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転生王子  作者: 弓師啓史


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11/37

11 地獄と王子2

 俺は顔を叩かれて、目を覚ます。

「王子、起きてください」

 オーベの声。

 俺は跳ね起きる。

 早朝。

 既に明るくなり始めていた。

「じょ、状況を教えてくれ」

「船は目立つから、水草の茂みに隠して、上陸しました」

「敵の動きは?」

「間違いなく探しているでしょうね…」

 俺はピースケを放して、辺りを観察させる。

「対岸では騎馬の大軍が駆け巡ってます。猟犬が多いです。こちらにも船で向かってきます」

 ピースケの報告

「もしかして、この辺りは……」

「ええ、『人間牧場』が近いですね。今は廃墟ですが」

「あのあたりまで行けば敵は追ってこないのじゃないか」

「可能性は高いですが、そこまで行けるかどうかが問題です」

「ピースケを行かせて、北平原砦から救援軍を派遣させよう」

「最速で……一日半くらいですか……まず、間違いなく補足されますね。特に、あの動かないでくの坊を抱えていたら」

「あれは、捨てるわけにはいかない。北部の農民の希望だよ。僕には見捨てられない」

「しかし……」

 俺たちは木の枝を伐り、船の木材をはがしてそりを作り、大男を載せる。

 誰も怪力自慢がいないのだ。

 全員で引っ張るしかない。

 アデラ姫も無言で手伝ってくれる。

「アデラ姫……ですよね? 手伝ってくれてありがとう」

 俺が笑顔で礼をいうと、彼女は無言でうなづく。

 酷い目にあってきたのだ、精神的な拷問というか。彼女が正気であるなら、どんな態度でもそれでよかった。

 

