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転生王子  作者: 弓師啓史


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10 地獄と王子1

 一カ月後。


 ドゥリン設計の城『北平原城』の外殻が完成する。

 外観は立派で、実際、相当頑丈に作られた城になった。が、居住空間や内装が全くないので、その辺りは時間をかけてやっていくしかない。

 この異様に早い完成速度はダナの魔術のおかげである。

 石舞台古墳の巨石レベルのものを、アースゴーレムがゴロゴロ転がしながら、積み上げてくれたのだ。

堀も作られており、敵は容易に近寄れない。

 巨石の壁は、投石攻撃にも耐える。

 魔術もそう簡単には効かない。

 中に入ると、あちこちでドワーフが働いている。

 一様にメガネをかけ、何かキモイ。

「拙者の同胞を呼び寄せたでざるよ」

 ドゥリンが嬉しそうに報告してれる。

「おお、あなたが有名な特定王子殿ですか、拙者ドワリンでござる」

 キモイドワーフ二号、『特定』って何だよ。

「やはり、熱い友情というものは良いものでござるな、王子殿。拙者も一族の……」

「拙者は……」「拙者は……」

(こいつら、量産型なのか?)

 キモイドワーフ軍団の自己紹介が始まるが、個体識別ができなかった。

 ドゥリンだけが、常に銃を背負っているので識別はできる。

「ドゥリン、ダナさんはいないのかい?」

「ダナ殿は仕事が終わったといって、先日から消えたでござる。代わりにリーンというハイエルフが中庭に庭園を造るといっているでござる。困ったものでござるな」

「庭園は嫌いなのか」

「薬草やいざという時の非常食になる植物などを植えるといってるでござるが……別に問題ござらん、逆にいいことでござる」

「何が不満なんだ」

「あのリーン殿は拙者に優しすぎるでござる。もっと厳しく罵ったり、唾を吐きかけたり、踏みにじってほしいでござるよ」

 ああ、そういうことね。

 ダナさんならナチュラルにやってくれそうだな。それ。

「特殊趣味のことは置いといて、ダナさんは何かいっていた?」

「エルフの評議会に呼ばれてるとかいってたでござる」

「エルフの評議会? それ、ダナさんが詰問されるでござるとかだよね、絶対間違いなく」

「その可能性はかなり高いでござるな」

 同じハイエルフなので、ダナと評議会のことを知っているかもしれない、リーンに会いに行く。

「あら、王子様」

 リーンの上品な礼。

 小さなスコップを持ち、かわいいエプロンをつけてガーデニングの最中である。

 俺はちょっと感動の涙が出る、これだよ、やっぱり、こういう上品で美しいのがエルフなのだよ。

「王子様、なんで泣いているの」

「これは心の汗でござる」

 あ、変な言葉が出てきた。

「あら、フフフ。ドゥリンさんみたい」

「そうだ、泣いている場合じゃない。ダナさんが評議会に呼ばれたって聞いたんですけど、リーンさんは何か知っています?」

「ええ、それは……いっていいのかしら」

「大丈夫です、僕は口が堅い、しかもイケメン」

「王子様だしいいわよね。ダナさん、世界中で強力な魔法を使って騒乱を起こしているんです。イスカニアの皇帝を屈辱したり、シンシアで大勢の人間を神隠しにしたり……評議会もハイエルフの名誉が穢れたという事ですごい問題視しているんです」

