのようにしましょう」
ローランドが問う。
「アモン殿と協力してくだされ。報酬は倒した敵の戦利品を」
ジョラーの発言。現金を払うよりはいいということか。側面の敵は異種族の蛮人なので戦利品は期待できない。
話が付いたところで、隊列は、諸侯軍を先頭に、屯田兵、衛兵、しんがりに陽光騎士団という形になる。
一応、敵を油断させるために、まっすぐの隊列で移動した。
昼前、丘のふもとに差し掛かる。
敵は隊商の振りをして近寄るが、こちらが陣形を整えだすと、武器を抜いて隊列を組む。
意外と動きはいい。
「者ども! 邪悪な異端者共に我らの武勇を見せつけるのだ! 突撃!」
先鋒のバルギット伯が剣を抜いて民兵を突撃させる。
彼らはまじめな農民である。
鎧もなく、小さな槍と、扉のような四角盾をかざして突撃する。
あまりに貧弱な装備である。
敵は青銅とはいえ、胸当てや兜をかぶっている。それに命がけて挑むのだ。正面の敵は丸い盾と剣、その後ろに弓部隊。敵に到着する前に斉射があり、次々と民兵は倒れていった。
すぐに近接戦になり、倒れた兵は手慣れた動きのホーリー軍に止めを刺されている。
ふらふらとアンドラ卿が騎乗突撃を試みるが、棍棒で殴られて、すぐに落馬する。地面にたたきつけられもがく。命は風前の灯火だった。
バルギット伯爵、コルベット子爵は兵が死ぬのをぼんやり見ている。
アモンと冒険者たちが見かねて、突撃を開始した。
「正面盾を掲げよ、弓兵は援護せよ!」
アモンが唸るように命令すると、屯田兵たちは迷わず綺麗に動いて、先鋒の民兵を救いに行く。残念ながら、諸侯の民兵は総崩れになった。
「行け! 光の神のために!」
そう声が聞こえた瞬間、戦場に閃光がほとばしる。
敵の神官だろう。
円盤に光芒をイメージしたとげがつけられた紋章を掲げている。
屯田兵たちはひるむが、アモンが漆黒の大剣を掲げると、光は緩和される。
ナルドリスは光の魔力を打ち消したようだった。
「王子と女王陛下のために!」
アモンが吠えると、屯田兵たちは勢いを増してホーリー軍と激突した。
この戦いはかなりの激戦になる。
敵はかなり優秀だった。非常に戦い慣れているのだ。農兵である屯田兵たちは装備が弱いので、盾に頼る。盾は硬いとはいえ、完ぺきではない。膝から下が弱いし、視界が悪い。足を刺されて、戦線離脱する兵士が散見された。
「脛あてだけでも金属製にすべきですな」
ジョラーがはっきりした声で進言する。
「ジョラー殿の仰る通りですね。しかし、どうやら、その弱点も一応士気の高さで何とかしているようですが」
「アモン殿の活躍を見れば、問題はありませんが、弱点として認識を」
「わかったよ。ところで、後ろの伏兵はどうなってる」
「動き出したようですな」
急いで報告しようと、女兵士が走ってくる。
「王子。敵異種族軍が迫っております!」
「では、女王陛下中心に、衛兵は円陣。陽光騎士団は二列に並べ」
これは打ち合わせた形である。
女兵士は装備が軽いので、弓、軽クロスボウで後方支援。衛兵は大型クロスボウで敵を撃つ。陽光騎士団の男子は鎖帷子と好みの近接武器で敵を迎え撃つ予定だ。
挟まれていても動揺はない。
前面はアモンのグレートソード『ナルドリス』が敵を文字通り粉砕していく。敵が明らかにおびえているのは空気で伝わっている。「敵を挟み撃ちにできる」それだけで、士気が維持されているのだ。
「背後の敵は所詮烏合の衆。弓弩の斉射でひるんだら、そのまま突撃してどこまでも追ってください」
ジョラーの進言。
「ロムにはそう伝えよう」
俺はうなずくと、伝令に伝える。
伝令がロムに話を伝え終えた辺りで、敵が黒い塊のように湧き出してくる。
正面から歓声が上がる。