 半日ほど移動する。

 そこまでは運良く敵には見つからなかった。

 乾燥肉をしがむだけのわびしい昼食をとっていると、

「し、何か来るみたいです」

 メルが珍しく発言。

 耳を澄ますが、俺には聞こえない。

「騎馬兵と、犬」

 メルがつぶやく。

「数はわかるか?」

「十人と十匹」

 カリファもぽつりとつぶやく。

「多いな、オーベ、どうする」

「四対二十では苦しいですな」

「五対二十よ」

 アデラ姫が補足する。

「おっと、これは失礼しました」

 頭を下げるオーベ。

 俺はさっと地形を観察する。

 今は森の中で、地形は波打っている。東側が岩山のようになっている。

「岩が崩れている所で、迎え撃ったらどうだろうか。巨岩がゴロゴロしている場所では騎兵は突撃できない。でも、犬がきついな」

「犬はお任せあれ。この猟犬撃退剤を使えばどうなるか……」

 オーベがにやにやしながら、地面に謎の粉を撒く。

「その粉、どれどれ、……は……うわっ、ゲホゲホ!」

 粉に顔を近寄らせた瞬間少し吸ってしまう。

 鼻水くしゃみ、咳き込み、滅茶苦茶な刺激だった。

「王子、人間にも効果あるんでやめた方が……」

「……非常によく理解したよ」

 素早く動くために、担架としてそりを持ち上げ、岩陰に隠す。

 アデラ姫に吹き矢を渡し、使い方を教える。

「眼で狙ったものに簡単に当たります。アンデッドには良く効くんですけど、生きた人間にどれほどの威力があるか……」

 彼女は無言で、木の幹に撃つ。

 幹にぼこっとへこみが入る。

「投石くらいの威力はあるわ」

 彼女にはさらに短剣と弾になる聖水ビンを渡す。

 メルとカリファは木の枝を伐り、小剣を槍に改造している。騎兵相手なら、確かに有効な作戦だろう。

 オーベは五メートルほどの岩山に上ると、そこに身を隠し弓の準備。

 俺は木々の間に蔓を騎乗者の胸ぐらいの位置に張る。そして、その後ろに、腰ぐらい低い位置にも張る。これで突撃したら落馬するだろう。

 但し、細い紐じゃないので、すぐに見つからる可能性は高い。それでも、切断する作業がいるから、気休め程度にはなる。


 やがて、猟犬たちのキャンキャン泣く声が聞こえてくる。

 オーベの薬が効いたのだ。

「猟犬がやられた!」「探せ、この辺りにいるぞ」

 騎兵が二人やってくる、片手用の小型クロスボウを持ち、キョロキョロしながら割と早い速度で動いている。

 こちらに気が付かないのか、突っ込んでくる気配はない。

 しかし、蔓に気が付く。

 余計なことをしたようだった。

「いたぞ!」

 誰かが見つかったらしい。

 同時に二つに飛翔体、オーベの矢と、アデラの吹き矢。

 吹き矢は近い男の目を貫き、落馬させる。

 オーベの矢は離れた男の首を貫く。

 その男も血を噴き出し、痙攣しながら死ぬ。

「見つかりました、敵が来ます」

 メルの異様に落ち着いた言葉。

 六騎がやってくる。

 クロスボウの太矢が発射されるが、これは脅しだけで、狙ったものではない。剣を抜いて突撃してくる。

 しかし、途中で蔓に気が付いたのか、迂回を始める。その間に立て続けに矢と吹き矢、そして、メルとカリファの投石。

 バタバタと二人が落馬し、一人が頭部に石を喰らって引き返す。

 クロスボウを構えている三騎には、

「喰らえ『太陽の盾』!」

 強い光線を連中に浴びせかける。目がくらんでいるのか撃ってこない。

 そこに、立て続けのオーベの弓。

 一人が落馬する。

「引け!」

 隊長らしき男の声、

 まだ落馬していない奴は、非常に素早い動きで退却する。

 メルとカリファが突撃して、まだ生きて地面で倒れている奴らのとどめを刺していく。

 俺は馬を二頭回収する。

 他はどこかに逃げた様だ。

「すぐに援軍が来ます。隠密のできない王子と姫はこの馬に乗って退却してください。俺とあのお嬢ちゃん達であの男を隠します」

 オーベが厳しい顔でいう。

「しかし……」

「王子、この状況では、お二人は足手まといです」

「わかった、後のことは頼む。すぐに援軍を引き連れて回収に来るよ。合流場所はどこだ」

「ここの南側、小川を渡ったあたりで合流しましょう。俺たちはあいつを埋めて隠します。それからおびき寄せをして、煙に巻くという作戦です、援軍で奴を掘り出して回収してください。俺たちは王子が帰ってきたらすぐに見つけますよ」

