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三人でローマの市街を歩く。
ティベリアが先行し、ローはやや遅れて横、僕は二人の後ろに付いて歩く。気がつけば出来上がったいつもの並び。
歩くと言っても、行き先はティベリアの気分次第。
誰ともなく興味の引かれたものを見つけては、あれは何、これは何。
後ろから付いてくるリクトルの視線は厳しいけれども、ティベリアもローも気にしていない。
だから、僕も気にしない。
「ねえ、ロー」
僕は気軽にラテン語で話しかけた。
ティベリアがそばにいるときの僕は、通訳であり、ラテン語の教師でもある。
自分の関心に任せて、日本語を使うことはない。
「何ですか?」
まだ少し違和感の残るラテン語で、ローは振り向かずに答えた。
「さっきのアウフィダさんは何の用事だったと思う?」
僕が特に思う所もなく発した切っ掛けづくりの言葉を聞いて、視界の端でティベリアの肩が少しだけ跳ねたのが見えた。
特別大きな声を出したつもりは無かったのだけれども、驚かせてしまったのだろうか。
「ああ、えーと。セクストゥスさんが違う女性の所に通っていることについて、だと思う」
言葉を選ぶように、いや、実際に選んでいるのだろう様子でローが質問に答えた。
適切な表現を知っているのに、適切な言葉を知らない。そんな所だろうか。
確か、セクストゥスさんと言うのは、アウフィダさんの旦那さんのはずだ。
その旦那さんが、違う女性の所へ通うとは?
あ。
「浮気の相談?」
するすると進んでいたティベリアの足が、なぜか止まった。
それに合わせて僕とローも歩くのを止めようとするけれども、ローは少しだけティベリアを追い越し、僕はティベリアにぶつかりそうになったところで止まった。
「浮気、と言うのか、なるほど。アウフィダさんの話は、ほとんどセクストゥスさんの浮気の話」
「へぇ、そうなんだ」
「あまり大きな声で話してはダメよ」
「「あ、ごめんなさい」」
ティベリアに窘められ、声を小さくして謝罪する。
まあ、ローマでは風習的に黙認されているところがある男性の浮気と言えども、あけすけに言いふらすものでもない、か。
「でも、なんでローがそのことを知っているの?」
「アウフィダさんは声が大きい」
ティベリアが不思議そうな表情で聞き、ローが至極当然と言った風に答える。
二人の間には、なんとも言えない沈黙が訪れた。
気まずさからか二人とも固まってしまったので、少し空腹を覚えた僕は、昼時をすでに過ぎて客足が遠のいている屋台から、串焼きを人数分買って、二人に渡す。
「しかし浮気の相談か、僕には答えられる自信がないな」
「私も、よくわからない。いくら?」
「銅貨一枚」
僕の独り言にローが答えた。
代金の銅貨一枚を受け取って、懐にしまう。
ローはお金にはうるさい。
串焼きの一本や二本、大した金額じゃないのだからいらないと言っても、頑として代金を支払うと言う。
そのやり取りも面倒なので、素直に受け取るのが一番だと僕も学んだ。
ティベリアからも銅貨を受け取る。
落ち着いて食べようと手振りで示すと、三人で手近な具合の良い場所に移動する。
「ティベリアはすごいなぁ」
ティベリアが腰を下ろしたのを確認してから、言った。
僕には、人より優れた所があるという自負がそれなりにある。例えば言葉がわかることもそうだし、様々な国で学んできた専門的な知識に関することもそうだと胸を張って言える。
しかし僕が、誰かの浮気の相談に乗れるか、と聞かれれば、答えは否。
そんなこと聞かれても知らない。興味もない。
だから、僕にできないことができる人は、すごいと本心から思う。
「いえ、私はいつも話を聞くばかりで、何のお役にも立てていないの。私にもわかる話ならよかったのだけれど、浮気と言われても、正直よくわからないから」
「まあ、そうだよね。ウェスタの巫女だもん」
ティベリアは、気落ちした様子で言った。
誰かからかもたらされた厄介事を、まるで自分自身で抱え込んだ厄介事のように思っているのかもしれなかった。
「どういうこと?」
ローがつぶやいた。
ティベリアが持っている串から、甘辛いタレが一滴地面に落ちた。
ティベリアは慌てて、程よく焼かれた肉を一かけら口に含んで、少し遅い昼食を始めた。
ウェスタの巫女について、巫女であるティベリアとユリアから聞き、多少知っているだけのローは、知っていて当たり前の事を知らない。
すべてのローマ人から尊敬の念を受けるウェスタの巫女と言えども、当然人の子。言いたくないことは誰にでもある、という事かもしれない。
別に悪意ある嘘をついているわけでもないのだし、誰に咎められることでもない。
「ウェスタの巫女は全員未婚の女性なんだ。浮気と言われてもピンとくるわけがない」
一応は気を使い、ローに耳打ちする。
「ん?ああ、そういう事か」
未婚というラテン語が伝わらず、言葉を変え説明すると、ローはやっと意味を理解した。
『でも、偉いなティベリアは』
ローは変わらず小さな声で、それも日本語で言った。
串焼きをもぐもぐしているティベリアには、きっと聞こえないほどの小声だ。
『わからなくても、役に立てそうになくても、投げ出さない。本当、すごい』
ローが口にした言葉は、誰かに向けた言葉ではない様に思えた。
ローは人の様子をよく見ている。もともとそういう性分か、言葉が不明な土地にやってきた者の習慣か。
聞く時期も、聞かせる時期も、誤るという事がない。慎重で、確実なことを好む。
では、ティベリアを褒める様な言葉を、伝わらない日本語で言った言葉は誰に向けた言葉なのだろう。
ローも串焼きにかぶりついた。
僕もそれに倣って串焼きをやっつけて、全員の串を返しに屋台へと戻る。
「ティベリアは、いつもああなの?」
三人で元通りの並びで歩き出す。
ローにだけ聞こえるように、僕は小声で聞いた。
「ああ、そうだよ」
ローはラテン語で答えた。
気がつけば50000PV突破してました!ありがとうございます!
これからもサムライフローマをよろしくお願い致します。




