第116話 欲
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大輝はミリアにたっぷりと叱られた後、大聖堂に出た。そして、やや精神を披露させながらも周りの様子を見る。それはソワナが見せて黒い靄が他にも出ていないかを確かめるため。
そして、少し注意深く探してみると飲まれてはいないがやや黒い靄を纏わせた幽霊は多く見られた。だが、別段変わった様子はない。とはいえ、なにやら嫌な予感は拭えないが、何も起こらない以上手出しすることは出来ない。しかし、起こった時に手遅れになりそうな気がして、どうにも落ち着かない。
「どうした?そんな落ち込んだ顔して?」
「うわあああ!?カオスさん、どうしてここに!?」
「ん?そりゃあ、お前の中にいたからな」
「......は?」
大輝はその言葉を聞いて思わず固まった。それは即ち、先ほどまでの全ての会話を聞かれていたということ。そして、この人のことだろうから記憶の中身を探っていたに違いない。なぜそう思うかって?それは、カオスさんのニヤついた笑みを見れば、すぐにわかる。
「お前、嬢様に告られたんだろ?」
「うぅ......だ、だから、何だって言うんだ?」
「いや、なにも?ただ、お前の返答が実に気になるところだなと思っただけだ」
「それが本音だろが!」
大輝は思わず怒鳴ってしまった。だが、これは怒っていいと思う。この人は確実に自分のセレネに対する気持ちを面白半分で聞こうとしている。そんな人に話してみろ。確実に自分で自分の首を絞める結果になるぞ。それだけは避けなければならない。
すると、カオスは大輝に向かってそっと言葉を告げる。
「ははっ、お前がどう思っていようと私はどうにも思わんよ。ただ、嬢様が幸せになってくれることを願うだけさ」
「その流れで言うとそうとしか捉えられないんだが?」
「はははは、すまんすまん。そんなつもりは全くないんだ。だけどよ、幸せを願うのは当たり前だろ?」
「......それは......いや、なんでもないです」
「それは、死んでるからそう思うんですか?」と大輝は思わず聞きそうになった。だが、この質問内容は明らかに失礼だ。もちろん、単純にそう思っているのがほとんどだろう。しかし、そう思っている可能性が大輝には拭えなかった。
ソワナにしかり、カオスにしかり幸せを願うことをさも当然かのように言う。だが、普通はこうして再び地上に辿り着いたのならば、もっと一緒にいたいと思うのが普通なのではないか?この二人の言い方は、明らかに自分が再び消えることを示唆したような言い方だ。
幸い、二人には実体化という能力でものに触れることが出来る。そして、魔力も帯びている。ならば、どうにかしてでもそばにいたいものではないのか?だからこそ、大輝はその質問がしてみたくなった。もし仮に、自分が大切な人のそばにいたいと思ったなら、そういう行動をとるかも知れないから。
すると、カオスが大輝の真意を悟ったように発言した。
「だからこそさ。さっき見ていただろう?あの黒い靄。あれは浄化された魂が、欲に飲まれ始めている証拠だ」
「欲?」
「わかってるだろ?そばにいたいという気持ちだ。あたいらはあくまで一度浄化された身。それはつまりこの世界の住人ではなくなった証。どの世界にも過ぎたる望みというものはあるもんさ。それを犯してしまえば、ああなってしまう」
「だが、ソワナのは!」
「待て、落ち着け。それが全てとは言ってないだろう。それはあくまで大多数の気持ちの一つだ。中には迷惑をかけて、その気持ちに懺悔したい気持ちもある。それが、あのソワナって姉ちゃんのことだ。あの子の場合は謝りたいという欲がそうさせた」
「......っ!」
大輝はその言葉思わず押し黙った。それは端的に言えば、謝ることも許されないということだ。その気持ちを抱くことも許されない。だから、カオスはセレネのことを他人事のように幸せを願うとしか言わなかったのだ。セレネが幸せになるように取り計らえば、それは「幸せにする」という欲になってしまうから。
この降霊は優しいなんてものじゃなかった。それはあくまでも表面上のうちだけ・その表面を少しでも突き破って奥に入ってしまえば、その先は闇でしかなかった。この降霊での幽霊のほとんどはそのことに気付いてるだろうか。
少なくともソワナのように気づかない者もいるはずだ。なら、もし、その欲に魂が飲まれてしまったらどうなるのだというのか。わからない。ただソワナが危険だということはわかる。すぐに大聖堂に戻らなければ。
「ギャアアアアアアア!」
大輝がそう思って踵を返そうとした時、後ろの方で一つの気配が跳ね上がった。それは身の毛をよだたせるほどに。ただ、ツーっと冷汗が流れてくる。なぜなら、その言葉にもなってない叫びが酷く心を打つからだ。悪魔となった人々と同じような感じで。
