16 遠征と老人
半月後。
ホーリー自治領軍討伐のための兵は、順調に集まっていた。
まず、北平原城周辺の屯田兵たちは士気が高く、定員三百に対して倍の応募があった。
地元民系の農民とレイド王国難民系の農民があまり仲が良くない。彼らは張り合っており、対抗意識を燃やし多くの兵を出そうとしたのだ。
とりあえず、公平を期して、実戦経験の多い人間から百五十づつ出してもらうことにする。
彼らの自前の装備は貧弱なので、金属の胸当てを支給して、最低限の強化には務める。城に備え付けの武具を増やすべきだろう。俺はそれを心に刻んだ。
北平原城には陽光騎士団が二百滞在しているが、そのうち百五十を連れていく。これもひと悶着あった。皆士気が高すぎるのだ。俺を私を連れていけと、騎士団内で大いに騒ぎになったらしい。
結局、くじ引きをして連れて行くことになった。もちろん、誰もが認めるような強い兵は隊長が特別枠で連れて行く。
ミリアに命じ、首都で冒険者に募集をかけている。
実をいうと、そろそろ冒険者に手を借りなくてもいい雰囲気ではあった。しかし、腕の立って、ユニークな人間を引き入れるには最適な制度なのだ。冒険者ギルドを無視は出来なかった。
俺は四百五十を連れて出発しようとする。
「お待ちくだせぇ。王子様!」
例のあの駄馬にまたがった瞬間、足元から声がする。
見ると、どこか見覚えのある男。
「お前は……?」
「人間牧場の跡地で徴兵されたドカーでごぜいやす!」
「ああ、あの時の奴か、真面目にやってるか?」
「王子様、あっしはまじめにやってます! しかし、あのゲヒンの奴は先日死んじまいやがった」
「確かこの城で警備兵やってたんだよね」
「へぇ、その通りで。しかし、あのゲヒンの野郎、難民に因縁つけて賄賂を巻き上げやがったんです」
「あの貧相な森エルフならやりそうなことだ」
ガリガリで小柄、性格悪そうな顔にモジャモジャのテンパ頭を思い出す。
「そしたら、やっぱり王子様のあの不思議な力が……ゲヒンの奴は硬いパンを食べていた時に突然死亡したんです!」
「あれ、水とか飲まないと喉詰まるだろ」
「これは、王子様の不思議な力ですよね?」
「いや、たぶん、水じゃない?」
「やっぱり不思議な力だ。すみません! 王子様! あっしは決して悪事をしません! 不思議な力で呪いをかけるのだけはやめてください、お願いします!」
「だから、たぶん、単なる偶然だと思うよ……」
「お願いします。お願いします! 不思議な力だけは許してください」
涙と鼻水を流しながら、ブーツにしがみつくドカー。
「うわ、汚い! わかった、お前の呪いは解くから、これから真面目にやれよ!」
アダブラカタブラみたいに適当な呪文っぽい詠唱をやる。
「ありがとうごぜいやす! ありがとうごぜいやす!」
繰り返し土下座するドカーだった。
「ふぅ、ようやく納得してくれたみたいだな」
「みんな王子が呪いの力を持っているとか噂しているぞ。悪いことをすると不思議な力で死ぬことになるとか」
モフオが教えてくれる。
「それ、誤解だから。しかし、今更かな。変態王子とかロリコン王子よりはましだな」
などという小さな事件があったが、とりあえず首都まで出発することになる。
首都にはすぐに到着する。
イーサンが出迎えてくれた。
「冒険者二十、その内、ケイ、ローランド、トーラス殿が参戦されます。名のある方は他に、アランとカナンという兄妹の冒険者の方が参戦されますが……ちょっと、かなり変わったお方で」
「いいよ、別に、変人奇人なんて珍しくもないし。命令に従って戦えるなら文句はいわない」
「カナン殿は魔術士らしいのですが、アラン殿はその、竜の皮を剥いで頭からすっぽりかぶっておりまして……」
「ハハハ、そりゃ変わってる。とりあえず、皆が集合したところで紹介してくれ。ところでミリアはどうしたんだ?」
「冒険者ギルドからミリアが依頼だけして姿を見せないというのです。それで、私にお鉢が回ってきたのです」
「行方不明なのか?」
「部下に探させています。大きな町ではないですから、すぐに見つかると思いますが」
