第117話 止まってはいけない
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大輝はその魔物を倒し終えると暗い顔のまま女性のもとへ歩いた。すると、その前にカオスに両肩を掴まれ、止められる。その行動は大輝にも予想外で、思わずカオスの顔を見た。その顔は真剣な目をしていた。
「お前さん、そんな顔で歩いちゃいけない。お前さんも辛いのはわかるが、今は誰が一番辛いのかわからないわけないだろう?そこにそんな暗い顔をしたお前さんが行ってみろ。さらに悲しみを煽るだけだぞ?」
「......なら、どうすればいいんだ」
「とにかく笑顔はダメだ。だが、暗い顔も無表情もダメだ。ただ自然体でいろ。そして、その人にかけるべき言葉をかけてあげるんだ。お前さんが折れたら、この人は完全に終わる」
それは大輝が勇者であるからの言葉であろう。そして、その言葉の意味を大輝はわかっていた。だが、そう簡単に自然体でいられるはずもない。しかし、あまり時間をかけてしまえば、この女性は自分を自分自身で絶望の淵へと立たせてしまうだろう。そうなれば、堕ちるのは容易い。
すると、カオスが大輝の顔を左手で押さえた。そして、右手を大きく振り上げる。
「お前さん、歯を食いしばれ」
カオスはそう言うと大輝の頬を思いっきりひっぱたいた。その痛み自体は勇者のステータス故か大したことはなかった。だが、その痛みはむしろ心にきた。まるで揺らぎもない水面に一滴の雫を垂らしたように、その波紋は大輝の黒い霧を晴らしていった。
そして、大輝は追い打ちをかけるように自分でも両手で頬を叩いた。それから、その女性のもとへと近づいていく。
「ごめんなさい、あなたの夫は僕が倒させてもらいました。けど、これだけは信じてください。あの方はあなたを許していた。あの人が最後に言った言葉は『君は悪くない』です。なにがあったかはわからないですが、あの方はあなたには思い詰めて欲しくないそうです。どうかそれだけは信じてください」
「うぅ......はい、伝えてくれてありがとうございます」
その女性は嗚咽混じりに泣きながらも、立ち上がるとゆっくりと歩き始めた。どこへ向かってるかはわからない。だが、その女性の後ろ姿から死相のような暗い雰囲気は感じられなかった。なら、大丈夫だと信じたい。
大輝はカオスの方へ振り返ると丁寧にお辞儀した。それは先ほどの行動に関して。あの時止めてくれなかったら、きっと上手くはいかなかっただろう。そして、その時のことをおそらく俺は引きづっていくことになった。だから、それを防いでくれたことにはちゃんと感謝したい。
すると、カオスは前のような調子に戻って大輝に言った。
「やめてくれ。感謝されることにはなれちゃいないんだ。それにまだ全てが終わったわけじゃないだろ?どうせいうなら全てが終わった後にしてくれ」
「それじゃあ、そうさせてもらいます」
大輝は照れたようなカオスの表情を見て落ち着きを取り戻すと思考を切り替えた。次の目的は再び大聖堂に戻って、ソワナに分かったことを伝えること。今のソワナがいることはミリアにとって甘い蜜のようであり、同時に毒でもある。
そして、ソワナは猛毒へと変わる兆候を一度見せた。もしソワナがあの黒い靄に飲まれ、魔物に変身してしまったとしたら、ミリアはどうなってしまうのだろうか。想像することは実に難しくないことだ。つまりは壊れる可能性があるということ。
言い方が悪くなるが、ソワナがいない時の方がミリアの精神は強かった。きっと他人であれば、同情で心痛めることはあるだろうけど、それまでであった。だが、ソワナの存在でミリアは不安定になった。急激にもろくなってしまった。
故にここでソワナが欲に飲まれてしまうことは良しとしない。ミリアはこの国で勇者である自分と並ぶもう一つの象徴だ。その象徴がどちらかでも崩れてしまえば、あとは堕ちるのみ。この国自体も崩壊が始まりかねない。それだけはなんとしても防がなけばならない。
「カオス、戻ろう」
「そうだな。あたいもあのソワナって子が気になる」
二人は意見が合致すると大聖堂に向かって走り始めた。
大輝はその間、思わず歯噛みしていた。それは先ほどよりも強大化した気配が複数あり、その気配を有した魔物が前方に多くいたからだ。それはつまり、民衆の安全のためにも倒さなければならないということ。
大輝は前方の方でその魔物と対峙している冒険者に声をかけた。
「皆さん、その相手は俺に任せて、皆さんは他の人達を避難させてください!」
「おお!勇者様が来たぞ!」
「良かった、これで安心ね」