 この岩場の南側は小川があり、広い石の河原になっている。この地形で彼を引っ張るのは絶望的で、非力な俺たちでは彼を馬に乗せるのも困難だった。

 小川はトーバス川と並走して森を東に突っ切っている。

 俺はうなずく。

「姫、馬には乗れますか?」

 彼女は無言で馬に乗る。

 愚問だったようだ。

 転生して元々乗馬経験もなかった俺に比べ、彼女は俺より圧倒的に上手かった。

「ひ、姫、待ってください!」

 俺がそういわないと、彼女の方がさっさと先に行ってしまう。

「あなた、王子なの?」

「ええっと、そうです。ガルディア国王子」

「ガルディア……どうして、ガルディアの王子が私を助けたの。それに、王子自ら来るなんて……」

「レイド王国の惨状は話には聞いてましたが、この目で確認したかったのです。それと、あの男とあなたを助けた理由は……人間としてです」

「……ありがとう、王子。でも、私の国はもう滅んで王も王妃も殺され、国として消えてしまいましたわ。何もお返しできません」

「見返りが欲しくて助けたわけではないですよ。自分がそうしたかったからやっただけのことです」

「衝動的なのね」

「そうですね。そうかも……そうだ、母上……ミランダ女王には僕が密偵を放って救ったという事にしてください。自分から乗り込んだとばれたら謹慎させられそうなので」

「私は、ガルディアの王宮に行くのね」

「あなたの身分を考えたら、お迎えするのが当然でしょう。好きなだけ滞在してください」


 馬を南東に走らせる。

 木々もまばらな吸血鬼の森入ったが、この辺りは既に影響が落ちているらしく、森の上空は晴天だった。

「このまま向かうと『人間牧場』に出ます。たぶん」

「『人間牧場』? 人間を家畜にしていたということかしら」

「吸血鬼共が人間を家畜として飼っていた村の跡です。もう、倒しましたのでご安心を。今は無人の廃墟になっているはずです」

「飼われていた人間たちはどうなったの」

「生きのびた者は僕が住民としてもらい受けました。故郷に帰ったものもいます。あの少女二人、メルとカリファはそこで何世代も飼われてた住民の一人です」

「あの子たちはとても優秀だったわ……殺すために生かしていたのに、不思議ね」

「吸血鬼は若くて優秀な人間の血を好むようです」


 二三時間で集落が見えてくる。

 例の『人間牧場』。

 誰かが住んでいるらしい、幾つかの廃屋に生活感があった。

 そろそろ、夕方ごろ、食事の準備をしているのか、おいしそうな香りが漂っている。

 接触するか迷った。

 補給品は欲しいが、馬があるので無視して行っても、北平原城まで何となるような気もする。

「ここは無視して行きましょう、誰が住んでいるのかわかりませんから」

 俺たちは馬に乗り、出発しようとしたが、

「おい、ちょっと待て!」

 いつの間にか、前後を挟まれていた。目の前に三人、後ろに二人。

 全員弓を構えている。

「あんたたちどこから来たんだ、まだ日は出てるから吸血鬼じゃないよな、レイドの兵士か?」

 正面の男、耳がとがって細い顔。もじゃもじゃの黒髪。小柄。緑色のジャケットの上に皮鎧を着ている。

「気を付けて、森エルフよ」

 アデラ姫が小声で耳打ちしてくれる。

「僕たちは通りすがりだよ、何もせずにここを去るだけだ。お互いトラブルは無しで行こうじゃないか」

 といってみる。

「ふーん、見た感じ女連れて脱走した兵隊というところか。あんたらをレイド王国に引き渡したら、ご褒美貰えるかもな」

 にやにや笑い。厭らしい根性が見て取れる。ダナとリーン、亜種でコレット、この三人しかエルフは知らないが、彼女たちと同じ高貴さはかけらも感じられない。

「あんたらこそ何者なんだ。こんな場所、危険なのになぜ住んでる」