ホーリー軍が喜んでいるのだ。
黒い塊、ノールとゴブリンの混成軍団。
ノールは犬の頭に人間のような体。股間だけは何かの動物の皮を纏っているが、人間より一回り大きい。主武器はどこで手に入れたのか、なぎなたのような槍である。最低限の製鉄技術があるのだろう。ゴブリンたちはいつもの奴らだが、沼ゴブリンではなくて、ヒレなどはない。恐ろしく技術がない、ほぼ、石斧と石槍で、鎧も着ていない。
恐ろしくも未開で野蛮な連中は、叫び声をあげ、野蛮な武器を構えて突撃を開始する。彼らの戦いは全てそれである。
初めて見る人間はその勢いに怯えてしまうが、陽光騎士団員はあまり恐怖という感情がない。
いつでも死ぬ覚悟を生まれた時から持っているのだ。
だから、本当に機械のように矢を装填すると、冷静に正確な射撃を行う。
先陣きって飛び出した巨大なノールが、顔面を射抜かれ、ひざを撃ち抜かれ、腹を撃たれて、次々と倒れる。
もちろん、それだけでひるむようなことはないが、二度斉射して、かなりの数が倒れる。
そして、生きのびた連中が陽光騎士団と激突する。
しかし、一騎当千の騎士団である。彼らは思い思いの武器を自由に振り回し、次々と敵を打ち取っていく。
アモンに敗れた三戦士も雑魚相手に苦戦する様子もない。
ヤニスはノールの斬撃を軽くかわして、ナイフを喉、目、性器や尻に刺している。どうやら、鎧のある相手と対峙した時を想定して、実戦で練習しているのだ。そのようなある意味ふざけた態度でも、彼を止められる敵はいなかった。
サンディは群がってくるゴブリンを最小限の動きで突立てながら、次々と屠っていく。彼女が一番効率良いだろう。
ビルマンは剣士らしく、味方を見守りながら戦っている。にやけ面さえなければ次のリーダーなのだろうか。戦場を犬で駆けまわるロムと時々ハンドサインで意思疎通している。
肉弾戦が始まると、蛮族たちはいきなり浮足立っていた。
破壊力、チームワーク、装備、士気、どれ一つ奴らに勝っている要素は無かった。敵は崩れ、背を向けて逃げる奴が出始めると、もう、ダムの決壊のように止まらなくなった。
「敵は崩れた! 陽光騎士団突撃せよ!」
ロムが炎の棍棒を振りかざして命令する。
それを聞いた陽光騎士団は一気に動き始める。
「敵はひるんでいます! 撃滅しなさい!」
女王の声がこだまする。彼女は声も大きい。
「王子と女王陛下のために! ガルディア万歳!」
兵たちが吼える。疲れはあるだろうが、士気は絶好調だった。
正面の屯田兵部隊も、ぼろぼろの諸侯軍も息を吹き返して敵を追い詰める。尚、死ぬ寸前だったアンドラ卿は屯田兵たちに救助され、後方に移されている。頭から血を流している。
「敵は間もなく崩壊します。騎兵を五十、全速でホーリー軍の背後に回らせてください。極力多く倒すのです」
ジョラーの進言。
「蛮族はいいのか」
「あいつらは倒しても実入りが少ないですな。歩兵の追撃だけで十分です」
何ともシンプルで現実的な答えだった。青銅でも奴らの装備はこちらの民兵より上だった。
衛兵の隊長が向かおうとすると、
「隊長、包囲は西側を開けておくのだ」
ジョラーがさらに助言する。
俺が隊長にうなずくと、隊長は会釈してから馬を駆る。
「完全包囲は手負いの獣にしますからな」
俺は無言でうなずいた。
そのころには勝利はほぼ決した。
あとは、虐殺だけである。
半包囲されたホーリー軍は抵抗をあきらめ逃亡する。開けたところからわずかな兵が抜け出すが、八割程度は全滅という結果である。残念ながら、神官戦士は兵卒の命がけの防御で撤退してしまった。