「では、頼む。さすがに今は戦争の準備で一刻を争うからね」
俺は後でこの判断を悔やむことになる。
城の外には、衛兵百と陽光騎士団百五十とロム。俺が連れてきた百五十、屯田兵三百。
女王もいる。侍女数人と護衛兵十人ほど。
「ここで半日、北部の援軍を待ちます。触れは出しましたから、来る気があるなら来るでしょう」
女王ですら期待していないようだ。
時間まで少し暇なので、冒険者たちと顔合わせする。
「僕はクリサレス、クリス王子と呼んでいい。こちらが護衛のエリン。こちらは自由騎士アモン」
エリンは無言で会釈する。アモンは無言で立つ。
冒険者たちは、古強者が多くなっている。
前までは民兵に毛が生えたようなのばかりだったが。今は人の五・六人は殺してきたというよう面魂の輩ばかりだった。
その中でも、うわさの兄妹は人目を惹く。
もちろん、兄のアランは竜の頭部から腹まで皮を剥ぎ取って作った皮をかぶっている。フード付きマントに近い。フード部分が龍の頭というだけである。皮の下は鎧兜をかぶり、腰には魔法と思われるハンマー。
妹は赤いドレスを身にまとい、黒髪黒目。エリンに似ているが、エリンよりは背が高い。非常な美貌である。しかし、目は冷徹。
「コルベイン伯の子供だわ、たぶん」
エリンがそっと教えてくれる。
「コルベイン伯?」
「アーロン王国の重鎮よ。元冒険者で竜の皮を剥いできたという話。確か、引退したわ」
「うーん、しかし、自ら身分を名乗らないのなら、お忍びだろうから無理に正体を問わなくてもいいかもね」
エリンは肩をすくめる。判断はご自由にってことだろう。
アランはフードをはねのけ、兜の面頬を上げる。かなりの美青年だ。
「これは王子様、お初にお目にかかります。ア―ロン出身の冒険者アランです、こちらは妹の……」
「カナンよ、魔術を使うわ」
「参戦ありがとう。活躍に期待しているよ。活躍次第ではボーナスも出すよ」
「王子、こちらのアモン殿は姿だけでも凄まじいお方だ。どのようなご関係なのです?」
アランは背が高いがアモンはさらに頭二つぐらい高い。
戦士なら当然気になるだろう。
「以前レイド王国に出向いたとき、彼は捕らえられていた。僕は義侠心から助けた。そして、アモンは怪我が癒えた時点で自由騎士として我が国に手助けしてくれている。もちろん、その協力は彼の自由意思だ」
「私も似たような身分です。王子が民のために戦っていると聞いて、非力ながらも手伝おうと参上した次第です」
「非力だなんてとんでもない。アラン殿が相当な実力をお持ちなのはわかりますよ」
「王子のご期待に添えられたらいいのですが」
にっこりとほほ笑むアラン。妹と同じく、彼も美しい人物だった。
そのような話をしていると、ロムと三人の陽光騎士団員が現れる、紹介した後、ロムが三人を紹介する。
「王子、この三人は我が陽光騎士団の中でも選りすぐりの使い手。アモンとの手合わせ試合を」
「試合?」
「腕試し」
俺はちらっとアモンを見る。軽く会釈してくれる。
「アモンはいいみたい。でも、寸止めで頼むよ」
「当然だ。手槍使いのサンディ、両手ナイフのヤニス、片手剣使いのビルマンだ」
サンディは全てが褐色の半裸の女戦士。手槍は見覚えがある、戦死したキャスに与えたものだ。巡り巡って彼女の手にある。
ヤニスは長い黒髪に日焼けした肌、やや小柄だが筋肉は凄まじい。ナイフを二本腰に差している。ナイフといっても鉈に近いような大振りだった。
ビルマンはひょろっと背の高い男で、にやついたような顔。武骨な片手剣を持っている。上古時代の発掘品だと思われる。
アモンは軍の資材から適当な木の棒を拾う。
「剣を貸そうか」
当然、ナルドリスを抜くのは論外なのだ。
「いや、これでいい」
三人が若干怒りを孕んだことに気が付く。
目つきが鋭くなったのだ。
始めの合図もなく、すっと手槍のサンディがアモンに近づく。
「はっ!」
掛け声と共に、サンディの槍が繰り出される。
本当に目に見えない。俺ならひとたまりもなくやられるだろう。
しかし、
アモンは木の棒を器用に剣のように使ってサンディの必殺の突きを軽々とあしらっていく。