「まあ、意外ではないですけど、彼女ならやりそうですよね」

「先日も隕石落としたでしょ」

「ああ、吸血鬼の城に」

「え、違うわ。レイド王の居城の城門を木っ端みじんにしたの。また吸血鬼と協力したら今度は本丸を叩き潰すって脅して」

「あわわ」

 俺は若干腰が抜けた。

「最近では『歩く大災害』っていわれてるみたい」

 ため息をつくリーン。そういうちょっとしたしぐさも美しい。

「もう、そのまんまの二つ名ですね」

「でも、ダナさんが叩くのは概ね悪だから。私は誇りに思っているの」

 概ね……。

「僕たちも助かってますから、批判はできないなぁ」

「レイド王国の農民からは英雄としてあがめられてる噂よ。あのレイド王に一矢報いたって」

 既にこの城の周りには何とか脱出したレイド王国の難民がキャンプを作っている。彼らから聞いたのだろう。

「農民は滅茶苦茶虐待されてますから……」

 状況を知っておきながら、何もできない自分が悔しい。

「そうよね。私も心が痛いわ」

 薬草を植えながら、リーンがため息をつく。

 彼女の美しい横顔を眺めていると、背後から足音がする。

「王子、虐待なんてのはもう通り越してますよ」

 誰かが近づきながら声をかける。

 隠密冒険者オーベだ。

「オーベ。レイド王国の調査はどうだった」

 彼はガルディア国の依頼でレイドを調べていたのだ。

「王子がここに居られると聞いてとりあえず報告に参りました。一言でいえば、悲惨です」

「……」

「どこから話せばいいのか。レイド王国と農民反乱軍の戦いは聞かれましたか?」

「ああ、キルボールが裏切って、農民反乱軍は敗北したと」

「ええ、それからが酷い……あまり女性に聞かせるような話では」

 オーベが小声ささやく。

「じゃあ、少し場所を変えよう」


 俺たちは、がらんとした本丸の粗末な机と椅子だけがある部屋に移る。

「農民たちは、殺されています。シンプルにいえばそれだけですが、王はあまり後先考えないのか、殺し尽していますね。降伏した人間も見せしめというより、怒りのままに全員皆殺しです」

「女も子供も?」

「そうです」

「さすがに愚かすぎないか」

「今のレイド王は異様な潔癖主義完璧主義で自分に逆らうものを絶対許さないという男です。掃除を怠った召使を何人も処刑しています」

「なんて奴だ……」

「ダナさんがレイド王を脅しつけたというけど、虐殺も止めてくれたらよかったのに」

「確か……隕石が落ちたのは決戦前で、それまでは農民側が若干優勢でしたよ」

「そうか、彼女のことだから、すぐにどこかに行って、レイド王国のことはよくわかってないのだろう」

「そもそも、ダナさんは魔王復活阻止以外では動けないから、農民の虐殺を止めるのは無理だと思いますね」

「そんな制約があるんだ」

「なぜそんな制約が彼女を縛っているかはわかりませんが、このガルディア国に協力しているのは、魔王と戦う国家を応援するという目的らしいです」

「ガルディアが魔王と戦うとは決まってないだろう」

「それは私にはわかりませんが、予言やら何やらがそう告げているらしいですよ」

「もし、ガルディアが魔王と戦うなら、隣国のどこかが魔王の手先になると考えるべきか。そうなると、今まさに魔王みたいなことやってる国が目の前にあるね」

「現レイド王は遮二無二領土拡大路線を取ってますが、魔王というような器ではないと思いますね。歴史に現れる魔王は意外と部下やその他支持者が厚く応援するから被害が甚大になると聞いてます」

「魔王になる奴は、大抵人気者だってこと?」

「そうなりますね、とにかく、レイド王は嫌われ過ぎてます」

「なんだか、レイド王国の情勢をこの目で直接見たくなったよ。今なら僕が暫くいなくなっても、皆が上手く回してくれるように思う、行ってみようかな」

「お勧めしません。地獄を好んで見に行くことになりますよ」

 苦い顔のオーベ。

「今はちょっと領土を拡大しすぎて、人員と労力が足りていない。拡大は少し休むことになる、今しかないというのが僕の考えだよ」

「俺は冒険者ですから、気持ちはわかりますが……」

「オーベ、案内してくれ。指示には従うから、レイド王国の国境から激戦地だった広沃野の東部、ゲイル地方だったか、その辺りと、首都を見てみたい」

 広沃野というのはレイド王国全体の地域を指す言葉である。

「そうですね、徒歩で行って、概ね二週間くらいの行程です。レイド王国兵の格好をしていれば、怪しまれないでしょう。あの国は兵士が常時うろうろしていますから。俺と王子だと少し武力が足りないです。俺一人なら逃げ隠れでどうにでもなりますが……」

「陽光兄弟団から隠密得意なのを二人連れてきて戦力にしたらどうだろうか」

「あいつらか……会ったことはないですが、凄い手練ればかりだと。それと、エリンさんはどうするんです。こういっては何ですが、彼女が見るにはつらい光景ばかりですよ。可愛い女性が行くような場所じゃないです」

「エリンには暫くゲーマンとリディアの現状を探ってもらうよ。最近、あの二人の動向が聞こえてこないし。故意に情報を止めているんじゃないかな」

「あの二人は腹に一物持ってますからねぇ。それもいいかもしれません。どうせなら、最近好調な魚肉と鶏肉の販売をその二つの領土に販売網を拡大して、同時に情報を持って帰らせたらいい」