ノールゴブリン混成軍は、ある意味、こちらの方が悲惨かもしれない。主力は重装兵が片付けたが、レンジャーの女兵士軍団が逃げた奴らをしらみつぶしに殺して回った。男より怖い女たち。そういっていいかもしれない。半端ない機動力なのだ。たぶん、平原の全力疾走ならノールの方が早いだろうが、灌木や林など、動きが制限される地形での彼女たちの素早さは異常だった。ロムはどういう教育をしたのだろうか。
その日の夕方、状況が確認されて、報告が上がる。
「こちらの損害は、諸侯軍が死傷五十、屯田兵十五、衛兵五、冒険者五。敵死傷者、ホーリー軍四百五十、異種族混合軍二百九十」
こちらにはほとんど損害はない。死傷者といっても、敵の方は概ね死亡であるのに対して、こちらで死亡した兵は少ない。死者の大半は諸侯軍の鎧を着ていない兵士だった。
「戦利品は魔力の武器が十です。青銅製鎧、兜百程度がすぐに使用可能です。それ以外は修理が必要です」
報告をくれたのは、女王付きの侍従の一人で、役人のような奴だ。
「ありがとう」
俺は礼をいうと、報告書を軍議に提示する。
「普通に表現すれば、圧勝でしたな」
ジョラーは淡々と表現する。自慢にも聞こえるが、気負った雰囲気はない。
「諸侯軍は敢闘しましたぞ」
バルギット伯が自慢げにいう。
俺は一瞬詰まる。彼らの兵は最悪の敗走寸前だったのだ。アモンと屯田兵がいなかったら軍全体に悪影響があっただろう。
あまり追い詰めるのはよくないが、状況は改善してもらわないといけない。
俺が反論しようとすると、
「諸侯軍は撃退されてボロボロだったではありませんか。アモン殿と冒険者や屯田兵がいなければ、アンドラ卿も死んでいましたわ」
女王の手加減ないお言葉。図星を刺されて、顔面蒼白になるバルギット伯。
「諸侯軍は半分の死傷、戦においてこれはほぼ全滅判定。後方に撤退して、再編成を行うか、自領に帰還されるべきですな」
どこの骨ともわからない乞食じいさんに更なる追い打ちをかけられて、ぎろっとにらむバルギット伯。
「バルギット伯、戦はこれからもあります。一度撤退して軍を養ってはいかがでしょう」
俺は彼を慰める役も必要だと思い、声をかけた。
「被害が甚大なのは事実ですぞ、バルギット伯。諸侯軍はここまでで撤退すべきでしょう」
コルベット子爵も同意のようだ。
「北方諸侯、お三方は義務を果たしたと考えます。撤退を許可しますわ」
女王が非常に冷たい目線でそう告げる。
諸侯の撤退話が決まったあたりで、騒ぎが起きた。
兵士の制止を振り切って一人の男が乱入してくる。
取り押さえられかけている男というか少年はアンドラ卿だった。
「お待ちください! 一週間、いや、三日お待ちください。このままでは名誉にもかかわります。必ず兵を再編して女王をお守り申し上げます!」
「無理を申すな、どうやって北方から兵を連れてくるのだ。お主の父の許可は得たのか」
バルギット伯があきれ顔でいう。
「そ、それは……既に早馬は出しました。三日以内に必ず」
「三日でどうやって来るのだ……まさか」
コルベット子爵は何かを思いついたようだが、声には出さなかった。
アンドラ卿は父の名代として来ている。彼がいかに熱血武将だとしても、無理の効く立場ではない。何か当てがあるからこのようなことをいっているはずだった。
「アンドラ卿が何を当てにしているか興味が湧きますね」
こっそりジョラーに告げる。
「早馬一日、行軍二日の距離に父の軍がいるのだろう、そうとしか思えませんぞ、王子」
「まさか」
「その位置はゲーマン公の領土。ゲーマンは領土で戦争でもしているのだろう」
「内乱? 噂も上がってませんが。そういえば、ケヴィン殿は父がゲーマン殿と演習していると申してましたね」