木の棒といっても、杭に使うかなり太めの棒だ。相当重いし、ひらひらと振るえるわけもないが、アモンは軽く片手で振り回している。
サンディの額に玉の汗が浮かぶ、動きと突きに相当の自信を持っていたのに、全く踏み込めないのだ。
「どちらも正統派の武術ですな」
ローランドがいつの間にか横にいる。半裸のケイも。
「なんだか退屈な試合ね」
ケイが頭の後ろで手を組みながら論評する。
槍と剣なら槍の方が有利なのだが、サンディはアモンの防御を突き崩せない。
とうとう焦れて、サンディは転がってアモンの懐に飛び込もうとした。
「あ、あれでは!」
ローランドが残念そうに叫ぶ。
彼の懸念は的中した。
アモンはさっと槍を跳ね飛ばし、サンディは喉もとを抑えられて動けなくなる。
「勝負ありだ!」
俺が叫ぶと、サンディはアモンを睨みつけてから後ろに引っ込む。
次の、両手ナイフのヤニス。
こちらは完全に敵の懐に飛び込むスタイルである。
アモンの棒を器用にはねのけて肉薄する。
アモンは特に逃げようともしない。
「フッ」
勝利を確信したヤニス。
ナイフを突立てようとするが。
「ギャ!」
ボフっと、ヤニスの顔面がゆがむ。
アモンは見えないほど速いパンチを彼の顎にお見舞いしていた。
幾らナイフがインファイト向きでも、拳の速さには勝てない。
ヤニスの意識が少し飛んだ瞬間、二本のナイフは地面に転がっていた。
しかし、ヤニスも負けてはいない。即座に短いナイフを抜くと、見えない速度でアモンに繰り出す。
彼の体にナイフが届く直前、がっと、アモンがヤニスの手首をつかんでいた。
まるで鋼鉄の万力に閉められたようなものだった。ヤニスは一声吼えると、ナイフを落とし、負けを認める。
「彼に戦う意志はない。アモン、放してやってくれ」
次はビルマン。
ビルマンは前の二人が簡単に倒されたのを見て、かなり警戒しながら剣を抜く。にやにや顔はない。
そして、素早く剣と棒が交差して打ち合いが始まる。
「この御仁も正統派ですな」
ローランドが髭をしごきながらいう。
ビルマンは相当な剣の使い手なのだろう、動きは正確で速い。ロムによっぽど教えられたのか、剣の技巧を駆使している。
アモンも打ち合いが楽しいとしか思えないような軽やかな振り方だった。
一見互角に見えたが、ビルマンは本気で討ち取りに行っているような気迫なのに、アモンは機械のように正確に動き、あしらっているだけである。
「陽光騎士団の方は若いのに相当な腕前ですな。しかし、もう結果は見えております」
ローランドの言葉通り、アモンが攻勢に転じた瞬間、勝負は決していた。
俺がいくら目を凝らしても、アモンの動きはわからない。ただ、ビルマンの剣が足元に転がっているという現実である。
「わかっただろう、上には上がいる」
ロムが、多分、これでも慰めの言葉なのだろう、自分の部下たちに声をかける。
陽光騎士団の三人は恥じ入って、頭を下げるだけである。
「へー、凄いねぇ。あたしも一度手合わせて願ってもいいかい」
ケイがお気に入りの両手剣をなでながらいう。
「それがしもといいたいところですが、アモン殿にこれ以上お願いするのはさすがに……」
ローランドが腕を組む。
そのような話になると、腕自慢の誰もが我も我もと名乗りを上げる。
「アモン殿、もう休憩してください。手練れ三人も相手にしたなら十分でしょう。皆も自重してください」
俺は苦笑しながら止めた。
そのような戦いの後、ようやく北部諸侯の兵が姿を現す。
「バルギット伯爵、コルベット子爵、アンドラ卿」
名刺を持ってきた兵が読み上げる。
各諸侯はあまり宮廷にも姿を見せない連中で、俺は初めて見る顔だった。主のみ鎧着用し乗馬しているが、彼らが連れている歩兵はまともに鎧もつけていないありさまだった。
(ざっと見て百人くらいか……ほとんど最低レベルの民兵しかいない)
三人の貴族の武装もお粗末で、辛うじて鎖帷子である。アンドラ卿はラメラーアーマー。古いし、弱い。
彼らは女王と面談するので、俺もその場に向かう。
「王子、彼らは……」
女王が紹介してくれる。三人とも長年戦争に参加したことがないという。