 新しい開拓地では鳥と魚が大漁なのだ。

 手つかずだったのを取りまくってるだけともいえるが。

「そんなこと、できるのか?」

「アベルにやらせましょう、多少活動資金は必要ですが」

「ミリアに協力させて、アベルとエリンが指揮するという事でよさそうだね。手紙を書くよ、あと資金も渡す。それと、案内代だ」

 俺は金貨の詰まった袋を渡す。

「ふうむ。まあいいでしょう、この額で」

「必要なものは他にないか」

「同行する兄弟団はどんな人ですか、めぼしは立ってますか」

「女二人の隠密だよ。僕と同じ『闇のマント』を持っている」

「女か……吸血鬼に食用にされる恐怖で育った子供……ならば大丈夫かな。いいでしょう、すぐに呼んでください」


 というわけで、俺とオーベと陽光兄弟団の隠密、メルとカリファが二日後に合流する。

 二日待つ間に、各所に手紙を書き、農民の開拓事業を全力で安定させるように、指示を出しておく。

 四人で出発するが、

「王子はこれを着てください」

 オーベはレイド王国の兵が着る鎧を俺に渡す。

 ガルディアの民兵が着ている皮鎧より優秀な物だ。

「金属部分が多いな。やはり、レイド王国の方が何かと上だ」

「メルとカリファは、奴隷としてこの兵士(俺)につかまって首都で売られるという設定だ」

 オーベは二人に粗末な奴隷の服を渡す。革製の首輪まで付ける。

「酷い服だな。もっといいのはないの? 可哀想だよ」

「王子、諦めてください」

 城をこっそり出発しようとする。

 途中までは馬車に乗り、国境付近から徒歩で行く予定だ。

「チョ、待てよ」

 目の前にモフオがいる

「王子、私を置いていくのか、薄情者」

「猫はちょっと目立つからなぁ、ピースケなら大丈夫だろうけど」

 俺はモフオをもって、中庭に行く。

「リーンさん、暫くモフオを預かってくれないか」

「ええ、いいわよ。よろしくね、モフちゃん」

「にゃーん、ゴロゴロ」

 モフオはリーンに甘えると、美しい彼女の足にゴロゴロすりすり始める。何とも現金な奴だ。

 リーンにだっこされるモフオ。

 何ともうらやまけしからん。

「モフオはいいけど、私はどうするの」

 いつの間にかエリンが横に。

「ああ、探してたんだよ、何処にいたの」

「あなたがいつまでも動かないから、周辺の調査よ」

「何か収穫はあった?」

「難民の数が千人程度という事と、怪しい奴が数人紛れ込んでいるという事くらいかしら」

 難民にスパイでも入り込んでいるのか。

 色々な人間を受け入れると、これだけはどうしようもないだろう。

「彼らの暮らしぶりは? 何か困ってないか」

「逆に困る事しかないわ。半分くらいは帰国をあきらめて、ここで農業して生きていくみたいね。とりあえず、食料はぎりぎり足りてるかしら。川から魚肉が回ってきてるのね」

「ティラシス川は豊漁だから……と、そうだ、魚肉販売の行商網を作るんだけど、それに先んじて、リディアとゲーマンの領土を調査してくれないか。アベルとミリアと話し合ってくれ。それと、南方諸国の情報も欲しい。最近、リディアが情報を制限してる雰囲気がある」