 ざっと見て、森エルフが三人、ならず者風の人間が二人。

 まともな職業ではなさそうだ。

「俺たちが何者だろうと、今のあんたには関係ないだろ」

「わかった、通行料を払うよ。それでいいか」

「ふーん、金を持っているのか……幾らくれる」

「金貨一枚」

「なかなか持ってやがるな、それに、よく見たら武器も良いものじゃねぇか。その腰の剣をくれたら考えても良いぜ」

 剣は『塩の剣』。一応魔法武器なので、エルフにはわかるのかもしれない。

 見た目はかなりみすぼらしいのだが。

「いいだろう、やるからそこをどけ」

 だんだんイライラしてきた。

「へへへ、よく見たら、この女、かなり上玉だぜ。たまらん体してやがる」

 下卑たおっさんの声。アデラ姫の太腿を触っている。

「おい! 彼女に触るな!」

「そんなことをいっていいのか。俺たちがその気になったら、あんたら二人とも死ぬことになるんだぜ」

 森エルフのにやにや笑いが頂点まで達している。

 やるしかないのか、多勢に無勢だが、このままここでこいつらの言いなりになり続けたら死ぬことになるだろう。

 身ぐるみはがされたうえでレイド王国にでも引き渡されたら、おぞましい死に方をする。

 アデラ姫は非常に冷たい目線で太腿をなでる男を睨んでいる。

 何とかしないと、しかし……。

 ガラスの死骸を思い出して、頭の中がパニックになりかけた。

「動くな、王子、動くな、王子」

 上空を何かが飛ぶ。

 ふと見上げると、小鳥がいた、ピースケだ。

「姫! じっとして」

 俺は何か予感がして、じっとする。

「何だ、何いってやがる。もういい、こいつは殺して女は裸にし……」

 浅ましい糞森エルフはその言葉が最後になった。

 皮鎧ごと、一本の矢が背中を貫く。

 ごふっ! 

 森エルフは血を吐き出して絶命。

 ひゅんひゅん。

 次々と矢が飛んでくる。

 急所を貫かれ、バタバタと賊が倒れていく。

「あいつだ、弓騎兵の女がいるぞ!」

 赤い夕陽を背に、輝くような美しき騎兵が浮かび上がる。

 馬に乗った、神々しいまでの女神。

 そう、リーンが来たのだ。

 誰かの叫び声で、キャンプから武器を持った男たちが飛び出してくる。

 彼女は高速で馬を駆りながら、雨のように矢を降らせる。

 近接武器しか持たない奴は、なすすべもなく死ぬしかない。

 矢を撃ち返す者もいたが、高速で動く彼女にはまず当たらない。当たっても魔法の防御ではじかれてしまう。

 木や石の陰に隠れても、矢は追尾して敵の急所を貫く。

 後から増えた奴も含め、十人の賊は瞬く間に倒れる。

 五人ほどが武器を捨てて降伏している。恐怖のあまり大小を漏らしている奴までいた。


「悪人どもめ、思い知ったか! ウワハハ」

 俺は啖呵を切る。

「王子は何もしてませんけどね」

 モフオがいつの間にやらいた。

「いいんだよ、勝てば、それで。ところで、ありがとうリーン。君は僕の勝利の女神だ」

「王子様が必死に救助を要請されるなんて初めてですから、急いで飛び出してきたんです。間に合って良かったですわ」

 リーンが少し上気た顔で話す。

 うーん美しい。

「一人で来たのかい?」

「あと二時間ほどで王子様の親友のドワーフさんたちがポニーに乗ってやってきますわ。城に滞在する斥候兵たちも」

「親友かどうかはわからないけど、それは心強い。国境沿いにオーベと兄弟団の二人を残してきたんだ。レイド王国に追われている。すぐに迎えに行きたいが……」

 リーンの顔が曇る。

「夜森に入るのは流石に危険すぎますわ。吸血鬼勢力は手負いの野獣みたいになってますから。援軍とここで合流して、早朝から迎えに行くのが良いと思います。それに、夜間はレイド王国も森には来ません」