彼らを前線に出せば、凶暴な敵に即座に抹殺されるだろう。
「よく援軍に来てくださいました。お三方には女王陛下の護衛をお願いしたい」
俺は親切のつもりでいったのだが、彼らの気に障ったようだった。
「我らは先々代王陛下の恩顧家臣ですぞ。南方の蛮族などに後れを取ることはありません。是非、先鋒をお命じ下さい」
バルギット伯。でっぷり太った中年男で、かなり鈍重な人物である。
「得体のしれぬ新参者には任せられませんな」
コルベット子爵。ちょび髭のおっさん。
「ボ、僕もがんばります」
アンドラ卿。
どう見ても十六歳くらいの少年だった。
「アンドラ卿ケヴィン殿、御父上はいかがなされたのですか」
女王が問う。
「父は今ゲーマン公に招待されて、軍事演習をしています。母と相談の上、私が参上しました」
「それは大義ですね。よく来てくださいました。ところで、他の方はいかがされたのです? バルギット伯」
「ほ、他の諸侯は、様々な事情により戦争準備が整いません。代表して我々だけが援軍として参りました」
「戦の招集があればすぐに駆け付けるのが騎士の仕事。それを蔑ろにするとは……来なかった方たちには相応の償いを後でしてもらいます」
女王がかなり渋い顔で宣言する。
これは女王側に正当な権利がある。
しかし、一応、全軍で八百にはなった。援軍百を除けばかなり練度の高い兵隊である。
部隊はリディアの領土に向かい、合流を目指す。
「王子」
エリンが珍しく声をかけてくる。
「なんだい?」
「バルギット伯はゲーマンと仲がいいわ。というか、三人の北部諸侯は全員ゲーマンの息がかかっている」
「……御忠告ありがとう。女王の傍に寄せない方がいいね」
仮にゲーマンが謀反を起こしても、首都は攻城兵器をずらりと並べないと勝てない。
しかし、女王を押さえられたら万事休すである。
衛兵は女王の周りに配置して、離れないように、隊長に念を押して置く。
軍の歩みは遅く、川を越えて少し行ったところで野営になる。
兵たちが天幕などを張っていると、
「王子、面会したいという人物が参りました」
見張りの兵士が一人やってくる。
「ふむ。別にいいけど」
「ジョラーという乞食同然の爺さんですがよろしいですか」
兵士はかなり否定的な雰囲気だが、
「別にいいんじゃない? 王子を訪ねてくるなんて勇気あるよ、庶民だとしても」
エリンが俺にうなづく。
彼女の懐には手裏剣、当然毒が塗ってあるのだ。
「うひひ、爺の体をまさぐるとか、お主なかなか高尚な趣味をしておるな」
などという老人の声が聞こえる。
もちろん、そんな趣味の人間はいない。いたら嫌だ。
真面目な兵士は嫌そうな顔をしながら、老人のボディチェックを終わらせる。
七十くらいの老人がだった、白い髪、白いひげ、くりくりとした目が特徴的である。灰色の汚いローブ。他は何も持っていない。
「ご老人、お名前は確かジョラーさんだね」
「お主、クリサレス王子だな。いかにもわしはジョラーだ」
背は高い。
「あなたは何者ですか、それと、どのようなご用件ですか、そうだ、お茶持ってきて!」
小間使いに命じる。
「私は賢者だ。用件はお主に知恵を貸してやってもいいと思ってきた」
「何よ、このジジイ。上から目線よね」
エリンがぶつぶつ文句をいう。
(なんか全然説得力はないけど凄い自信だな)
「知恵、ですか。例えばどのような」
「そうだな。例えば、このまま進軍すれば伏兵が待っているというようなことだ」
「続けてください」
「ホーリ―軍と戦うのだろう? リディア女伯のこの土地は人口少なく、丘陵が多い。人知れず伏兵を置きやすい。ホーリー軍は狂信者だからその分統制は取れている。密かに潜行して女王軍がリディア軍と合流する前に叩きに来るだろう」
「敵の兵は千五百。全軍をサマルから離さないと効果的な攻撃はできないのでは?」
「多分、もっと入り込んでおるわ」
「なるほど、では、我々はどのように対処すればいいのですか」
「背後、あるいは前後挟まれやすい場所で襲われる。背後に最強の兵を置き、喰い破れ。斥候などで先に見つけたらもっと楽に勝てるぞ。伏兵は襲われる側になれば弱い」
