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午前の竈番が済みそうだったティベリアの元に折り悪く客人があり、最早すっかり慣れてしまった感が出てきた三人での外出は、しばし待ったをかけられた。
何か特別な用事がある訳でもないし、不意にできた時間でローから日本語の文字を教わることにした。
あいうえお、とローが発音しながら、地面に文字を書いてゆく。
滑らかな曲線が多い絵のような文字は、独特で面白い。
母音と子音がわかりやすく分類されており、文字自体は数が多く複雑にも見えるが、根本的には無駄が少なく、分かりやすい構成をしている。
比較的よくできた表音文字だと思う。
一音を複数の文字を組み合わせ表すのではなく、一音に対応した文字を作る。という手法は珍しいが、こうして見てみると、なるほど音を正確に表すのに適している。
濁音、半濁音、半音も、ひらがなを用いれば、ほとんどどんな発音でも正確に書き表すことができるし、同じ音や似た音を読み間違える事が少ない。
うん。覚えた。
「あれは、どちら様?」
なので、竈の前でティベリアと話し込んでいる客人を隠れて指さしながら、ローに日本語で尋ねてみた。
「ん?あれは、大工のセクストゥスさんの奥方、アウフィダさん」
「せくすとぅす、あうふぃだ」
薪の切れ端で地面に覚えたてのひらがなを書く。
「正解。一瞬でひらがな覚えるとか、神様の加護やばいな。生まれつき?」
ローが僕が書いた文字を見て、苦笑しながら言った。
「きがつけばそうだったから、そうかな。っと」
ローの質問に、ひらがなを書きながら答える。
「もう文章まで書けるとか」
「音を文字に起こすだけだから」
質問の意味が聞き取れたなら、簡単だ。
答えの音を正しく並べるだけ。それは頭の中で済んでいる。
少し面白くなさそうな表情をしたローが、何か悪戯を思いついたようにニヤリと笑いラテン語で脈絡のないことを言い始めた。
つまり、日本語に起こしてみろ。と言う挑戦だ。
面白い。神の加護が伊達ではないという事を教えてあげよう。
しばらくして、結果、僕の完全勝利である。僕の理解力が鈍くなるよりも、ローの語彙力が底をつく方が早かった。自明自明。
神から授かったご加護が負けるとかありえませんし。
「よし、じゃあカタカナと漢字もいっちゃうか!」
負けん気に火がついたらしいローは、何やら不明な言葉を吐きだした。
『お待たせしてごめんなさい』
僕たちが日本語交じりで戦っていたことなど知る由もないティベリアは、心から申し訳ないと感じている様子の表情をして、ラテン語で言った。
あまりにも勝負に熱が入ったせいか、ティベリアがすぐ近くまで来ていることに僕も、ローも気が付かなかった。
「だってさ、ロー」
「じゃあ、また今度だな」
日本語で話す僕たちを見るティベリアの目は、竈の中の炎のように、静かに燃えていた。
僕だけが、それを知っている。