「演習なんてするわけが無い、兵を動かすには金がかかる。ゲーマン領は表向き、平静を保っておるが、内実は憎悪と怒りに満ちておるぞ。農民たちの怨嗟がきこえるわ。素通りする外国人やよそ者には知られぬようにしているのだ」
農民の怨嗟。レイド王国とは違うだろうが、あの男が民を慈しむはずがないからあり得ることではある。
「何か知っているのですか」
「わしは最底辺をさまよっていたから、最底辺の者たちの声が聞こえたのだ」
「なるほど。では、ジョラー殿ならこの場はどうします」
「王子はこの小僧の言葉がどうなるか知りたいのであろう。ならば、そうすればよいではないか。三日なら大した遅れではない」
「では、そうします」
俺は女王に進言する。
「アンドラ卿の熱意は見上げたものです。三日待ってはいかがでしょうか。その間、我々も再編もできます」
「リディアとの合流が遅れるわ」
「三日なら、強行しても何とかなるかと」
「では、私と衛兵と陽光騎士団は先行します。王子と屯田兵は残って彼の兵を待ちなさない」
「女王さすがにそれは……」
分断はまずいと思ったが、女王の決意は固いようだった。
結局、アモンが女王を守るということで話はついた。尚、冒険者軍は俺とアンドラ卿を待つ。バルギット伯とコルベット子爵はさっさと撤退してしまう。
せっかくだから、三日使って装備などの分配を行う。屯田兵の隊長を集め、ホーリー軍の残した武具を分配する。主に前衛担当を強化すれば、更に生存率は増すだろう。脛あてを木の板で強化なども提案した。
そして、こっそり、夜に大けがをした兵の元を訪れ、再生してやる。エリンに頼み彼らを眠らせてから行ったので目を覚ました彼らはキツネにつままれたような顔をしていた。
「神の奇跡だ……ガルディアは神々の恩寵がある」
という噂がまことしやかに流れているようだった。
ノールの死骸から回収された薙刀はこれも屯田兵に分配されている。彼らはかなりの重武装になりつつあった。
アンドラ卿の兵は二十人ほどだったが、あまりに貧弱な装備だったので、余った皮鎧を与え、ノールの薙刀を与えた。必死に戦ったのは事実だからだ。
「王子、かたじけなく存じます」
大けがでふらふらになりながら、アンドラ卿は頭を下げる。
「気にしなくていいよ。それより、そうだ、よく効くポーションがあるんだ。ケヴィン殿、包帯を取ってください」
「しかし……」
「アンドラ卿ケヴィン殿は僕と残ってくれた。それだけでも恩賞に値しますよ。さあ遠慮なく」
従者が包帯を取る。頭蓋が割れなかったのが幸いというような傷だった。
俺は小瓶から出した単なる水を手に浸し、彼の傷口をなでる。その時例の闇と炎の魔力を活性化させる。すると、彼の怪我はみるみる治っていく。
「おお、これは。この薬はかなり高価なものではないのですか」
「気にするな、ケヴィン殿」
せっかくの機会なので、彼に故郷のことや家族のことをそれとなく聞くが、言葉を濁してあまり話そうとはしなかった。
(父親や北部諸侯はゲーマンと組むみたいだから、俺は警戒されてるだろう、……あ、そうか……)
「もしかしたら疑ってるかもしれないけど、僕は同性愛者じゃないから。根も葉もないうわさだよ」 本当は根も葉もある噂だが、中身の人はそういう趣味じゃないのでそれで押し通すことにしている。
彼は愛想笑いでごまかす。
(やはり、普通に政敵側だから警戒されていると考えた方が間違いないな)
一般兵たちはこの三日間忙しくさせていた。新しい装備を貰い、動きや連携を確かめるために演習を行ったのだ。
その間、手練れの冒険者軍は交際を活発化させていた。腕試しはもちろんのこと、武勇談などに華を咲かせていたのだ。
ケイはドラゴンの皮を被ったアランがお気に入りの様子で、盛んにからかったり、おっぱいを押し付けたりしている。
