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シモンの工房は橋むこうにある十四区の、テヴェレ川の下流の方にあって、不揃いな石造りの建物だった。
周りは言っちゃ悪いけれど貧相な木造の掘立小屋ばかりなのだが、シモンの工房は壊れかけの廃屋みたいな雰囲気があって相当悪目立ちしていた。
「なにこれ」
なんだか怪しげな雰囲気すら感じる室内で、やや曇り気味のガラス瓶に詰められた、珍妙な生き物を指さして言う。
「それはアエギュプトゥスで買った。鱗がひっくり返った三つ目のトカゲの死骸」
何それ気持ち悪い。理科室にありそうな、何かの溶液に浸かった動物の死骸が棚一面にずらっと並べられていた。
不気味すぎる。
「じゃあこれは?」
「それはサータヴァーハナで買ったドラコの赤ちゃんの死骸」
「ドラコ?」
「羽のあるトカゲ。大人になるとゾウを食べるらしい」
「なんだそれ、ドラゴンか」
「そうそう。あ、日本にはいないのかい?」
「たぶん、日本にはいないかな」
「そうか、残念。一匹生きてるのが欲しいんだけどな」
いてたまるか。
てかドラゴン、実在したの?
この赤ちゃんの死骸は羽っぽい物が胴体から伸びてはいるけど、ちょっと飛べそうにないのだが。
なんか他にも不思議な形をした生き物の死骸らしき物がいっぱいあるけど、聞くのが怖いからやめよう。
俺の中の常識が、もうやめてくれと悲鳴を上げている。
「あー、お、これは?綺麗な黄色の石だけど」
「それはシチリアの燃える石」
「燃えるの?」
「なんと青い火が出る」
普通に綺麗な石か、もしくは宝石みたいなものがきれいに分別されて箱詰めされていた。だから変な物ではないだろうと思っていたら、これだ。
燃える石って何なんだ。石は燃えないだろ普通。
俺が知らないだけで、燃える石というのは案外多いのだろうか。
いやいや、そんなわけはない。
「じゃあ、これは?透明の奴」
「それはペトラの塩」
「塩。塩辛いのか?」
「全然。口の中がびりびりする。ちょっと舐めるくらいなら死ぬほどじゃないけど、沢山食べると死ぬらしい。あと面白いことに炎に振りかけると炎が桃色になる」
塩の味がしない塩とはいったい何なのか、しかも毒物で、炎色反応もある透明な何か。シモン、よく舐めたな。命知らずか。
ああ、銅板燃やしたい。
俺がどうにか納得できる不思議はせいぜい炎色反応ぐらいだ。
そろそろ夏になるのか、ああ花火が懐かしいなー。
「花火でも作る気か?」
「ハナビ?さすがに燃えてる花は聞いたことないなぁ。日本にはそういう花があるの?」
「そんな花はないよ。花火は、そうだな。花みたいな形に燃えるように作った物だ」
「花みたいな形に燃える?」
「うん。こう、なんていうか、ぱあっと花が開くみたいな感じ」
言葉だけで伝わる気がしないから、身振りも加える。
「全然想像つかない。どうやって作るの?」
伝わらなかった。
ちょっと悲しかったから、懐かしい夏の風物詩を思い出すことによって、心の平静を保つ。
見れないと思ってしまうと、途端に見たくなるから不思議だ。
世の中は不思議で溢れている。
ああ。
ああ!
もう!