大輝は一つ息を吐くと一気に踵を返した。そして、その咆哮がした方へと駆けていく。その後をカオスはついて行った。
「ギャアアアアアアア」
「なんだあれは......」
大輝はその場所に辿り着き、その幽霊だった人の姿を見た。それはその人物の特徴を一切捉えていないだろうただ真っ黒い人型のなにか。しかも、その咆哮は相変わらず何かを訴えかけるように心に響いてくる。聞いてるだけで、摩耗していくようだ。
すると、大輝の呟いた言葉にカオスが答えた。
「あれが欲にまみれたあたいらの最後の姿さ。まさに欲にまみれた化け物。まあ、あいつの場合は欲以外にもいろいろと混ざってそうだがな」
大輝はその言葉を聞いて返す言葉が見つからなかった。ただ、悲しみとこの降霊をしたやつへの怒りだけが大輝を包み込んだ。そして、大輝は苦しそうな顔をしながら剣を引き抜く。人を切れるようになってしまった。とはいえ、当然できることなら切りたくはない。しかし、あれは理性を失った獣と同じ。このまま放っておけば被害は増える一方だろう。
大輝はその魔物へと一歩を踏み出そうとした時、一人の女性がその間へと割り込んできた。そのことに大輝は思わず止まる。
「待ってください、勇者様!勇者様の気持ちはわかりますが、どうか切らないでください!お願いします!」
「だけど......」
「勇者様の気持ちはなんとなくわかります。ですが、待ってください。夫はただ私に謝りたかっただけなのです。だから、その言葉を私が受け入れれば、この姿も元に戻るはずです」
「......」
大輝はその言葉を聞いて、咄嗟にカオスの方を見る。それは女性が言った言葉を確認するためだ。だが、カオスは無言で頭を横に振った。大輝はその意味を受け入れ難がったが、同じ幽霊のカオスが言うことだ。こんなことで嘘などつかないだろう。だからこそ、より眉をひそめ、歯を噛みしめ苦しそうな顔をした。
大輝がその行動を渋っている間に魔物と女性の間で動きがあった。それは魔物が女性に向かって大きく腕を振りかぶっていたところであった。
「ギャアアアアア!」
「待って、落ち着いて!話ならすべて聞くから!だから、その手をどうか下げて!」
「ギャアアア!」
「きゃあああ!」
「危ない!」
大輝はその魔物が振り下ろした手を防ぐように剣をかざすと女性を小脇に抱えた。そして、その場からすぐに離れる。すると、その魔物は大輝達の方を、いや、女性の方に向かって走り出した。
「お前さん、魔剣を貸してくれ!」
「!......どうしてそれを!いや、今はそんなことはいい。ドリィ、頼めるか?」
「しょうがないなの」
大輝は魔剣をカオスに投げるとカオスは実体化してその魔剣を受けとる。そして、向かって来る魔物に対して魔剣を構えた。
「ギャアアアア!」
「おららららら!」
カオスはその魔物が振り下ろした手を魔剣で受け止めると大輝達には行かせまいと踏ん張った。一方、大輝はその女性を抱えて遠くへ離れると訴えるように両肩を掴んだ。
「聞いてください。もうあなたの大切な人はもとには戻らないんです。これはわかったことなんです」
「嘘よ!さすがの勇者様でもその言葉はあんまりだわ!待って、私が助けるから!」
「落ち着いてください!」
「......っ!」
大輝は少し強引だが、その女性の顔を両手で押さえると目線を無理やり合わせた。すると、大輝の切実な思いが伝わったのか。その女性は顔を崩し始める。涙がとめどなく流れて、一筋の川のようになった。
大輝はそっとその女性から手を離すと肩を持った。そして、崩れ落ちる女性の動きに合わせてゆっくりとしゃがんでいく。すると、その女性は自身の手で顔を覆って、嗚咽交じりに号泣し始めた。そんな女性の姿を見て、大輝は静かに拳を強く握った。
「それでは、行ってきます。恨んでくれても構いません」
大輝はその言葉だけを言うと魔物の方へと向かった。そして、カオスと入れ替わるように魔剣を受け取ると聖剣で一気に切りかかった。
「ギャアアアアア!」
その魔物は大輝に切り裂かれると断末魔の叫びを上げて、その身を霧散させ始めた。するとその時、その魔物の黒い仮面が剥がれ、中から優しそうな男の人が現れた。
「ありがとう、妻を救ってくれて。あのままでは僕は死んでも自分を許せなかったと思う。だから、どうか妻に『君は悪くない』と伝えてくれ。勝手ながら頼んだよ―――――――――」
そして、その魔物は塵一つ残さず、消え散った。その光景を大輝はただ静かに眺めていた。
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