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サムライフローマ  作者: いぬっころ
間章 新庄良一郎はこうして生まれた
94/122

間4 酒田にて

 

 陽気な父が居て、美人と評判の母が居て、子供が二人居て、兄の方は訳あって家には居なくて、弟は高校生である。

 なるほど、普通の家族と言うのはこういうものか、と勝太郎はまざまざと見せつけられたような気がした。


 高校進学を機に、勝太郎は酒田で酒屋兼居酒屋を営む、山本という一家のもとで居候生活を始めた。

 庄内でも山の方に近い生家から酒田の高校に通学するには難があり、学生の一人暮らしでは不便があろうと、兄弟弟子で親友の倉内竜生の父、倉内竜彦が気を回した結果、倉内家の稼業の一つである倉内酒造とそれなりに長い交流があり、家長である山本(きよし)の人の好い人間性を理由に決まったことである。

 言い訳だ、と勝太郎は内心で思っていた。

 単に家に居たくなかった。父と一緒に居るという事に、耐えられそうになかった。勝太郎は父を嫌いになりたくなかったのである。


 初めの一年半、勝太郎は漠然と、自立するためにはどうしたら良いのかを考えながら、学校生活と居候生活に打ち込んだ。

 居候を許してくれた山本家の人たちが、皆親切だったからである。

 家長の清は、陽気で気さくで、実の息子たちにするのと同じように、何かにつけて勝太郎に構おうとした。

 清の妻である(ゆかり)は、いつも優しい笑顔で、実の息子たちにするのと同じように勝太郎の事を気にかけていた。

 弟の(けん)は、同い年、同じ高校という事もあって、勝太郎に対して実の兄にするのと同じようにちょっかいを出した。

 兄の(ゆき)は、料理人としての修行中で県外に居ることがほとんどだったが、顔を合わせるたびに健と勝太郎とを一まとめにして遊びに連れ出した。

 一年半の居候生活のうちで、本当に仲の良い素晴らしい家族だと、心の優しい人たちだと、勝太郎は痛感した。

 俺は人殺しの子供なのに。

 と勝太郎は思った。

 同じ食事を囲むとき、酒屋や居酒屋の仕事を手伝うとき、本当の家族のように扱われるたびに、自分のような奴がこの家族に混ざっていてはならない、と勝太郎は思ったのである。

 学業も、高校の方針で強制参加の部活動も、家の手伝いも、店の手伝いも、稀有な偶然から得たアルバイトの機会も、すべて懸命に取り組んできたのは、とにかく早く自立し、この家から出ていこうと決心したためである。

 ゆえに、勝太郎が高校二年の中盤に行われた進路希望調査において、就職を即断した。

 高校在学中は山本家の好意に甘えるのも仕方がないと、勝太郎は諦めていた。

 初め高校を中退し、すぐに就職しようかと考えた勝太郎であったが、居酒屋の常連でありアルバイト先の社長でもある三岸(みつきし)に正式に雇用してもらえないかと、それとなく話をした結果、勝太郎が知る限りでは初めての山本家と三岸による家族会議が勃発したため断念したのだ。

 この家族会議自体はすぐにうやむやに誤魔化すことに成功した勝太郎であるが、同じ学年である健が口にした進路希望調査の話題をきっかけに再び勃発した第二回山本家と三岸による家族会議。これの早期鎮静化に勝太郎は失敗したのである。

 勝太郎の考えは既に就職で固まっていたが、山本家の、それも清と紫に加え、三岸が頑強に勝太郎の就職に反対したため、この第二回家族会議は早期決着への道を見失ったのである。

 であるから、勝太郎のみに責任がある訳ではなかった。

 責任の話をすれば、対外的に誰に聞かれても良いようなことしか言わなかったのは双方であるから、どちらがより悪いのか、という事でもなかった。

 誰も悪くないせいで、家族会議は回数ばかりを増していた。

 先にしびれを切らしたのは勝太郎である。社会的に何の実力も持たない学生の身分が、いかに大人たちから厳密に保護されているのかを理解する程度には、学生の身分である勝太郎でも社会というものを知っていたからである。

 口にすることも憚られるようなことを口にしたくないせいで、この親切な一家と何の罪も責任も本来持たない学校を巻き込み、たかだか自分自身の進路などと言うどうしようもないことを論点とした長期論争を続けるのは馬鹿らしい、と勝太郎は考えることにしたのである。

 山本家に本心から感謝していること、迷惑や面倒をかけたくないこと、訳あって生家には帰りたくないこと、高校卒業後は適当な仕事を見つけ早く自立したいと思っていること、要約すればたったそれだけのことを、心中を詳らかに、羞恥心を殺してまで言葉を尽くして、勝太郎は告白したのだった。

 本心からの言葉であれば、この親切な一家と三岸社長は、なんでもいいから早くに就職したいという自分の意見を受け入れてくれるに違いない、と勝太郎は信頼し確信していたからである。

 そして勝太郎の信頼は裏切られた。

 健は呆れた表情で、そんなくだらないことを気にしていたのかと言った。

 紫は悲しそうな表情で、じっと勝太郎の事を見つめていた。

 三岸はにわかに爆笑し、息を切らしながら馬鹿だ、頑固だ、似てるだとか、勝太郎にはよく理解できないことを言った。

 清は勝太郎が初めて見た、至極真剣な表情で言った。


「勝太郎。私は初めからお前の事を実の息子のように思っていた。お前の家の事情も、今の悩み事も少しは()()()()()。納得できる目的があってお前が就職を選ぶと言うのあれば私も何も言わないつもりだったが、聞く限りではそうでもない。私は、お前がいい加減に生きようとしてるのが許せない。勝太郎。お前にはやりたいことを見つけてもらって、きちんと幸せになって貰わないと困るんだ」


 勝太郎には、清が何を言いたいのかが理解できなかった。

 勝太郎に理解できたのは、清の表情や口ぶりに、確かな熱が込められているらしいことだけである。


「それは、どういう意味ですか」

「そのことは剣次郎に聞くべきことだと思う。私から言えることは何もない」


 清は勝太郎の問いかけに答えることはなかった。


「今すぐ聞きに帰れという事ではないよ。時間が必要なことというのは、確かにある。だから勝太郎、お前は大学に進学しなさい。まずは自分がやりたいことを探して、見つけて、一所懸命に生きてみなさい」


 勝太郎には、清の言ったことがほとんど理解できずにいた。

 しかし清の言葉には、言われた通りにした方が良いのではないか、と勝太郎に思わせるだけの、不思議な説得力があったのである。


「よし、話は決まったな。じゃあ俺は一杯頂いてから帰るかな。店を開けてくれるかね?」


 何も行動を起こせずにいた勝太郎を尻目に、三岸は立ち上がり清に声をかけた。


「はいはい、開けますとも、紫は私と厨房で支度しよう。健、店の掃除を大急ぎで。勝太郎、お前は暖簾を出したら健を手伝ってやってくれ」


 普段通りの柔らかい表情に戻った清は家族に声をかけ、率先して厨房に向かった。


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