そのたびに、盛大にきょどるのでケイは面白いらしい。妹のカナンはそれを冷たい目線で見ている。怒っているわけではなくて、感情の発露が乏しいだけのようにも感じた。
ちなみに、ローランドはいない。女王が彼の同行を望んだのだ。
彼ほどの経験を積んだ騎士は側近に居ないのが実情である。彼を臣下に加えられるといいのだが。
エクセレスの神官戦士ドワーフのトーラスは暇そうに寝転がっている。彼の奇跡のおかげで負傷者の生存率が上がっている。俺の治療のことは知らないので、彼も今は暇にしている。
「王子、不思議なことに、大けがの兵が治っているんだ。逆に小さなけがの奴はそのまま。不思議なこともあるもんだ」
トーラスが酒を飲みながら、俺に話しかける。
「エクレセスの御加護じゃないか」
俺はにんまりとしながら答えた。
「俺が暇なのはいいことだけどな、そんなことより、あの怖いお嬢さんが何かやるみたいだぞ」
怖いお嬢さんというのはケイのことだろう。ケイはまたアランに絡みついている。
「あんたら兄妹はどんな実力があるんだよ。私と勝負しないか」
ケイが例のグレートソードを見せつける。
最初は辞退していた兄妹だが、周りがはやし立て、結局、兄が片手ハンマーを抜いて立ち会うことになる。
「いいか、寸止めだぞ。絶対けがはさせないこと!」
俺はそれが心配なので、それだけは口を挟んだ。
「はいはい、過保護王子様」
ケイの面倒臭そうな返事。
そして、試合が始まる。
ケイはグレートソード、アランはハンマーとターゲットという小さな盾。左手首に付ける。
ケイは元々格闘家という触れ込みだったが、いつの間にか、恐ろしくグレートソードに熟達していた。
ケイはあまり大振りせずに、小刻みに斬りたて、アランを追い詰める。
アランもかなり武器の扱いが巧みだったが、実戦も訓練も激しく積んでいるケイには徐々に圧されていく。
(ケイにしては上品に戦っているか?)
肉薄を控えているのは間違いなかった。不意にアランが猛攻を開始する。
間合いを詰めて、ケイにハンマーを連続で降り下ろす。
ケイの負けに見えたが、剣を捨てていきなり組み付きに行った。組み付きは彼女の最も得意とする攻撃だった。あっさりアランは組み敷かれ、ナイフを首に当てられる。
「そこまで!」
俺は叫ぶ、試合でけが人が出てほしくない。
ケイがにやっと笑って、ナイフを鞘に納めて、立ち上がる。
ケイは色っぽいし、陽気なので兵士に人気だ。喝采が送られる。手を挙げて答えるケイ。
しかし、ケイはいきなり突き飛ばされる。
アランが背後に立ち上がってやったのだ。
「おい! 負けたのに何のつもりだよ!」
ケイは怒るが、彼女の前には直立する小型のドラゴンがいた。
「あれはなんだ!」「まじかよ、おい」
観戦していた人々に動揺が走る。
ドラゴンはよく見ると、アランだった。半分竜の皮と同化している。口から小さな火と煙を吐き出していた。
「アラン、落ち着け」
俺は慌ててケイとアランの間に立つ。火でも吐きそうな勢いだった。盾をかざす。
俺が声をかけても、奴の血走った眼は変化がなかった。
「グルルルルルウ」
唸っていたが、突然息を吸い込む。
(ヤバい、火を吐くぞこいつ)
逃げるか、剣を突立てるか、迷った。
たぶん、迷っている場合じゃないのだが。
「兄上、王子様を殺すつもりですか」
突然、妹のカナンの声が聞こえる。
低い落ち着いた声で、全員の一瞬の虚を突いたとでもいえばいいか。魔力がこもっている声なのだろう。大声ではないが、皆の耳に届いた。
アランはぴたっと止まる。
「兄上、敵は王子様ではありません。その力は取っておくべきです」
アランの目がゆっくりと落ち着きを取り戻していく。