「別にいいけど。護衛は必要ないの? それに、何処に行くのよ、変な装備して」

「それは……悪いけど、機密。女王陛下にも内密に頼む。調査にはしっかり報酬は出すよ、とりあえず金貨百枚前金で渡すよ」

「いいわよそんなの……でも、貰っておくわ、情報集めるのもお金要るから」

 そう話し合った後、彼女とは一旦別れる。


 俺たち四人は、国境の定期便の馬車に乗り、国境付近で降りる。

「旦那方、こんなところで降りて大丈夫ですか? 森しかないですよ」

 御者のおっさんが心配そうに聞く。

「気にするな、とにかく俺たちのことは誰にもいわないでくれ」

 口止め料に、多少の金を渡した。

 オーベの案内で森を行く。

 以前は、アンデッドや混沌人間がうろうろする森だったが、今は静かだ。

 俺はメルとカリファの小剣に闇の魔力を付与して『闇の小剣』を二振り作る。

 隠密二人には闇の魔力の方がお似合いだろう。

 小剣で草を叩くと、草は切れると同時に生命力を失い枯れてしまう。

 炎とは違う破壊力だった。

「王子、あんたそんなことができるのか?!」

 オーベが珍しく驚いている。

「まあね。モフオが使い魔なのは知っているだろう。ヴァリーという人に教えてもらった魔術だ」

 もちろん嘘だが、もっともらしい説明は必要だろう。

「ヴァリー? にしても、魔力の付与なんて、かなり上級な術だぜ」

「あんたの武器のもかけてやろうか?」

「遠慮しておく。俺は自分の装備に自信があるんでね」

 彼の装備はかなり上等だ。魔法はかかっているのだろう。

 魔術は寝る前に使ったが、それでもかなり消耗して、そのまま寝てしまう。


 朝。

 俺は自分が見張りの番を守らず朝まで寝ていたことに気が付き飛び起きる。

「ああ、すまない。寝てしまうとは」

「大分疲れてたみたいだから、あんたの休息を優先したんだよ」

「王子様、お加減は宜しいですか」

 メルが心配そうに俺を見る。

「大丈夫だ、朝食を取ったらすぐに出発だ」

 国境は森の北側にかなり大きな川、トーバス川が流れており。そこが境界になっている。対岸を見ると、頻繁に騎兵が往来している。

 俺たちは対岸の草むらに身をひそめる。

「騎兵が通らない時を狙って、浅瀬を通る。付いてきてくれ」

 警戒は厳重だったが、オーベの先導は的確で、潜入用の小さなボートに乗って国境は難なくすり抜ける。

 一番足がのろく鎧がでかくて、見つかりやすいのは俺だったが、上手くいったのだから良しとしよう。


 トーバス川を越え、街道に出る。

 この道を真っ直ぐ行くと、ゲイル地方に出る。

 最初に目についたのは、陰惨な光景だった。

 丘の上に死骸の山がある。大量の鴉が舞い、すさまじい死臭と鴉の鳴き声がこだまする。

 俺は思わず顔を背けるが、他の三人は無言で見つめるだけだった。

 年長のオーベはわかるが、若いメルとカリファの肝の座り方は異常だった。やはり、生まれた時から死の恐怖と隣り合わせだったのが、感情を潰してしまうのだろう。

「こんなの序の口ですぜ……カイトの旦那」

 カイトという名前は俺演じる偽兵士の表向きの名前だった。

 俺たちは無言でこの場を離れ街道に出る。

 街道はもっとおぞましい状況だった。

 両側に杭が立ち、そこに磔にされた農民たちの死骸がぶら下がっている。

 俺は無言になった。

 何もいえなかったのだ。

「この状態が、ゲイル地方に入るまで続きます」

 オーベですらかなり気が滅入っているようだった。

 死骸たちの中に、時折、微かに息のある者がいる。

「助けてやろう!」

「駄目です! 彼らを救えば大規模な捜索が始まりますよ」

 俺は腕が止まった。

「み……水……」

 死にかけの男が微かにつぶやく。

 俺は急いで水筒を開けると、彼に水を飲ませる。

 しかし、彼は飲まなかった、こと切れたのだ。

「おい! 死ぬな!」

「王子、もうこいつは死にました」

 俺の心に絶望が広がる。ふと、手の甲を見ると、魔力が溜まっている。

「おい! そこの! 今、水をやろうとしてなかったか」

 数人のレイド兵がやってくる。

 五人いる。鎧は俺より貧弱だった。

 地位が低いのか、俺が高いのか。

「……十人長殿か。しかし、たとえ上官でも、王命には逆らってはなりませんぞ」

 俺が何か答えようとすると、

