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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第三章 ローマの錬金術師
78/122

78

 

 どれほどの時間が過ぎたのだろうか。

 少し喉が渇いていた。

 一時間、いや二時間近くは質問攻めにあっているのではないだろうか。

 いつ終わるのか。

 これは何ですか。何度も何度も何度も!繰り返されるラテン語の質問に俺は、日本語で答え続けた。


「歩いている、シモンさん?違うか?走っている?わからん」


 これは何ですか。これは何ですか。

 正直、もううんざりだった。

 何のために、俺は伝わるはずもない日本語を馬鹿みたいに話しているのだろう。

 どうせ伝わらないからと、愚痴じみた言葉を山ほど積み上げた。

 答えと言うより、独り言の類も、もう星の数ほどは浮かばせた。

 気持ち的には、半分自棄になっていた。

 部屋には、俺とティベリアと、このシモンというらしい男だけが残っていて、ユリアとサウロスと呼ばれた初老の男性は、席を外しているらしい。

 気持ちはわかる。

 こんなのを見せられても何も面白く無いだろう。

 もうジェスチャーゲームみたいな状況になっていて、俺が正しく答えられているのかも、わからない。

 しかし、終わりは見えない以上、俺は答え続けるしかない。視線を落として考える。


「踊っている、シモンさん?物を手に取ろうとしている?なんだそれ?わからない。もう、わかる訳ないよね。言葉も違う、国も違う、人種も違う、何もかも違うんだし」

「わかった」

「なにが?」

「ローの言葉が」

「へー、そりゃすごい。は?」

「この言葉はなんて言う名前?」


 思わず声の主を探す。

 目の前で珍妙な踊りを披露していた男がこちらをまっすぐ見ている。ティベリアは真剣な表情で俺達の様子を眺めているけれども、さすがにティベリアの声を聞き間違うはずがない。

 では、目の前にいるこの男の


「え?伝わらない?あれ、間違えた?」

「お前それ日本語だよ!?」

「あ、日本語っていう名前?」

「ちょっと待って、何?日本語話せるの?なんで?」

「なんでだろう?」

「通じてないけど、ちゃんと通じてるっぽい!」

「いろんな名前とかは、知らないけど、話す決まりはわかった」

「文法を先に!?天才か」

「天才ってなに?」

「あー、とても頭が良い人の事」

「そんなことはない。全て高い所にいる人のおかげ」

「高い所?教えてくれた人が居るのか?」

「人じゃない」

「えぇ?人じゃない?なに?神様的な話か?」

「神様ってなに?」

「あー、姿は見えないけどそこに居る。みたいな?で、すごく偉い」

「偉いって何?」

「そういわれると、偉いって何だろう。んー」


 上手く説明する方法がわからない。

 が、この場には運の良いことに、偉い人が一人残ってくれていた。


「ローマには人が、たくさんいるだろ?」

「うん」

「その中でティベリアは偉い人らしい」

「ティベリア?」

「あの人だ」

「じゃあ、ティベリアは神様?」

「違う。ティベリアは偉い、人だ」

「ああ!偉いわかった、神様もわかった。神様は偉い人よりもっと偉い」

「そう!あってる!お前やっぱり頭いいな!」

「シモンが天才なのは、神様のおかげ」

「神様っているの?」

「いる」

「そうか、じゃあ神様に感謝しないとな」


 両手を合わせて名も姿も知らぬ神に感謝する。まあ、俺自身は無神論者なのですけれども。そんなことは些細なことだ。

 大事なことは、日本語を理解できる人が目の前にいて、出会うことができたという事だ。

 シモンが神の存在を信じているというのなら、それに合わせることに何の忌避感もない。


「それはなに?」

「俺がいた所では、神様に言葉を伝えたい時に、こうやって手を合わせて祈るんだ」


 おそらく、ローマと日本の神は違うものなのだろうけど、ローマでの祈りの作法を俺は知らない。

 どころか、日本式の祈りと言って良いのかも自信はなかった。神道なのか、仏教なのかもよく知らない。でも、こういうのはきっと気持ちが大事なのだ。


「祈る」

「神様に、日本語がわかる人と出会わせてくれてありがとうって言ったんだ」


 日本語で会話ができることが、こんなにも嬉しいだなんて、思わなかった。


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