「ジョラー殿の御意見は参考になります。この小鳥は僕の使い魔で偵察が得意です。上空から難なく見つけられるでしょう」
「おぬし、魔法を使うのか」
「おまじない程度ですが」
「それならば、話は簡単だったな」
「しかし、困ったこともあります。あまり大声ではいえないのですが、北部諸侯の援軍百は謀反の可能性があります」
「三つに分けて配置したら、あの腰抜けどもが寝返る心配はあるまい。固まっておれば、要らぬ勇気が湧いて懸念は本当になる」
「抵抗するかもしれませんね、命令しても」
「軍規違反を奴らがやるなら、遠慮せず処刑しろ」
手加減の無い爺さんだった。
「そのようなことをすれば、諸侯の反感を……」
「王子、お主が最高権力を得れば、どうせ反感は買う。だったら、力で罷り通れ」
「……わかりました」
俺は渋々うなずく。この爺さんの言葉は真実だろう。
「わかればいい。今日からお主のために働いてやるから。感謝しろ」
なんとも傲慢な爺さんだった。
「なによ! こいつ! 何様なの!」
エリンが珍しく激昂するが、
「よろしくお願いします、ジョラー殿」
俺は頭を下げることにした。彼は得難い人物だと思ったからだ。
エリンがぽかんとする。
「え、いいの? こんな汚い爺さんを側近にするとか。暗殺者かもしれないわ」
「その時はエリンが守ってくれたらいいよ」
「はぁ。気軽にいわないでくれる?」
「わしは頭脳以外何もないわ! お望みなら、寸鉄持たぬワシの裸体を披露してやろうか」
「うわ。それだけは勘弁してください。刃物より最悪です」
「変態!」
エリンは、そう叫ぶと闇に消えてしまった。
真面目な彼女なので、姿を隠しただけだろう。
「うひひ。残念。わしの逸物を見たら虜になったのに」
賢者の割には非常に下品な爺さんではあった。
「はあ。まあいいでしょう。ところでジョラーさんはその卓越した知見以外に何か特技はありますか。例えば、剣術とか」
「無いぞ」
「え、じゃあ、魔法とか」
「幼児の時に調べたが、全く才能はない」
ここまで全く他の能力がないと、ある意味清々しい。
「今までどうやって生きてきたのですか」
「こんなワシでも、若い時に帝立学院を卒業したからの。イスカニアの権威が及ぶ地域なら貴族共が多少は援助してくれたのだ」
「帝立学院? イスカニア帝国のですか?」
「そうだ。学院卒業生は、政治、経済、文化、博物学に通じる。高級官僚候補生になるということだ」
日本でいえば東大卒ってことか。
「わかりました、じゃあ、今まで、どこかに仕えていらっしゃたのですか」
「まあ、幾つかな。でも、どこもワシが助言してやると頭にきていつの間にやら出て行けとなる。真実を伝えてやるとそんなものだ」
「要は口に衣せぬお方ということですか。なるほど、じゃあ、僕みたいな噂のアホ王子にはぜひ必要な人物ですね」
「ほほう。お主がその気なら色々と教えてやってもいいぞ」
俺は従者に酒を持ってくるように伝える。
ジョラーは目を輝かせて、酒を手にすると、旨そうに飲む。
「王子、わかっておるなぁ。旨い酒だ、気に入ったぞ」
「では、これからもお願いします。噂をお聞きならご存知かもしれませんが、僕は数カ月前に記憶を失ってから以前のことをほとんど覚えていないのです……」
一応、今まで自分に起きた話をしておく。もちろん、異世界から精神交換されたことは省いて、公的にしている話だけだ。
「……」
ジョラーは黙っている。
「……」
俺も無言になった。
「王子、いずれ、話してくれぬか」
「ええ、いつか、その時が来たら。僕の秘密より、この国を強化する方が重要ですそのためにも」
「嘘を塗り重ねて立つか。いいだろう。権力者なんてものはそんなものだ。いえぬことの一つも抱えていない権力者など存在しない」
その夜は遅くまで老人と語り合った。
ジョラーは確かに知識人だった。この国には滅多に存在しない本当に上等な人。
形式や体面を気にする人々は彼の価値に気が付かなかったのだろう。
これが貴族制君主制の弊害である。
2020/11/29 文章リニューアルしました。
読みやすくなったでしょうか。
2023/4/26 微修正




