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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第三章 ローマの錬金術師
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 どういう理由でこんなに複雑な形をしているのだろう。

 これではヒエログリフと大差ない。

 いや、明確に絵文字とわかるヒエログリフの方が、数はずっと多いけれども、まだ簡単かもしれなかった。

 全く馴染みのない文字。と言うのは、なかなか覚えるのに難儀しそうだと確信した。


「あ(A)」


 声に出して、文字を書く。

 シモン君が用意してくれた『ひらがな表』が書かれたパピルス(紙)を見ながら練習する。

 今日私は、ローとシモン君と出かける予定はない。今日は妹たちがローを連れて出かける日で、シモン君は来ない。


「い(I)」


 シモン君が言うには、このひらがなと言うニホンゴの文字を覚えることは、ニホンゴ習得の近道である。

 でもシモン君、君はローと話をして、ニホンゴが分かったのではなかった?


「う(U)」


 いや、信じよう。

 シモン君は貴重なニホンゴの先生だ。

 あまり賢くない私がニホンゴを覚えるには、先生の指導に従って学ぶのが一番良いに違いない。


「え(E)」


 ひらがなは音を表すための文字であるらしく、シモン君謹製の『ひらがな表』にはラテン文字での発音表記と、発音に対応するひらがなの文字が並べて書かれていて、わかりやすいと言えば、まあ、わかりやすい。

 でも、種類が多い。

 ラテン文字の倍はある。

 しかも形が複雑で、似たような形の文字もある。


「お(O)」


 サウロスさんがシモン君を紹介してくれた時。

 羨ましかった。

 ニホンゴで楽し気に会話するシモン君が。

 情けなかった。

 どうして私は、ローの言葉を理解しようとしてこなかったのか。

 悔しかった。

 私が今まではそこに居たはずなのに。

 怖かった。

 お前はもういらないと言われているような、そんな気がした。

 でも、そんなのは気のせいだ。

 今まで何もしてこなかったという負い目があるから、そう感じたに違いなかった。

 ローは、何も変わっていない。

 真面目で、遠慮深くて、ちょっぴり強情な所もあって、やるべきことを考えて行動している。

 それはずっと変わらなかった。

 変わったのは、周囲の状況と、たぶん私自身。

 シモン君の、ニホンゴがわかる人の存在はとても大きかった。

 やっぱり大きかったのだと思う。

 そんなことは不可能だったけれど、ありえないとわかっているけれども、それでも、そ(・)こ(・)には私が居たかった。

 過ぎてから気が付くとか、こんな話をユリアにしたらまた、考えが足りない、と怒られてしまうだろうか。

 それとも、くだらないことで悩むのはやめなさい、と叱られてしまうだろうか。

 容易に想像できてしまう。

 だから。

 だからなのだ。

 私はニホンゴを覚える。

 現実的な意味なんて、きっとない。

 ユリアにも、シモン君にも言われた通り、きっとローがラテン語を覚える方が早い。

 今は通訳してくれるシモン君もいる。

 無駄な努力と言われるのは、まあ、そうなのかも知れない。

 でも、ニホンゴを覚えたい理由はある。

 ローの為にニホンゴを覚えるのではなくて。

 私のために覚える。

 私が、羨ましかったから、情けなかったから、悔しかったから、怖かったから、覚えたい。

 だって現に、ローと言葉を交わす機会が減っている。

 いつも間にはシモン君がいて、時にはローとシモン君が会話をしていて、その都度私は少しだけ暗い感情が湧きあがる。

 少し前まで私とローは、身振り手振りでお互いに伝え合う努力を当たり前にしていたのに、今はそれも殆どない。

 手間がかかったけれども、上手く伝えられなくてやきもきしたけれども、でも、やっぱり、あれもあれで良かったのです。

 きっと、私がきちんとしたニホンゴを身につけるのは何年も、もしかしたら何十年も掛かってしまうかもしれない。

 それでも良い。

 あまりにも下手くそな私のニホンゴがローに伝わらなくて、また身振り手振りに逆戻りしてしまうかも。

 それも、楽しそう、かもだ。

 うん。それは良い。

 まずは『ひらがな』を覚えよう。

 そしていつか、ニホンゴでローと話をするのだ。


二月四日、誤記入修正

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