落ち着こう。
「俺も詳しくは知らないんだけど」
「わかる所だけでいいから」
花火はシモンの興味を引くには十分な実力を有していたらしく、俺の弱気な言葉など聞こえないかのような食いつきを見せられた。
「火薬と金属の粉を混ぜて玉にする」
「カヤク?」
「すごくよく燃える粉」
「へー、そんなのがあるんだ。便利そう、焚き付けに使いたい」
「まあ、燃えると言うより爆発だが」
「バクハツ?」
「ん~、こう、バンっと目に見えないぐらいの速さで燃える。すごく危ない」
握りこぶしをぱっと開いて、爆発のイメージを伝えようとするけれども、上手く伝わっているだろうか。
「危ない?もしかして花火というのは武器の類?」
「いや、違う。色鮮やかな花の形をした火を夜空に打ち上げて、見て楽しむものだ」
「夜空に打ち上げる?」
「こう、筒みたいなのを用意して、その中に花火の玉を入れて、どーんと」
「どうやって打ち上げるの?」
「多分火薬かな」
「火薬は燃える粉なのに、どうして玉が打ち上がるの?」
「ん~、火薬には、沢山の空気がこう、ぎゅっと小さくなっていて、火が付くとそれがすごい勢いで元に戻る。その空気が筒の出口に向かう力を使って、花火の玉が撃ちあがる。んだと思う」
「ほー、ほうほう、なるほど面白い。煙突から煙が出るのと似たような理屈かな?火の勢いが比べられないぐらい違うから、花火の玉も打ち上げられる、と」
「まあ、花火はそういう感じの物だと思う。日本では夏になるとあっちこっちの祭りでどんどん打ち上げられたもんだよ。これがまた綺麗でな」
「綺麗なの?」
「綺麗だとも」
「それだけ?」
「そうだよ?」
「危ない思いして綺麗なだけの物を作るとか、日本人もなかなかぶっ飛んでるね」
「言われてみると、確かに」
「僕も花火作ってみたい」
「危ないからやめておけ」
「え~」
シモンの知識欲は底無しだ。
知らないことは何でも聞いてくる。
覚えも良いし、理解力も半端じゃないから教えていて楽しい。
でも、俺の知識不足で申し訳ないが花火に関してはもう教えれそうなことはない。当然火薬の作り方も知らない。
あとは花火師さんにでも聞いてくれ。ローマにはいないだろうけど。
「これは?」
足の生えたドラム缶みたいなものが目についた。
「あ、それは触っちゃダメ、今五番目の要素を抽出してるから」
「五番目の要素」
「うん、それは変な形だけれど、竈なんだ。ざっくり言えば下で火を起こして、中に入れたものを煮たり焼いたり蒸留したりする」
たしかにドラム缶みたいな物から貧相な足が三本生えていて、後ろには煙突が付いている。あちこちからガラス管らしきものが無数に飛び出し、そのガラス管の先には何かしらの入れ物があり、液体を竈に送るか、竈から出てきたものを蓄えるかしている。
横腹の部分は開き戸が二つついていて、上の方は閉まっているが、下の方は開いていて薪がゆっくりと燃えていた。
天辺は見た所、蓋がされているような形状である。こんな竈は見た事がない。
それに、五番目の要素とは何なのだ。一番目から四番目は?
「偉大な業には竈は必須なんだ。欲を言えば自分の炉が持てればいいのだけれど」
この工房にある物には、何となく見覚えがある物が多い。そう、理科室で見たような物品が沢山ある。
偉大な業と言う、言葉に、何となしに、嫌な予感を感じる。
いや、シモンが悪いわけではない。俺の勘違いかもしれないし、気のせいかもしれないし、何かの思い違いという事も十分に有り得た。
「シモン」
「なに?」
楽し気に工房の説明や、質問をしたそうなシモンに声をかける。
「お前、錬金術師。だったりする?」
「レンキンジュツシ?その日本語は聞いたことないね」
そうだった、固有名詞は通用しにくい。上手いこと説明しなければ、さすがにシモンでも一回では理解しない。
「黄金を作れたりする?」
「できるよ?砂金とるか、金鉱山掘った方が絶対儲かるけど」
もう、絶対そうだ。シモンは錬金術師だ。
いや、まだ可能性はある。否定できる可能性を捨てたくない。
錬金術の大半は妄想とトリックの産物だと言うし、科学的に有り得ない。
黄金を作れるという言葉も、偽りかも知れないし、シモンの勘違いかもしれない。
錬金術が黄金を作り出せる技術だ、なんて、そもそもが眉唾な話。
正直俺に大した知識はない。けれども、錬金術というものが現実的でないのは確か。
錬金術師。そうだ、なんか映画とか、漫画がなかったっけ。
フルメタル何だっけ。
そうだ。
「アルケミ」
「アルケミア?そうだよ言語によってちょっとした違いはあるけれど。僕はあちこちで錬金術の研究をしていている人。日本語では錬金術師というんだね」
はい確定。
独自の言葉があるという事は日本にも錬金術師がいるの?なんて期待に満ちた声をかけられても、俺に答える余裕はなかった。
もしかしてローがその日本の錬金術師だったり?なんてきらきらした目で見つめられても、俺に反応を返す余裕はなかった。
もしかしたら、『サムライ』で錬金術師に火だるまにされなければ、ローマに来ることはなかったのではなかろうか。
なんて考えが、まったく現実的でない事は重々承知している。まったく因果関係がない可能性の方がずっと高いだろう、だってただのゲームだし。
けれども考えてしまう。何度も考えてきた。
なんで、どうして、ローマに来ないで済む未来はなかったのかと。
ああ、錬金術師って実在したんだな。とか、実は物凄く貴重な経験をしているのかもしれない。とか、もしかしたら錬金術と言うのは本当に不思議な法則がある実在の技法なのではないか。とか考えてしまうけれども、結局俺にはそのどんな疑問にも答えることはできないのだった。
だって、目が覚めてローマに居るとか、そもそも現実的じゃないし、むしろ『現実的』ってなんだったっけ?
思考はまさに千々に乱れていた。
世界は確かに不思議なことに溢れているらしかった。くそったれめ。