 確かに道理ではある。

「わかった、せっかく施設もあることだし、利用させてもらうか」

 俺は馬から降りると、捕虜と話をする。

 生きのびたのは、人間と森エルフ、妖精小人の冒険者風情の奴らと、売春婦風の女ども。

「お前たちは無許可の盗掘をやっていたのだろう?」

 俺は聞く。

「も、申し訳ありません。もうやりませんから許してください!」

 人間の冒険者崩れが必死に頭を下げる。

「冒険者登録料をケチって、姑息な金を稼ごうとするからこうなる。しかも、山賊まがいなことまでやるとは……」

「あれは森エルフのザックの野郎が勝手にやったことで俺たちは関係ないです」

 ザックというのは真っ先に死んだ森エルフのことだろう。

「山賊なら縛り首だし、盗掘なら鉱山で労働をすることになる」

「あなたはお役人でしたか。とにかく、手に入ったものは全て献上いたしますのでご勘弁を」

 別の男が縋りつかんばかりに跪く。

「確かに、山賊行為やってたのは五人だったな。盗掘したものを国家が召し上げるのは当然としても、鉱山送りが免除される理由にはならない」

「そんな……鉱山送りだけはご勘弁を。そ、そうだ、ご主人。もし、これから森の奥を探索されるならついていってご案内いたしますぜ」

 人間の冒険者風は必死だった。

 確かに、東に向かって運よくこの集落を発見したが、次も上手くいくとは限らない。

「お前ら、この辺りの地形に詳しいのか」

「俺なら案内できます!」

 また別の卑しい森エルフが手を上げる。

「ほう」

「この森は本当に誰も触っていないから、吸血鬼勢力が後退したと聞いて、真っ先に調べに来たのが、俺とあの死んだザックなんです」

 森エルフは必死。

 森エルフというぐらいだから、レンジャー資質は高いのだろう、たぶん。

 これは使えるかもしれない。

「では、お前たちをこれから三年間徴兵して、北平原城勤務の民兵とする。軍規に縛られるから覚悟しておけよ。それと、この小手に口づけをして僕と契約するのだ」

 そういうと、小手を若干ずらして外す。

 魔力が解けて白い骨の小手が現れる。

「ひ、そ、それは」

「これは偉大なる『覇王の小手』なのだ、これに口づけして契約をした者は、それを破ると不思議な力で死ぬことになる」

 もちろん、適当にいっている。

 ぎろっと宝玉の目が屑どもを見る。

 腰を抜かす連中。

「ほひ。こ、これは」

「さあ、早く。お前たちは、これから三年間命がけで心を入れ替えて真面目に民兵として働くのだ。略奪をすれば死。賄賂をとっても死。大の後に便所の水を流さないのも死、当然トイレットペーパーは使い切ったら交換するんだ。要は勤勉に働いて皆の模範になれ」

 彼らは不承不承口づけをする。

 恐怖のあまり失禁する森エルフまでいる。

 臭いし汚い。

「では、今後は心を入れ替えて働けよ。とりあえず、もうじき僕の援軍が来るから受け入れ準備、明日は早朝から川の下流に向かう。そこで仲間と合流する」

 小手を嵌め直すと、また姿が消える。普通の小手に見えるようになる。ふと周りを見ると、リーンと姫が何か話し合っている。というか、リーンが一方的に彼女を慰めているように見える。今の一件は見られなかったようだ。

 連中はてきぱきと働き出す。商売女どもは邪魔なので、明日には返してしまおう。

 やがて、ドゥリン以下、ドワーフ軍団と斥候兵がやってくる。

「おお、王子殿ご無事でしたか。連絡も取れないから心配していたでござる……お、レイド王国兵になられたのござるか」

 そういえば、何時までもレイド王国の鎧を着こんでいた。明らかにガルディアの兵士が来ている鎧より優秀だった。

「ああ、これは偽装だよ。そうだ、この鎧調べてくれないか、明らかにガルディアの鎧より上だから」

「……これは、中原の先進国では一般的な鎧でござるよ、王子。ガルディアは世界から百年くらい遅れてござる。この辺りもどんどん改善して行かないと、立ち遅れが目立つと進んだ国が攻めてくることになるでござる」