「こちらへ、休憩しましょう」
カナンがアランの手を引いて、木陰で休ませる。その頃には変体が解け、いつものアランに戻っていた。
俺は安どのため息をつく。
「王子、私を守るなんてしないでくれ。逆だろ、普通」
ケイが文句を垂れる。自重してくれ。
「結果よければいいだろう。僕もケイも怪我がなくてよかったよ」
「ああ嫌だ、優等生お坊ちゃん」
「助けてもらって、なんという態度だ。給料払ってやらねーぞ」
「それとこれとは別だろ!」
いきなり、ヘッドロックをかけてくるケイ。
俺はじたばたしながら(あ、かなりオッパイが当たってる)と考えていた。
その日の夜。
俺はジョラーに呼び出される。
彼は、敵の死骸が積んである場所で検分をしていた。
「王子、敵の死骸を見て気が付くことはありますかな」
「痩せて精悍な敵だね。全員同じ民族かな、イスカニア人というのか。白人種だね」
「彼ら真天神教団はイスカニア人の異端宗教です。ホーリーという教祖に率いられて、神聖平原に消えたのです。それが三百年前。彼らがここにまだ健在というのは本国の人間は知らないでしょう」
「狂信者……ということですか。はみ出し者なのですね」
「あまり見たくないでしょうが、これを見て下さい」
ジョラーは彼らの下着を脱がせる。俺はぎょっとした、彼らは去勢されている。
よく見ると、全員のようだ。
「三百年前の彼らの行状からの話ですが、教祖ホーリーは主神ローヴィエの生まれ変わりであり、彼は大勢の子孫を残す義務があるとして信者の女をすべて妻とした。逆に男どもは不要だが、天の言葉を使える使徒として純潔を保ちながら敵を殺す先兵になると」
「うわー気持ち悪い連中だな。じゃあ、教祖がやりまくりで信者の男どもはそれを指をくわえて見ている感じなの?」
「まあ、実際には一人の男で国体を維持できるほどの精力はないでしょうから、子飼いの幹部もそういう立場なのでしょう」
「こいつらは女も知らず、異教徒への憎悪だけ与えられて生きているのか……何とも惨めすぎる」
「その分、憎悪はすさまじいのでしょう。よそ者を受け入れないから彼らの情報は少なく、結束も固いと思います」
「うーん、それだと、これからも延々と彼らの攻撃を受け続けることになるね」
「ただ一つだけいえることがあります。去勢されて、奴隷身分の兵士たちは教団を憎んでいると」
「そんなものなのか。洗脳されているんだろ?」
「どのように心を支配しても、不愉快であることは不愉快ということですな。彼らの心の支配は意外と脆いかもしれません」
「ジョラー殿に秘策があるなら遠慮なく教えてください。彼らは強いですからね。損失少なく勝てるなら手段は厭いませんよ」
「リディア殿と女王陛下が王子に従って貰えるかが勝負です」
「女王が命令したら、リディアは逆らわないよ、今のところはね。そして、僕が女王に進言したら九割は従ってくれると思う」
「ならば……」
俺はその夜、ジョラーの献策に耳を傾けた。
やがて話し合いは終わり、俺の心はこれから先の戦いに脳をフル回転させていた。
「やれやれ、遅くなったよ」
相当疲れている。
俺は天幕に入ると、簡易ベッドに横になった。
しかし、そこには、全裸の人間が横たわっている。
俺は思わず、飛び跳ねて、腰を抜かす。
「王子、静かに!」
むくっと起き上がった人物はケイだった。
「ケイ、何をしているんだい」
「何って、裸であんたを待っていただけだ」
生つばを飲み込む俺。
「裸って……」
「御託はいいから、昼間のお礼だよ」
全裸のケイは非常に美しい。ぎゅっと抱きしめられると、思わず抱き返す。
そのまま……。
2021/1/9 文章リニューアルしました。
2023/4/26 微修正




