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別室に移動し、サウロスと契約の話を煮詰めることにした。
シモンがローの言葉を理解するのか否かは、やがてわかる。しかし、ただ果実酒を飲んで待つというのも時間の無駄だ。
だから、理解しなかった場合はそのまま何もなかった事になるが、理解した場合は、シモンを通訳として雇う。という形で契約を結ぶことにした。
「では、週に二度。午後のみ、期限はローがラテン語を十分に話せるようになるまで。でよろしいですか?」
「ええ、あなたにもシモンにも予定があるでしょうから、無理はしなくてもよいけれど、船に乗せたりはしないで欲しいわね」
「それはもちろん」
「で、代金の事だけれど、正直言って通訳雇用の相場は知らないわ。だからあなたの言い値で良いわよ」
「ユリア様は本当に神官にしておくには惜しいお方ですな」
「お世辞は結構。でいくら?」
「では、お代は結構でございます」
「ダメ」
「言い値で良いとおっしゃいましたが」
「タダはダメよ。あなたが決めれないと言うのなら、私が決めてあげてもいいけれど?」
「そう言って手数料をハネるつもりなのでしょう?」
「当然よ、私が手ずから骨を折るのだから」
「本当に、神官にしておくのは惜しいお方です。あなた様であれば、かの神君にも劣らない働きができるでしょうに」
「まあ、そのお世辞は受け取っておいてあげましょう。タダでね」
「では日に銀貨一枚で、いかがでしょう」
「随分まけたわね、娼婦と手をつなごうと思ってももう少し必要よ。まだ顔通しが必要なのかしら」
「いえ、お礼と投資ですが。ええ、はい」
「あんたは嫌な商人ね」
「いえいえ、ユリア様の足元にも及びませんよ」
「ふふっ。飽きたわ。らしくない事はやめましょう」
「左様ですか」
既に十分すぎるほど話は煮詰めた。暇つぶしは、さすがにもう十分だろう。
元の応接間にサウロスを引き連れて戻る。
シモンとローは、床に腰を下ろし、何やら不明な言葉を駆使し、楽し気な表情で話をしていた。
「サウロス、支払方法のことなのだけれど」
「ええ、契約完遂時にまとめて、という事にいたしましょう」
「助かるわ、私もいつでも体が空いているわけではないから」
私とサウロスが話をしても、二人はこちらに視線も寄越さない。
よほど愉快な話をしているのだろうか。
しかし、話が途切れる様子がない。契約は口上のみだが締結された。サウロスが後日勝手に証書化するだろう。
つまり、サウロス邸での用事はもう済んだのだ。
「ティベリア」
長居は無用。巫女たちの家に帰って、実家に追加で年間金貨五枚よこせという旨の手紙をしたためなければならない。
今なら、灯りを用いずとも手紙が書ける。今できることを明日に回したくはなかった。
「ティベリア?」
反応のないティベリアの肩を揺する。
「あ、なに?」
「帰るわよ」
「もう?」
「もうって。シモンは通訳として雇うことにしたわ。週に二回、午後だけ。あれ、たぶん会話できてるんでしょ」
放っておけば、日が落ちても話し続けていそうな様子の二人を指さす。
「うん、たぶん」
ティベリアの表情が、微妙な感じだった。
どうせ楽しそうに会話しているローを見て、また考えてもどうしようもないことで悩んでいるのだろう。
「真面目だこと」
思わず、言葉が口をついて出た。ティベリアには聞こえていない。
「意外ですね」
けれども、すぐ後ろで油断なく笑顔を浮かべているサウロスにはきちんと聞こえていたらしい。
「何が?」
雰囲気を察して、普段ならば余計なことは口にしないサウロスの必要のない一言が気になって、真意をたずねた。
「難しい表情をしたティベリア様、穏やかな表情をしたユリア様。まるで中身が入れ替わったようではありませんか」
「あら、私はそんなにいつも難しい表情をしているかしら」
「ええ、性格の悪い頑固な父親のような」
「はっ、あんたも冗談言うのね。全然面白くないけど」
サウロスの皮肉に近い冗談を軽く流して、静かに二人を眺めているティベリアをまた揺らす。
「用事は済んだ、帰るわよ」
「うん、わかった。ロー、帰ろう?」
ローは、よほど会話に熱中しているのか、ティベリアの声に反応を返さなかった。
「ロー?」
二度目でも反応がない。
ティベリアは、少しだけ泣きそうな顔をしていた。
「ロー!帰るわよ!」
ティベリアが三度目に声をかける決心が着く前に、大声で私が言った。
ローが驚いて、私の方を見る。
「ーーーーー」
「ーーーーー」
ローとシモンはいくつか言葉を交わしてから、立ち上がった。
「わかった。帰ろう」
ローがそう言って私たちのそばにやってくる。
ティベリアは、ひどく安心したような表情をしていた。




