第126話 悪意の罠
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「ふ!ふ!ふ!ふ!」
大輝は息を吐きながら、手に持った木刀を丁寧に素早く振るっていく。これは大輝がクリシュナ達からの指導を受けてから欠かさずにやって来ていることで、今ややらないと1日が迎えられない感じでさえある。
まあ、もっとも今の大輝にとっては、この鍛錬は別の意味を持っているのだが。それを言ってしまうならば、何も考えなくていいということだ。無心で意識を木刀を振るう手へと集中させ、それを大きく上から下へと振るう。
時には、横なぎに払って、突きを放ったり、今まで戦った敵を重ね合わせ、架空の一番強い敵を作り出してその動きを想定しながら木刀を振るう。その時は、戦いに集中していて他のことを考えなくて済むのだ。また、活き活きとさえ感じる。だが、逆に言えば、今はその鍛錬さえ終えてしまえば、考えなければならないことがあるということ。
「主様よ、少し休憩したらどうかじゃ?」
「そうなの。先程から休みなしで続けてるの」
「そうか?案外疲れてないんだが......もしかしたら、結構大量がついたのかもな」
大輝はそう独りごちるとその場に座り込んだ。そして、少し遠くで見守っていたフランとドリィが水筒とタオルをそれぞれ手に持って大輝へと渡した。水筒に口をつけるとグビグビっと勢いよく飲んでいき、ある程度喉が渇くと頭へと水筒の中身をぶちまけた。
「あー気持ちいい」と声を上げるとタオルでその濡れた顔を拭いていく。そんな当たり前とかした日常。これまでにいろいろなことを経験してきたからこそ、こんな日常でも幸せに感じる。この気持ちはきっと普段では味わえない気持ちだろう。だからこそ、この気持ちを大切にしていかなければならないと思う。
すると、その時大輝に向かって声をかける者がやってきた。
「よう大輝、相変わらず励んでいるようだな」
「お前は逆に励まなさすぎなんだよ。もう少し俺を見習ったらどうだ?」
「それって自分で言うのかよ。だがまあ、説得力はあるな」
俊哉は大輝に言葉に腕を組みながらうなずくとすぐさま話題を変えた。
「なあ、お前何か悩んでることないか?」
「なんだ藪から棒に?分が悪くなったからって話題を変えるのやめろよ。そういう癖あるぞ、お前」
「そうか?まあ、自分以外のお前が言うのだからきっとそうなんだろうな。で、どうなんだよ。なんかあるのか?まあ、お前のことだからどうせ女性関係だと思うけど」
「うぅ......」
「どうやら図星のようだな」
俊哉は大輝の反応を見て思わず呆れたため息を吐いた。正直、分かっていたことではある。それは今に始まったことじゃないし、自分が気づいた時にはもう既に二人存在していた。だが、それが今はどうだ。気がつけば、一人また一人と増えているのではないか。
そして、その中にセレネが居ることもまた驚きだが、今思えば時間の問題だったかもしれない。それは大輝の性格が大きく影響しているだろう。大輝の性格は大きく言えば大雑把。だが、人の気持ちを察しれないわけではない。とはいえ、図々しくもずかずかと切り込んでいくタイプでもある。
加えて、セレネは基本的に壁を作るタイプだ。つまりは、大輝のタイプを苦手とするタイプ。故に、最初こそ突っぱねてはするが、絆されてしまえば後は容易いとも言えるタイプ。なので、まあ今のセレネの状態はまさしくそうなのだろう。
「それで、腹は決まったのか?あんまり長ければ、差し障りが出るんじゃねぇか?」
「それは俺も分かっている。分かっているが......お前はやはり早い方がいいのか?」
「そりゃあ、そうだろ。それはお前のこともあるが、何よりあいつらの気持ちの方がよっぽど辛いんじゃないか?明確な答えも聞けるわけじゃなく、ただ待たされ続けさせられる日々。その間に増えていくライバル。逆の立場だったらどうよ?」
「確かに嫌だな。ただでさえチャンスが減るというのに、それ以上チャンスが減るのは」
「だろ?......まあ、急かすような言い方して悪いんだけどよ」
大輝は俊哉の言い分も分かっていた。だからこそ、迷うというもの。一方では、自分の気持ちにちゃんとケジメをつけるようにすぐに答えを出さないようにすること。しかし、俊哉のようなすぐに答えを出した方がいいという意見もある。
その二つの意見はどちらとも納得する内容だから余計に困る。そして、そう簡単に決められるものではない。ただ自分の気持ちに正直になればいいだけなのだが、その気持ちが揺らいでいるのだ。つまりは、全員の誠意ある告白を聞いて、俺自身が臆しているのだ。
自分はエミュと香蓮が同じくらい好きだ。だが、そんな気持ちに張り合うかのようにユリス、セレネ、ミリアから真剣な気持ちを受け取った。なら、いくら自分の気持ちで答えを決めようとも、最初からいないものとして考えるのは失礼なんかじゃないかと思ってしまう。