「申し訳ありません、ご主人様はこの者が何か知っているかと尋問しようとしただけです」

 オーベはそういいながら、金を兵士のリーダーに渡す。

 そいつはそれを確認すると、

「ここでは何も見なかった、そういう事です」

 といいながら去っていく。

 兵士との遭遇はそれだけで終わった。

 そこから先の街道に磔られている人々は既に時間が経ちすぎて、誰も生きていなかった。

 俺たちは何もできずトボトボと歩く。


 翌日、ゲイル地方に入る。

 長年の収奪と戦争で、この豊かな穀倉地帯は惨めな荒野になり果てていた。

 灰になった集落、踏みつぶされた田畑。

 収穫されず、朽ちていく作物。

 集落に入ると、奇怪なオブジェがある。

 幾つもの立ち木にロープをかけて、それに、首をつられた人間が集落の人数だけぶら下がっていた。

 老若男女。幼児を殺した奴らはどんな気持ちでやったのだろうか。

「……こ、これは酷い……」

 俺は余りの残虐な光景に、絶句してしまった。

 皆無言だった。

 これは地獄だ。

 地獄としかいいようがない。

 俺の小手はますます魔力を高めていく。この小手はまるで人の生き血をすするようだ。

 ゲイル地方は既に殺戮が終わったためか、あまりレイド軍の兵士もいなかった。それは、地方の端、南東のトーバック城を十重二十重に包囲して兵が集結しているためでもある。

「トーバック城も見たいけど……」

「距離は遠すぎるし、リスクも大きすぎる。お勧めはしませんね」

「まあね、無理はしないよ」

 俺は剣を抜くと、農民たちをつるしている紐を断ち切る。

 どさっと落ちる死骸たち。

「王子、見つかればどうなるか」

「せめて、降ろしてやりたかっただけだよ」


 翌日、ゲイル地方中心の城、シャレイグ城に行く。

 この地で、ごく最近激戦があったのだ。そこかしこに死骸の山が放置してある。もう死臭にはなれてしまった。

 シャレイグ城は大きく破壊されているが、今はレイド王国の兵が駐屯している。

「余り近寄るべきではないです」

 もちろん、俺も遠巻きに見るだけだ。

 時間は正午ごろ、ギイっとはね橋が降りると、大勢の人間が二列になって出てくる。

 戦争捕虜だろうか、全員ぼろ服を纏っている。

 その両脇を完全武装のレイド兵が監視している。どこかに行くつもりか。

 俺たちは様子をうかがう。大体千人くらいの一般人だと思う。

 彼らの向かった先には大きな穴と、断頭台が用意されている。

 彼らは全員処刑されるのだ。

 首切り役人が二十人ほどいて、交代で首を斬っていく。淡々として、誰もが感覚がマヒしている。

 人々は男だけではない。女も子供もいる。

「助けられないか」

「首切り役人が二十、見張りの兵が百…我ら四人でどうにかできる数ではありません」

 首を振るオーベ。

 人々は絶望しきっているのか、死を目の前にして無言。

「偽の命令書を作って、今すぐ止めに入ったらどうだろう」

「……かなり苦しい作戦ですね……無理をすればこちらが斬られますよ」

 俺は一つひらめいた。『人種差別主義を改善する魔法』これだ。

 この術をかけて、命令書を渡せば、殺しを止められてほっとするに違いない。命令書を詳しく確認しない可能性もある。

 俺は急いで、白紙の羊皮紙にさらさらと命令書を書きレイド王の署名をそれっぽく描く。

「これに蝋を垂らして……これでどうです」

 オーベも最終的に乗り気になって、ナイフで器用に封蝋を彫刻する。

「これで、王の命令書っぽくなった」

「レイド軍の鎧は王子しか着ておりません。王子の演技が全てですよ、気を付けてください」

 俺は持ってきた香草をお湯で煮沸し、魔術の香りを漂わせる。

 それを体にかけて、俺は走っていく。

「中止! 処刑は中止!」

 何事かと、一斉に注目が集まる。

 俺は駆け寄ると、命令書を見せる。

「王の命令だ、処刑は中止しろ」

 俺は無理やりでもドスを効かせて、声を出す。

「……よかった、中止か」

 隊長らしき男は一瞬ぼんやりしたが、気を取り直すと、俺の命令書に目を通す。

 疑問を感じていないのか、

「反乱分子は首都まで連れて行って、そこで、尋問処刑を行う。そのために食料と水を持たせるのだ」

「了解しました」

 たぶん、百人隊長なのだろう。トロンとした目でそう答える。

 一時間程で、生き残った連中に食料が支給される。

(香りが弱くなってきた)

