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全ての言葉がわかる。
胡散臭い。
ユリアの表情が、明確にそう語っていた。
私も、もし本当ならすごいなぁ。と思う。
人の言葉を疑ってかかるというのも良くないと思うのだけれど、ちょっと現実味というものがない気がする。
比喩的な表現として、すべて、と言うのなら理解できる。
ローマ近郊で必要になる言語を全て理解している。というのであれば、数は少ないだろうがローマにもいるだろう。
ローマの属州をぐるりと回るように商売をするような人達であれば、それぞれの地域で使用される言語を知っていなければ、仕事にならない。
だが、言葉はローマの周辺にだけあるものではない、道の果て、海の向こう、またその向こうにも人は住み、国を形作っているかもしれない。
サウロスさんが言う、全ての言葉、というのはおそらくは、そういうあまりにも大きな規模の、すべてを指しているように思われた。
「それはつまり、ローの言葉を理解できる。という事ですか?」
要点はそこにある。
もし、本当にローの言葉を理解できる人がいるならば、ぜひとも力を借りたい。
共通の言語がない以上、説明が困難な言葉はいくらでもある。
ローに言葉を教えるのが難しくなってきていたのは間違いがない。身振り手振りで伝わる事には限度があると、痛感している。
神様について、言葉を知らない人に対して説明して見せろ。と言われたら誰だって途方に暮れるはず。
ローのラテン語は、すでに基礎を修め、応用の時期に入ろうとしている。けれども私には、ここからを教える方法がなかった。
「実績はあります。このシモンはサータヴァーハナ、アエギュプトゥス、ガリア、ブリタンニア、少なからずこれらの言語は、誰に教わることもなく聞き取れますし、話せるのです」
「サウロスさんってば、面白がってあちこちに行かせるんですよ。まあ、僕にとっても良い勉強になるので、どこへでも行きますけれど」
神妙そうな表情のサウロスさんと、底抜けに明るい様子のシモン君の対比が不思議な感じだった。
「誰にも教わらず?」
「ええ、誰にも教わらずに、です」
ユリアが尋ね、サウロスさんが答える。
「どういう事よ?」
「さあ?わかりませんね」
「強いて言うなら神のご加護ですかねぇ?」
そこに、気の抜けきった声のシモン君が混ざってくる。
「どうみても、シモン?は、ローと同じ民族には見えないわね」
「ロー殿の出身は知りませんが、シモンはユダヤ人です」
「そのユダヤ人、ってのも大体当てにならないけどね」
「おっしゃる通りで」
「ま、試すのが早いわね。シモン、この人の言葉がわかるかしら?」
ユリアに指をさされたローは少し驚いた顔をして、あやふやに笑った。
あれは、話の内容がよくわかっていない時の顔だ。
「聞いてみないことにはなんとも」
「ですよね。ロー、何か、話して?」
聞き取りやすく、ゆっくりと喋る。
「何か?何を?」
「あ、ラテン語はダメ。あの人に」
私がシモン君を指さして言うと、不思議そうな顔をしながらも従ってくれる。
「ーーーーー。あー、ーーーーー。ん~?ーーーーー」
ローはある程度喋ると、納得がいかないような、どうしたら良いのかわからないと言いたいような吐息を吐きながらも、言葉を吐く。
何を言っているのかは、さっぱりわからない。
「これでいいの?」
ローは自分の行いが正しいのか不安に思ったらしく、私の方を見てラテン語でそう言った。
まあ、訳がわからないのは、わかる。
「うん。それでいいの」
多分。私にもよくわからない。ごめん、頼りなくて。
「ローさん、これは何ですか?」
シモン君がガラス製の杯を指さして、ローに尋ねる
「杯」
ローがラテン語で答えた。
「ロー、ラテン語はダメ」
私はダメだと言ったけれども、嬉しい気分にもなった。
だって、ローはもう、ラテン語で話すのが当たり前になっているという事なのだから。
「ーーーーー」
ローは慌てた様子で、言い直す。
「じゃあ中に入っている果実酒は?」
「ーーーーー」
「温度はどうです?」
「?ーーーーー」
シモン君は色々な物を指さしては、ローに質問をした。時には指さしたものを直接ローに持たせたりもしている。
そしてユリアとサウロスさんは、シモン君がいろいろと変な動きをし始めたあたりで完全に興味を失ってどこか別の場所に移動した。
私は二人の様子を、ずっと眺めていた。