「しかし、そう思っても先立つものがないからねぇ」

 予算はやはり厳しいのだ、今は開拓に国家予算が傾き過ぎている。

「拙者は一介の冒険者学者でしかござらんが、金や技術がないならそれを持つ国におねだりしたらいいのではござらんか」

「みもふたもないいい方だけど、確かにそうだね、喫緊の課題にはしておくよ」




 という感じで、翌日までこの集落で宿泊することになる。

 翌朝、というか、まだ暗いうちから出発準備をする。

 アデラ姫は斥候兵の護衛を二人つけて首都まで送る。女王あての紹介状を書き、彼女を保護するように依頼する。

「クリサレス王子。このご恩は忘れません」

 姫は優雅な仕草で一礼する。

「クリスでいいよ。暫くはガルディアでゆっくりしてください」

「王子、あのお方、ガラス殿の亡骸は……」

「オーベが隠したんだから見つかることはないと思うけど、敵も諦めないだろう。何とか回収して帰ってくるよ」

「あの方は英雄でしたが、もう亡くなられたのですから……なぜそこまでこだわるのです?」

「……ちょっと個人的な事情があってね。どうしても確認したいことがあるんだ。悪いけど、今は詳しいことはいえない」

 メフメトの霊があの亡骸に取り憑いている。その理由を知らずにはいられない。

 姫はそれ以上詮索はしなかった。

 彼女の衣装は野暮ったい平民の服だったが、それでも、彼女の美しさは傑出している。

 馬に乗った姿だけで見とれるレベルだ。

 朝日の中、彼女は森に消えてしまう。


「さあ、行こう」

 俺とリーン、ドワーフ軍団、斥候兵。そして、急きょ参加した民兵五人。約三十名の部隊は東に向かった。

「岩がごつごつした地形で、小川があって……」

 俺は森エルフに説明する。

 彼は神妙に聞くと、

「大体わかりましたご主人様。もし間違っていても、その、不思議な力で……」

「前向きに取り組んだ上での失敗では、不思議な力で死ぬことはない。安心しろ」

 彼の案内は森エルフの名前通りで、間違いはなかった。

 小川が見えたところで、木陰からオーベが現れる。

「オーベ。無事だったか」

「しっ、静かに。敵が近くにいます馬は降りてください」

 全員下馬する。

「状況を説明してくれ」

「俺とお嬢さんたちはあの亡骸を隠したのですが……夜になると、吸血鬼の手先がうろうろしてるじゃないですか。俺たちはかなり北上して避難してたんです。今戻ってきたら、とんでもないことになっていました」