「わかりました。そうさせてもらいます」
そのまだ成り立てであろう若い冒険者は大輝の存在に気付くと大輝の言葉を快く引き受けてくれた。そして、大輝と入れ替わるように走り去っていく。
大輝はそのことを気配で確認しながら進んでいくとその魔物に突っ込んだ。そして、振り下ろされる腕を弾くと胴体に思いっきり剣を突き刺していく。それだけでその魔物は終わる。それだけもろく、弱い。それは当然だ、その人達は強化されただけでもとはただの一般人の幽霊なのだ。
だが、それは逆に言えば、一般人を除けばそう簡単には倒せないという可能性があるということ。当たり前だ死んだ人はなにも一般人だけではない。中には冒険者も含まれているのだから。そして、その思考を体現したような気配が背後から急速に迫ってきた。
「ギャアアア!」
「あぶねっ!」
大輝は咄嗟に振り返るとその魔物の攻撃を弾いた。同時に蹴って遠くへ吹き飛ばす。すると、大輝はその魔物を見て思わず驚いた。それは今までの魔物より随分とコンパクトになっていたからだ。大きさの変わりようとしては、先ほどが10メートルほどの大きさだとすると今のは丁度同じ大きさか、少し大きいぐらい。つまりは一般人サイズ。
また他に異なる点を挙げるとすれば、それは強大な気配。災悪とまではいかないが、少なくとも先ほどの魔物よりは強大な力を秘めている。正直言って面倒だ。今は時間をかけている暇はないというのに。
大輝は少しのイラ立ちとともに一気にその魔物に突貫した。その魔物も大輝に向かって走っていく。そして、その魔物は思いっきり剣を振り下ろしてきた。大輝はその剣を聖剣を横にして受け止める。
「ぐっ!」
大輝は思わず声が漏れた。それは先ほどの魔物よりも圧倒的に強くなった力に対して。力が強くなっていたことは予想していたとはいえ、それを軽く上回ってきた。だが、これぐらいならまだ少し余裕がある。
「おらあああ!」
大輝は気合を入れるように声をあげると同時にその剣を弾くと魔剣で左腕を切り落とした。そして、続け様に聖剣で右腕を切り裂き、二つの剣でクロスさせるように切り込んだ。すると、その魔物は声を上げながら消えていった。
この魔物も先ほどの魔物も、最初に倒した魔物とは違って黒い靄が殻のようになって剥がれることはなかった。つまりは心の奥底まで欲に飲まれてしまったということなのか。あくまで推測でしかないが、おそらくはそれで間違いはないだろう。
ということは、もう人には戻れないということ。一度成仏した魂が、誰かの身勝手で地上へと降ろされ、そして欲に飲まれ人として死ねずこの世界から消えていく。それはどんなに苦しいことなのだろうか。きっと想像以上なんだろうな。
大輝はまた立ち止まってしまった。この世界の面白さをしったかたこそ、心を抉るようなこの状況に。やはりこの気持ちだけは慣れることはない。慣れたならどんなに楽でいいのだろうか。けど、それはしてはいけないんだろう。そんなことはわかってる。だから、辛いんだ。
すると突然、カオスが大輝の肩を叩いた。その肩の方へ大輝は思わず振り向くとカオスは優しい笑みを浮かべていた。
「お前さんは感情的だな。けど、だからこそお前さんが勇者として選ばれたんだろうな。その意味があたいにはわかった気がする。だからこそ、あがくんだ。こんなところで立ち止まってはいけない。一歩を踏み出さなきゃいけない。たとえどんなことを思っても」
「......」
「お前さんは一人で抱え込んで悩む傾向にあるが、お前さんは一人なのか?お前さんが頼ったら答えてくれる仲間はいないのか?」
「......っ!」
「いるなら、頼ってやれよ。思う存分頼ればいい。もちろん、頼った後にはそのお返しもちゃんとしてあげないといけないがな」
「......そうだな。それじゃあ、俺がまたひよったら頬を叩いてくれ」
「ははっ、任せろ!」
カオスは大輝の背中を上機嫌に笑いながら叩いた。その強さは大輝が思わず一歩を踏み出すほど。その瞬間、大輝は肩の荷が下りた気がした。全体的に体が軽くなった感じだ。
「ありがとうございます」
「だから、礼をするのは『全てが終わった後』って言っただろ?全く、どこまででも勇者だな、お前さんは」
「そうであり続けるよ。もう止まらない、俺は欲がかけない人たちの分まで『全ての人を救う』という欲をかいてやる!」
「いいぞ、そのいきだ!それじゃあ、早いとこ向かうぞ!」
大輝とカオスは再び大聖堂に向かい始めた。
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