「俺ってどうすればいいんだろうな。どうにも気持ちがハッキリしない」
「いや、そんなこと言われてもな。当たり前だが、俺とお前じゃあ考え方違うからな。たとえ言ったところでまるで参考にならんだろ」
「まあ、そうだよな。これこそ俺が考えなきゃいけないことだよな。すまん、変なことを聞いた」
「今更だろ?気にすんな。俺とお前の......」
俊哉は何かを言いかけて思わず口を結んだ。言いかけた言葉は「俺とお前の仲じゃないか」という言葉。本来なら何のためらいもなく言えることが出来た言葉だろう。しかし、今はその言葉が酷く躊躇われる。なぜならもう体がほとんど上手く動かせないからだ。
もっと言うと俊哉が大輝のもとへとやって来たのは、自分の意志ではない。俊哉の体にある広がり続けたあざによる意志。その意志は今も尚俊哉の意識を乗っ取ろうと動いている。俊哉はそんな状況になりながらも、大輝に悟られまいと必死に言葉を取り繕っている。
「よし俊哉、久々に男二人でのんびりしないか?」
「......ああ、いいぞ」
「それじゃあ、フランとドリィは先に戻っていてくれ。ほら、お小遣い」
「わーい!なのじゃ」
「早く行こうなの!」
大輝がフランとドリィにそれぞれお金を渡すとその二人はスタタタタと走り去っていった。そんな二人を見ながら「行ってはいけない」と思いながらも、俊哉からその言葉が出てくることはなかった。そして、無情にもその二人の姿は消えていく。
「くっ!待て!」
その時、俊哉の意志とは関係なく右腕が動き出そうとした。その向かおうとした場所は腰にある短剣。これは通常剥ぎ取り用で戦いもない普段の日には使うことはない。だが、今ここにあるということは、自分の意志ではないということ。かろうじて動かせることが出来た左手で右腕の動きを押さえた。
自分の右腕を自分の左手を押さえる日が来るとは思わなかった。いや、思いもしないだろう。全ては自分が仲間に迷惑をかけまいと動いた結果だ。それで結局大輝にこうして迷惑かけている時点で世話ない。そんなことを考えながら、俊哉は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ん?おいおい、どうした大輝?急に中二病みたいな動きして。この世界ならむしろおかしくならないから、やってみたかったのか?お前も案外おこちゃまだな~」
「へ、へへ、そういうなよ。やるのが男ってもんだろ?」
俊哉は大輝が勘違いしてくれたことにはありがたいと思ったが、自分の様子をおかしいと思って距離を取ってくれないことには唇を噛んだ。普段、大輝との間でしかやらない悪ふざけ。それが仇となっているのか。おそらくそうなのだろう。まさかここでそれが足を引っ張るとは......やばい、意識が......
俊哉が先ほどからくどいくらいに続けていることに大輝は思わず不思議がった。俊哉は悪ふざけする時もあるが、引き際は間違えない。それに、俊哉の顔には汗をかいている。それだけでもう異常だということはわかる。
「おい、とし――――――――――」
「大輝に一つだけ俺の願いを聞いてくれるか?友としての最後のお願いだ」
「!」
大輝が俊哉に声をかけようとすると俊哉はその言葉を遮って言葉を告げた。そして、右腕を腰に回すと大輝へと顔を合わせる。その時、大輝は思わず目を見開いた。なぜなら俊哉の顔の右半分は黒いあざに覆われていて、その右目は黄色くなっていた。
「俊哉、お前なんだその顔は......」
「大輝、今はお前の質問に答えることは出来ない。だから、一方的に言わせてもらう」
そう言うと俊哉はその目から涙を流した。そして、告げた。
「大輝、お前はどうか生きてくれ。そして、俺を恨み殺しに来てくれ」
「......え?」
その瞬間、大輝の左胸にチクリと痛みが走った。思わずその場所を見てみると禍々しい短剣が左胸に刺さっている。俊哉はその数秒後に血反吐をぶちまけた。そして、驚きと混乱と痛みで足取りがおぼつかなくなり、後ろにある木にもたれかかるように座った。もう意識は薄い。
「大輝、もし意識がまだあるのなら茉莉に伝えて欲しい言葉がある。『最後まで付き合えなくてごめん』そう伝えてくれ。俺はもう助からないから」
そう言って、俊哉の顔は完全にあざに覆われた。そして、大輝を一瞥すると空を見る。雨だ。先ほどまで晴れていたのに。もしかしたら、俺がこの雨を作り出したのかもな。大輝の悲しみという名の。
それが俊哉が思った最後の気持ち。そしてすぐに、俊哉の顔から温かさが消えて、冷酷な表情に変わった。それから、当てもなく歩き始める。
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