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気がつけば五月も末である。
すっかり暖かくなって、大枚はたいて買った防寒具は既にお役御免となった。夏の気配を感じるとともに何やら諸行無常なども感じる。防寒具って冬しか使わないのに高い。
朝起きて、テルティウス邸の家事を恨めしそうな視線をいくらか無視していくつか奪い取り。
午前にはウェスタ神殿で薪を割り、午後になれば巫女の誰かに用事があればそれに付いて行き、シモンが来る日は大抵三人で、ユリアも気が向けば四人でローマ市街を散策する。
午後にそれらの用事がなければ、ウェスタ神官長とテルティウスさんの許可が出たので、クィントゥスさんの所で剣術指南の真似事なども始めてみた次第である。
夜になれば、時折ウェスタ神官長ではない方のクラウディアさんに捕まってアルメニアがどうとか、パルティアが悪いとか、よくわからない愚痴などを聞いたりもする生活。
ラテン語がいくらか身についた結果の貧乏暇なし!
いや、貧乏ではない。給金は十分に頂いていた。
と言うよりも貰い過ぎだった。
薪割りの報酬として月に金貨二枚相当をテルティウスさんからありがたく頂戴し、剣術指南の報酬が一日銀貨三枚で、大体月に十回もないくらいで金貨換算で約一枚。
月給金貨三枚くらいの収入があった。
家賃なし、食費なし、水道光熱費なし、通信費用もそもそもなしの四重楽の生活でこれは貰い過ぎでは?
串焼き一本銅貨一枚。日本円換算で約百円と仮定したら、なんと月給約十二万円も頂いている計算になる。
元より必要なもの以外は買わない性分だから、貯金なんて真似もできてしまっている。
現段階での貯金額はおよそ金貨五枚分。日本円にしたら約二十万円。
よし、今までのご恩返しに何かお礼の品を配ろうと発奮し、シモンに協力してもらってお世話になった人たちが何か欲しいものがないかを調査した結果、誰もかれも欲らしい欲もなく、第二回目のお礼回り計画も、大して手ごたえもない当たり障りのない失せ物の贈り物をすることでお茶を濁す結果となった。
あまり高価な贈り物も良くないとシモンに指摘されたので、ちょっと上等な布など買い求め包装に気を使ってみたりしたものの、中身より包装を喜ばれる始末で、貯金もたいして減らなかったのである。
もう、お金稼いで何かお礼をしようと言う計画自体がそもそも上手く行かない気がしたが、諦めることはできない。
とりあえずクィントゥス剣闘士養成所でのアルバイトは続ける。
お金は大抵のものに変えることができる。お金は便利だ、だから稼げるなら稼いでおこうという即物的な考えである。
暇を持て余すよりも良いし、時間のある時だけでよいという懐の深い雇用主であるクィントゥスさんのような人物はそうそう居ないだろうと思う。
「なんか皆忙しそうだね」
薪割りの様子を近くで見ているシモンが言った。
通訳は午後からの約束だが、早く来るか、時間通りに来るかは五分五分と言ったところだった。
「なんか、来月祭りがあるらしい。ウェスタリア、だったかな」
「そうなんだ。どんな祭りなの?」
ぱかりと気持ちよく割れた薪をとりあえずそのままにして、次の丸太材を用意する。
「いや、そこまでは聞いてないけど、年に一度の大祭で巫女総出で八日間やるらしい、今はその準備だって」
がつっと斧の刃先を突き立てる。
「ふーん、お客さんが来ない訳だ」
シモンが早くにやってくるときは、大きな頭陀袋を背負ってくる。
聞けば、香油や香木などの嗜好品、外国製の珍品や細工物など、雑多なものを持ってきては巫女たちにこっそり販売していたらしい。
特に小さい子たちに評判が良いのだとか。
そう言えばこいつ本職は何なんだ。サウロスさんに雇われているらしいが、商人なのだろうか。
「あんまり忙しそうだから、何か手伝えないかと聞いたんだが、ウェスタの巫女以外の者が手伝ってはいけないらしい」
力を込めて丸太材を割る。
ぱかりと、上手く割れた。
「じゃあローとテルティウスさんだけが、いつも通り?」
「そうなるな」
次の丸太材を用意して、少し考える。
「じゃあさ」
がつっと斧の刃先が丸太材に吸い込まれる。
薪割りも随分慣れた。
「もしよければ、日本の事を聞かせてくれない?」
「別に今でも良いけど?」
ぱこんと割れた薪が思いがけない方へ飛んで行く。
油断するとこれだ、まだまだ精進が必要だった。
「出来れば僕の工房で聞きたいかな、忙しそうにしている皆の前で長話も嫌だし」
「それは確かに、申し訳ないな」
「でしょう?」
丁度よい分量になった薪を集めて、藁縄で一つにする。
いつもの場所に薪束を運んで、今日の分はお終いだった。
「いつにする?俺はいつでも良いけど」
「じゃあ三日後、元々ここに来る予定だったから、僕も時間あるし」
「了解。じゃあそんな感じで」
話に決着が着いたので、斧と、シモンがペン代わりにしていた木屑をまとめた物を簡素な物置に納める。
木屑は明日の早朝、丸太材の搬入に合わせて回収され、燃料として無駄なく使われるらしい。
「ちなみにローの今日の予定は?」
「特に決めてないけど、そうだな。久々にテルティウスさんと昼飯でも食べに行くかな。いつも好きにさせてもらってるし、普段のお礼もしたい。ちょっと豪勢に行くか」
「いいねー、僕も行くー!」
「おう、良いぞ。シモンにも世話になってるしな」
幸い時間はまだ昼前だ、今から向かえば混みだす前に店に入れるだろう。
テルティウスさんにラテン語で声をかけ、三人で美味い飯屋を求めて歩き出す。