ジワリと冷や汗が出る。

「では、引率は俺がする、少数の兵を貸してくれ」

「わかりました、三十人お貸ししよう」

「あ、ありがとう、王は遅れると非常にお怒りになる。すぐに出発しよう」

 多すぎるが、さてどうするか……。

 レイド王は当然ながら異様にせっかちな男だった。そして、遅延なんぞ絶対認めない。隊長はうなずき、兵は引率組と残留に分かれる。

 農民たちはあきらめきっているのか、少数の兵にも抵抗はしない。

 さらに一時間程経過、香は完全に消える。

「すまぬが、先ほどの命令書を私にも見せて貰えぬか」

 引率組は別の隊長が指名されたが、当然のように疑問を感じたのだろう。

 俺はこっそり合図を送る。

 三十人……頑張ってみるか。

「お、大変なことになっているぞ!」

 俺は大声を上げてあらぬ方向を指さす。

 さすがに、思わずふり向く隊長。

 俺はすぐに剣を抜くと、鎧の隙間を刺す。

「ぐはっ!」

 隊長は悶絶して、落馬した。

 鎧の隙間も皮の鎧があったが、微かに刺せたのだ。それだけで激痛が起きる。

 馬は状況に驚いたのか、逃げ出す。

 ちなみに、馬に乗っているのは彼一人だけで、残りの兵は徒歩だ。

 その徒歩の兵たちは後尾から、次々と倒れている。

 向かって左からメル、俺の真後ろからはカリファが『闇のマント』を纏い、姿を虚ろにして、『闇の小剣』で兵を刺しまくっているのだ。

 兵はバタバタ倒れ、恐慌が起きる。

「何が起きているんだ!」「敵襲だ!」「盾を掲げろ!」

 その時点で、二十人ほど、そこに、矢の雨が降り注ぐ。

 オーベの短弓の矢が恐ろしい勢いでばらまかれる。

 命中率は低いが、敵を混乱させるには十分だった。

「農民たちよ、今が逃げるチャンスだ! 死ぬぐらいなら、生きのびてガルディアに向かえ!」

 俺は叫ぶ、八百人ほどの農民たちはキョロキョロしていたが、いけそうだとわかると、蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。

