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テルティウスさんは、穏やかで物静かな人だった。
俺はテルティウスさんが大声を出したところを見た事がない。
体つきは老人には見えないほど逞しいのだけれども、粗野な感じは全然しない。
赤毛っぽい長い髪の毛を後ろで一つにまとめている姿が、とても凛々しい感じだ。
よくある簡素なトゥニカ姿が、やけに絵になる。
薪割り用の斧などを担いでしまえばきっと、熟練の戦士が日常にあるような印象を受けるに違いない。
ちょっとだけ、死んだ爺ちゃんに似ている気がする。
言葉は少ないのだけれども、丁寧に根気よく俺の知らないことを教えてくれる所と、何かにつけて俺の世話を焼こうとしてくれる所も、似ていると感じる原因の一端だろうか。
そんな、自分の祖父に少しだけ似ているテルティウスさんの様子が、少しおかしい。
ここ数日で、屋敷のご近所さんに挨拶回りをするからと連れていかれたり、火事の時はどうするのがローマ人として正しいか指導を受けたり、ローマで生活するうえで知っておいた方が良いであろうことをたくさん教わったりした。
今まではあまりなかった事だった。
きっと俺のラテン語が、ある程度使い物になる、と判断したうえでの行動なのだろう。たまたま時間もあったという事もある。
いかに俺が何も知らずにローマで生活していたかを痛感した。
きっとテルティウスさんにも、知らない内に迷惑をかけていたかもしれない。
幾ら感謝しても足りないぐらいだった。
でもそれは、問題ではない。
テルティウスさんは時折、深く考え事をしている。
一日の内で何度も。
声を一度かけたくらいでは気が付かないほど、熟考している。
何か問題があるのか、と尋ねても、何もないと言い。
俺が何か失敗して迷惑をかけてしまって困っているのか、と尋ねても、そんなことはないと言う。
思いつく限りの疑惑。例えば金銭的、立場的、社会的な問題の有無について尋ねてみても、何もないの一点張り。
忙しそうにしているティベリアやユリアに聞いても、そういう問題は無いだろうと言われるばかりで、テルティウスさんが何に対して悩んでいるのかを推察することはできなかった。
寝床と食事と着る物やローマ人としての立場まで頂いていて、寝食も共にしている。テルティウスさんは言うなればローマでの親のような人である。
何かあるのならば、力になりたい。照れと恥ずかしさを押し殺して本人に心中の想いを告白し尋ねても、大丈夫だ何もない、としか言わない。
こんなことは言える立場ではないし、口に出しもしないが、ちょっとだけ頭にきた。
そりゃあ、ローマの事はまだまだ知らないこともある。
ラテン語だって、まだ難しい言い回しや単語はよくわからない。
けれども、以前よりはずっとローマの事も知っているし、ラテン語だっていくらか話せる。家事もできるし、背中を流したりもできる、ささやかながらお金も稼ぐことができるようになった。
戸籍登録上は、義理とは言え親子なのだし、保護者と被保護者なのだし、被保護者が保護者に尽力するのがローマでは当たり前だと言うし、もう少しくらいは遠慮なく接してくれても良いのではないだろうか。
俺は、そんなに頼りないだろうか。
信頼できないだろうか。
いや、違う。
信頼できるわけがない。
頼れるわけがない。
だって俺は、どこから来たかもわからない男で、ローマ人でもないし、テルティウスさんの本当の家族でもないのだから。
そんな奴が、ちょっと生活に余裕ができたからといって家族面をするのは、間違っているに、違いなかった。




