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どういう理由でこんなに複雑な形をしているのだろう。
これではヒエログリフと大差ない。
いや、明確に絵文字とわかるヒエログリフの方が、数はずっと多いけれども、まだ簡単かもしれなかった。
全く馴染みのない文字。と言うのは、なかなか覚えるのに難儀しそうだと確信した。
「あ」
声に出して、文字を書く。
シモン君が用意してくれた『ひらがな表』が書かれたパピルスを見ながら練習する。
今日私は、ローとシモン君と出かける予定はない。今日は妹たちがローを連れて出かける日で、シモン君は来ない。
「い」
シモン君が言うには、このひらがなと言うニホンゴの文字を覚えることは、ニホンゴ習得の近道である。
でもシモン君、君はローと話をして、ニホンゴが分かったのではなかった?
「う」
いや、信じよう。
シモン君は貴重なニホンゴの先生だ。
あまり賢くない私がニホンゴを覚えるには、先生の指導に従って学ぶのが一番良いに違いない。
「え」
ひらがなは音を表すための文字であるらしく、シモン君謹製の『ひらがな表』にはラテン文字での発音表記と、発音に対応するひらがなの文字が並べて書かれていて、わかりやすいと言えば、まあ、わかりやすい。
でも、種類が多い。
ラテン文字の倍はある。
しかも形が複雑で、似たような形の文字もある。
「お」
サウロスさんがシモン君を紹介してくれた時。
羨ましかった。
ニホンゴで楽し気に会話するシモン君が。
情けなかった。
どうして私は、ローの言葉を理解しようとしてこなかったのか。
悔しかった。
私が今まではそこに居たはずなのに。
怖かった。
お前はもういらないと言われているような、そんな気がした。
でも、そんなのは気のせいだ。
今まで何もしてこなかったという負い目があるから、そう感じたに違いなかった。
ローは、何も変わっていない。
真面目で、遠慮深くて、ちょっぴり強情な所もあって、やるべきことを考えて行動している。
それはずっと変わらなかった。
変わったのは、周囲の状況と、たぶん私自身。
シモン君の、ニホンゴがわかる人の存在はとても大きかった。
やっぱり大きかったのだと思う。
そんなことは不可能だったけれど、ありえないとわかっているけれども、それでも、そこには私が居たかった。
過ぎてから気が付くとか、こんな話をユリアにしたらまた、考えが足りない、と怒られてしまうだろうか。
それとも、くだらないことで悩むのはやめなさい、と叱られてしまうだろうか。
容易に想像できてしまう。
だから。
だからなのだ。
私はニホンゴを覚える。
現実的な意味なんて、きっとない。
ユリアにも、シモン君にも言われた通り、きっとローがラテン語を覚える方が早い。
今は通訳してくれるシモン君もいる。
無駄な努力と言われるのは、まあ、そうなのかも知れない。
でも、ニホンゴを覚えたい理由はある。
ローの為にニホンゴを覚えるのではなくて。
私のために覚える。
私が、羨ましかったから、情けなかったから、悔しかったから、怖かったから、覚えたい。
だって現に、ローと言葉を交わす機会が減っている。
いつも間にはシモン君がいて、時にはローとシモン君が会話をしていて、その都度私は少しだけ暗い感情が湧きあがる。
少し前まで私とローは、身振り手振りでお互いに伝え合う努力を当たり前にしていたのに、今はそれも殆どない。
手間がかかったけれども、上手く伝えられなくてやきもきしたけれども、でも、やっぱり、あれもあれで良かったのです。
きっと、私がきちんとしたニホンゴを身につけるのは何年も、もしかしたら何十年も掛かってしまうかもしれない。
それでも良い。
あまりにも下手くそな私のニホンゴがローに伝わらなくて、また身振り手振りに逆戻りしてしまうかも。
それも、楽しそう、かもだ。
うん。それは良い。
まずは『ひらがな』を覚えよう。
そしていつか、ニホンゴでローと話をするのだ。
二月四日、誤記入修正