 そして、幾人かは兵士に襲い掛かる。

 多勢に無勢。生存の兵士はすぐに八つ裂きにされる。

 それは、俺が刺した隊長も例外ではない。すぐに殺され、装備は奪われる。

 人々が命からがら逃げていくのを見送りながら、

「何とかなりましたな」

「ああ」

「すぐに立ち去りましょう。あの馬を貰って」

 オーベが指さす先に隊長の馬。草を食んでいる。

 農民は乗馬ができないので、触らなかったのだろうか。

 俺は早速馬に乗ってみる。反応が良いし、動きも良い。というか、これが普通なのだ。普段乗ってる馬が遅すぎるだけだ。

 これ以上の長居は禁物だった、俺たちはすぐに移動してしまう。

「彼らは助かるだろうか」

「無理でしょうね、ほとんどは……」

「あのまま放っておけば絶対死ぬことを思えば、多少はマシだと思う」

 もちろん、気休めだ。

「……」

 珍しく、オーベは何も答えなかった。いいたくなかったのだろう。

 とにかく、馬を手に入れたのは大きかった。俺が最も体力がないのに、一番重い鎧を着ているのだ。旅が遅くなり過ぎていた。


 馬のおかげで首都には翌々日にはつく。

 首都レイドはかなり大きな都市である。少なくともガルディアの首都の二倍はあった。

 街の門は簡単に通れる。

 ここはあまりチェックがうるさくなかった。頻繁に人が出入りする場所なのだ、チェックは形骸化していたのだ。

 偽造身分書で難なく通る。

 街は汚くごちゃごちゃとしていた。ガルディアの牧歌的な街とは違う。

 しかし、死んだような雰囲気がどこかにあり、人はいても騒ぐような人間がいない。

 下町を抜けると、目の前に多少高級な住宅街が広がる。

 境には大きな広場。

 広場の中央に処刑台。その周りの一段高いところに晒し台がある。

 晒し台には人間がつながれており、半分くらいは死体のようだった。

 悪臭が酷い。

「毎日こんな光景見せられたら、活気も無くなるよ」

 俺はつぶやく。

 一番大きな晒し台には大きな人物がつながれていた。

 巨体である。身長二メートルはある。

 人類ではあるようだ。

 すさまじい筋肉を持っている。そして、想像を絶する拷問を受けたと思われる。手と足はボロボロになり、骨が見えている。生きたまま、肉を削いだのか。

 体中に焼き鏝の跡。腹を切り裂かれ、内臓が飛び出している。

 顔面は……皮を剥がれている……残酷すぎる。

「あの死骸は酷い、……滅茶苦茶恨まれていたのかな」

「あれは『聖闘士』ガラスという男ですよ。農民反乱軍の英雄で高潔な人物として有名です……」

 その死骸には二人の見張りが付いている。

 死骸ですら、厳重警備だ。

 あまりじろじろ見ていると、兵士に目をつけられるかもしれない。適当なところで切り上げる。


 そこら中に物乞いがいる。

 レイド王国はかなり無理をしている国のように感じる。

 国の施設や兵は立派なのに、民は乞食同然なのだ。

 街の中央、少し丘になっているが、そこに王の城が建設されていた。

 現在はダナの隕石攻撃により、正面の城門が破壊されている。見た感じ、それほど必死に直しているようには見えない。

 城門前の広場には、そこには一つの檻が設置されている。

 そこも兵士が警戒し、庶民は近寄れない。

 檻の中には半裸の女が汚物まみれの状態で座っていた。

 裸の女を薄ら笑いで見ている男たちが数人いる。

 下衆な連中と一緒になりたくない。しかし、やはり、気になって遠目で見ると、ふと、その女と目があう。

 女の目は力があった。

 究極の屈辱の中で女の目は死んでいなかった。

 俺は、何だか、自分の弱さを笑われたような気がした。あの苦しい汚物まみれの中で、あの女は屈していないのだろうか。

「あの女は誰なんだ、見た目よりは若い気がするが」

「戦争に負けて支配された沿岸三国の一つ、エラリアのアデラ姫です。貴人にあのような酷いことを……」

 貴族には拷問や虐待はせずに苦痛が少ない処刑をするのが通例らしい。

 しかし、このレイド王国ではこのアデラ姫や拷問の末殺されたガラスのように、何の手加減もしないのだ。ある意味公平といえるかもしれない、悪の公平とでもいえばいいか。

 やがて、大柄で汚らしい男が檻にやってくる。

 彼女は引きずり出されると……。

 彼女への虐待はあまり思い出したくもない。

 肉体への攻撃ではないが、精神を屈服させる虐待だった。しかし、彼女は胸を張り誇りを失わない。俺は彼女を美しいと思う。

 たとえ、汚物に塗れても。ゲス野郎に囲まれていても。

「俺は女性が好きですが、このようなやり方は気に入りませんな」

 オーベが怒りを抑えながら話す。

 あまり眺めるようなものではないと思い、早々に立ち去った。


 その日は、この街をうろうろして、人々の話を聞き、情報を集め続ける。もちろん、人々の話は他愛のない物ばかりだが。

「あのお姫様、たまんねぇよな」「あんなことをするなんて……」「魔女ダナは嫌いじゃないぜ」「『聖闘士』をあんなひどい目に合わせるのはどうなんだ、敵でも奴は勇敢だった」「ゲイル地方の田舎者どもはいい気味だ」……。

 総合すると、人々は思った以上に王に批判的だった。

 俺たちは、とりあえず、その日は宿に一泊する。

 綺麗な宿とはいえないが、我慢するしかない。

 俺はその夜、夢を見る。

 最初に見た広場、ガラスの死骸。

 その前に不気味な巨大な影。

「メフメト……何の用だ?」

「コノ者ヲ、ワレガ貰ウ」

「貰うって、どういうことだ」

「コノ者ヲ、再生セヨ、ともがらヨ」

「再生?」

 そのまま、夢は終わる。

 一瞬の場面だけ見たような夢だったが、印象は強かった。

 俺は朝になって、決意を感じる。

 一つは、このレイド王国との対立。この国の存在を認めることはできない。少なくとも、このままでは。

 もう一つは、二人の人間を連れ帰る。一つはガラスの死骸。もう一つはアデラ姫の奪取。

 これについて、オーベと相談する。

「どうだろうか、可能だろうか」

「いきなりな難問ですな……死骸の方は、警備兵を何とか出来たらすぐでしょう。警備の人数も少ないですから。姫の方はかなり厳しいです。常に十人くらいの兵が詰めてます。これを手早くどうにかできないと無理でしょうね」