「どういうことだ、それに、メルとカリファはどこだ」

「すぐそこですから、ご覧になればわかります」

 俺たちは急いで、前日騎兵と戦った場所に向かう。

 岩場から離れると小川があり、そこの川岸に数十の死骸が散乱している。どうやら、レイド兵の死骸のようだ。

 その中央に腰布だけの裸の男。布袋を頭にかぶっている。彼は直立したまま微動だにせず、手に丸太を持っている。

 どうやら、この男がレイドの斥候兵部隊を丸太だけで撲殺したのだ。

「まさか、あの死体が動き出したのか」

 半信半疑だった。

 彼が復活することを願ってはいたが。

「ええ、どうやら、そのまさかです」

 俺は勇気を出して近寄る。

「王子、危険ですよ」

 オーベが疲れた顔で俺を心配してくれる。

「しかし、近寄らずに放置もできないだろう」

 直立する『聖闘士』ガラスの亡骸、体中に矢が刺さっている。

「ガラス殿、私はクリサレス王子だ。あなたを治療したいが、構わないか?」

 せっかく治した体がかなり破壊されている、しかし、致命傷は無いように思う。

「ガ、ガラ、ス?」

 声が聞こえる。やはり、生きているのだ。

「そう、それがあなたの名前だ……蘇る前の」

「……」

 何かつぶやいたが、聞こえなかった。彼は丸太を落とすと、ガクっと膝をつく。

 俺は闇と炎の魔力を混合し、生命の魔力に変えて傷口に当てる。

 深手も治るようだ。

「私は神官もやっておりますぞ」

 といいがら、ドゥリンの親戚の一人がやってきて、彼の怪我を治し始める。

 矢を抜き、傷を水で洗い……。

 持ってきた荷馬車に積むと、神官も乗せて帰還しようとする、が、

「王子、レイド軍が来ました」

 オーベの警告。

 俺はその言葉に身構えた。


 オーベが指さす方向には、確かに騎兵と猟犬がいる。

 数は……同じくらいだが、犬がいる分、向こうの方が有利かもしれない。

 数騎がやってくる。

「どこの誰かは存ぜぬが、その男を返していただこうか」

 一人が話しかけてくる。十人隊長の鎧だ。

 着ていたので馴染みがある。

「ここはもうガルディアの領土だ。勝手な侵犯をして意味がわからない要求をされても困る」

「何をいうか、ここの辺りははっきりした堺は決まってないぞ。返さないのなら力づくでもらい受けるがよいか!」

「私はガルディアのクリサレス王子だ。ここで戦端を開いていいのかよく考えろ」

 俺は冷たくいい放つ。

 さすがに木っ端役人では、この状況は対処しきれないだろう。

 しかし、彼らは陣形を整えている。

「このまま手ぶらで帰ったら処刑されますからね」

 オーベが小声でつぶやく。

「ドワーフたちは木陰や藪からクロスボウを撃て、斥候兵は待機。荷馬車は横にしろ。近接組は槍を構えろ!」

 敵はかなり重装な騎兵。

 レイド軍の主力と同じ装備である。

 正直言って、かなり強い存在だった。しかも猟犬までいる。

 考える間もなく、小川を渡って突っ込んでくる。

 こちらの矢が飛ぶ。

 敵は次々と落ちていくが、半分くらいは止められなかった。森エルフとならず者の人間が二人犠牲になる。

 ドゥリンの散弾が火を噴くが、猟犬が早すぎてあまり倒せない。

「うわ、助けてくれ」

 民兵が一人、猟犬二匹に引きずられている。

 オーベの薬はもうない。

 犬と騎兵に乱入されて、思った以上の苦戦になる。

 リーンは乱戦が苦手なので、距離を取って矢を撃つが、猟犬が迫ってくるので上手くいかないようだ。森と河原では馬が早く動けないという問題もある。

 騎兵の一人が荷馬車のガラスに槍を突立てようとしている。

 俺は太陽の盾をかざすと覆いかぶさって、槍を防ぐ。間一髪だった。

 メルとカリファは敵の十人長と二対一でやっているが、敵はかなりの手練れだった。彼女達の槍を、何とかしのいでいる。

 槍が再び突き出される。

 俺は盾で逸らすが、じり貧なのは間違いない。

 落馬した敵も、動ける奴は走ってやってくる。

 敵の馬が前足で蹴ってくる。慌てて盾で防ぐが、荷台からもんどりうって落とされた。

 俺は急いで立ち上がるが、ガラスが無防備だ。

(やばい!)

 槍が荷台に突っ込まれる、飛び散る血……飛び散らなかった。

 逆に、槍が動かない。

 熊のような太い手が、槍をむんずとつかむと、騎兵から取り上げた。

「動けるのか!」

 ガラスは立ち上がり、剣を抜いた騎兵の腕をつかむと、まるで小動物みたいに放り投げる。騎兵は頭から落ちると動かなくなる。

 もうそこからは彼の独壇場だった、騎兵槍を縦横に振り回し、猟犬も人間も軽々と吹き飛んでいく。

 残念ながら、すぐに槍は折れたが、

「メル、槍を貸してやれ」

 メルは彼に槍を渡して短剣を抜く。

 ガラスは受け取ると、レイド兵を次々と斬り殺していく。闇の魔力もある、通常の打撃より大きなダメージを受けて騎兵たちは不利を悟った。

 二騎が逃げ出すが、一人は首に矢を受けて死亡。もう一人はガラスの槍が投げられて、背中を貫いて即死。


 結局敵は全滅した。

「こちらの損害を調べろ」

 メルとカリファはうなづき、状態を調べる。

 戦死はドワーフの兄弟が一人、民兵は三人、斥候兵は一人。怪我人はほぼ全員……思ったより大きな損害だった。

「敵の馬と武器を回収してすぐに撤収する」

 鎧を脱がせている時間は無いと判断した。貧乏国家にはよだれが出るものだったが、欲をかいている暇はない。

 急いで引き返し、その後はようやく問題も起きなかった。


 俺たちは北平原城まで撤収した。



2023/4/26 修正済み、内容に変化はありません。


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