「姫そっくりの偽物を作って取り替えたらどうだ。それなら、時間も稼げるだろう」

「私の隠密ならそれもできますが、まず、その偽物はどうやって作るんです?」

「人の居ない倉庫とか廃屋は知らないか、そこで作る」

「まあ、知らないこともないですな」

 オーベの案内で俺たちは、廃屋を根城にする。そこに、死骸を用意する。街には死骸がそこら中に転がっているのでこれは簡単だった。

 おれは闇と炎の力で生命の魔力を生成すると、死骸に力を送り込む。

 ただ再生させるのではなく、ある程度恣意的に。姫に似た死骸に修正するのだ。

 あの、印象的な彼女の姿を思い浮かべ、死骸をそれっぽい形に変える。もちろん、それでこの死骸が生き返ることはない。

 俺はオーベに死骸を見せる

「フム、確かにこれなら夜ならばごまかせるかもしれません。でも、すぐにばれる可能性もあります」

「一刻でも稼げたらいいよ。その間に、ガラスの死骸も回収する。それは、兄弟団の二人にやってもらう」

 俺の言葉にメルとカリファはうなずく。

 作戦は至ってシンプル。

 夜になったら、オーベが隠密ローブで消えながら接近し、檻を開け、姫と偽物を取り換えて脱出。

 荷馬車で移動し、ガラスの死骸も同じ要領でメルとカリファが回収する。

 ガラスの死骸は、紐で結わえてあるだけなので、これは簡単だろう。鍵開け二連続のオーベが最も大変な作戦だった。

「馬車にも闇の魔力を付与した。『闇の馬車』これで発見されないだろう」

「王子の術は、所謂、魔法魔術ではないっぽいですが。特性などを教えてもらえますか」

「金を払って教えてもらった術だから詳細はわからないよ」

 もちろん、嘘だ。

「ま、効果があるなら、俺が詮索することではないですな、どうせわかりませんし」

 肩をすくめるオーベ。


 その夜、オーベは女の死骸を背負うと、すっと夜の闇に消える。

 俺たちは馬車に乗ると、遠目から観察する。

 兵士たちは常に周辺を監視しているが、檻をじっと見ているわけではない。一瞬のスキをついて、オーベが侵入する。

 遠目でも微かに扉が開くのがわかる。

 悪くいえば誘拐なので、姫が暴れる可能性を考え、彼女は薬でいったん眠らせてから運び出す。

 三十分ほどでオーベが帰ってくる。

 彼の背中にはほっそりと痩せこけた姫の体があった。

 俺達は彼女に服を着せると、荷馬車に乗せて急いで立ち去る。

 耳を澄ませるが、騒ぎはまだ起きていない。

 俺たちは、すぐに前の広場に向かう。

 広場には兵士二人と、ガラスの死骸。

 闇に紛れ、メルとカリファが彼らの背後に忍び寄り、そして、家畜でも殺すみたいに何の躊躇もなく喉笛を掻き切る。

 倒れる兵士。

 すぐに闇に片付けられた。

 ガラスの死骸は拘束を解かれる。俺たちは全員でその死骸を運ぶと、荷馬車に乗せて逃走した。

 アジトに戻ると、

「夜の間に脱出した方がいいでしょう」

「街門は朝にしか開かない、外には出られないよ」

「一つ手段があります。船で逃げましょう。この首都は河口の港町。船を一隻どうにか手に入れて、川をさかのぼれば脱出できます」

 トーバス川は緩やかな流れであり、常に浜風が遡上を手伝ってくれる。

 馬車で港に向かい、川船を探す。

 船はあったが、数人の見張りがいた。

「屋形のついた、あの立派なのを頂戴しましょう」

 そういうと、オーベは見張り達に話しかけに行く。口車でどうにかしようというわけではない。

気をそらしただけだ。

 いつの間にか忍び寄ったメルとカリファが、見張り達のみぞおちやその他急所を殴って昏倒させていく。

 オーベと話していた奴は、仲間が気になってふと後ろを振り向く。その瞬間を逃さず、オーベの毒針が男をチクリと刺す。

 男は怒ってふり向くが、何かいう前にくたっと倒れた。

「さあ、さっさとこの不吉な街を出ましょう」

 俺たちは屋形船のような帆船に乗り、オーベが器用に操作する中、街を離れていく。

 俺は真っ黒の邪悪な塊、レイドの街から離れてほっとする。

 川面の風が気持ちよかった。


 船はオーベに任せ、俺はガラスの死骸をどうにかしようと考える。

 まず、体を再生させる。

 魔力はまだまだ豊富であり、彼の体はみるみる治っていく。もちろん、都合よく魂は戻ってこない。一度死んだという事実は変えようがない。

 狭い船であり、ぼろぼろお姫様は無言で俺の作業を見守る。

 長い虐待を生き抜いてきたのだ。正気を失っていないのならば、肝は据わっているだろう。

 本当に大柄な男だった、見ると指先や肛門性器など、人間として弱い部分が破壊されている。こんな拷問に耐えられるわけがない。

 俺は怒りと恐怖を感じながら、彼の体を治していく。

 体は比較的簡単に治ったが、顔に魔力を当てると、魔力を吸い取るだけで肉が盛り上がってこない。

「どうなっているんだこれ」

 俺は冷や汗が出る。魔力を全部入れても足りないかもしれない。

 だんだん意識がもうろうとしてくる。

 目の端に、メフメトがいる。彼は死骸に滑り込むよう、彼の体に入っていく。

(コノ者ノ魂ハ怒リニ満チテイル)

 思念が伝わってくる。

 顔は魔力をぐるぐると吸いつづけ、最後には炎の瞳を持つ黒い渦になった。

「何だ、これは」

 ガラスの死骸はぴくぴくと動き始める。

 俺は何かの布袋を拾うと、目の部分だけ破いて頭にすっぽり被せる。しばらく、頭部がうごめいていたが、やがて静かになり、死骸の痙攣は止まった。

「この袋は……豆の袋……か」

 魔力を使い過ぎて、俺は汚い船の床に倒れ込む。

 睡魔に負け、俺は闇に沈んだ。




2020/10/4 文章リニューアルしました。

2023/4/14 微修正

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