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午後に毎日連れ出される。ということがなくなって、どうにか仕事を探す時間を得ることができたものの、簡単な日常会話しかできない者が、そもそも仕事を探せるわけがななかった。
しかし、諦めがたい気持ちが、未練がましくも一人でローマを散策すること数度。
そのせいでテルティウスさんは、俺が仕事を探していることに気が付いたらしく、薪割りの報酬と言って小遣いを渡そうとしてくるが、それは必死に断っている。
これ以上の恩を受ける訳にはいかない。そのお金を受け取ってしまっては、恩返しにならない。
なにせ、衣食住を提供して貰い始めて、すでに五か月。もう半年近いのだ。食費はいくらかかった?部屋に住まわせてもらったならば、家賃はいくらになる?
新年を迎えて十日も過ぎれば、改めて考えることも出てきた。
もう銅貨の一枚たりとも受け取れない、というのは間違いがない。
やはり、言葉の壁が厚く、そして高い。
その壁をどうにかするには、やはり、地道に努力を続けるしかない。
学問というものは、武術のように、何かきっかけがあって急に上達する。なんてことはないのだ。
テルティウスさんのご厚意に甘えて、今はラテン語の習得に全力を傾けるべきなのだろう。
勤め先の女性たち、屋台や食事処の人たちのおかげで、ゆっくりとだが、上達はしているような気がする。
言葉さえ満足に話せるようになれば、仕事も持てるし、恩返しもできる。それが済めば、日本に帰る方法を探すこともできるかもしれない。
よし、未来は明るい。
かこん。と薪が思わぬ方向へと飛んで行った。
ああ、余計なことを考えるから、手元が狂った。
気を取り直して、薪に問題がないのを確かめ、纏める。
最近はテルティウスさんのチェックも、ほぼ問題なく通過するようになってきたし、慣れたせいかペースも上がった。
今日も昼ぐらいには、すべての仕事が終わるだろう。
「ロー」
薪運びを終えたタイミングで、ユリアを連れたティベリアに声をかけられた。
二人は、テルティウスさんと何やら話をしていたらしい。
今まで引き留められたことはないのだが、テルティウスさんに俺が二人についていっても問題がないかを視線で確認する。
何か屋敷の方で、俺にできる仕事があるかもしれないからだ。
「ロー。行きなさい」
テルティウスさんは首を横に振って、二人についていくように言ったので、俺は頷いて答える。
ティベリアとユリアの外出について行くのは、思い出してみれば、結構珍しいような気がする。
しかも、二人は二輪車に乗るらしい。
二輪車が出てきたということは、武装した連中もついてくるということだ。
最近、彼らの俺に向ける目線が、やたらと険しい気がするのだが、俺が何かしたのだろうか。
「ロー、付いてきてね?」
「わかった」
ティベリアが二輪車に乗る前に、俺に向けて声をかけた。反射的に、返事をする。
二人を乗せた二輪車が十名の護衛に守られながらゆっくりと動き出す。
俺はその後ろに付いていきながら、考え事をする。
そう、この武装した連中は、おそらく護衛なのだ。
ティベリア達が外出するときは、必ず彼らが二人以上付いてくる。
そして、彼らは簡素な防具を身に着けていて、必ず腰に剣を吊っている。
二輪車が出てくると二メートル未満程度の短槍を持っていることが多い。
誰がどうみても、戦うための用意を済ませた格好と言える。
まあ、彼らの事は大事ではない。
問題は、ティベリア達が、外出時に護衛が付く様な立場の人達らしい、ということだ。
彼女たちは、実は偉い人達らしいのだ。
そういえば、あの剣闘の時、とても偉そうな人と話し合い、言い争い?をしていた。
立場、なんて考えたことがないから、実感がわかなかったが、江戸時代なんかは身分制度があったというし、古い時代では珍しくもないのかもしれない。
二輪車は、人でごった返すローマの市街を、快調に進んでゆく。
先導する護衛が声を上げ、二輪車の進む道を確保しているからだ。
誰一人として、先導の声を無視する人がいない。そこを開けろと言われれば、即座に道が出来上がる。
道の脇が人でぎゅうぎゅうになろうとも、お構いなしである。
護衛の人たちも、当然だと言わんばかりに振る舞っているし、不便な通行を強要されている人たちも、特別不満そうな表情を見せない。
どころか、二輪車に向かって頭を下げ、手を胸に当てる人までいる。
俺はその出来上がった道がなくならない内に付いて行けるから楽で良いのだが。
ティベリア達はアイドルグループか何かか?田舎者ゆえ、実際に見たことなどないのだが。イメージとして。
外国人の顔の美醜など厳密に考えればわからないのだけれども、あくまで個人的な所見では、確かに皆整った顔立ちをしてはいる。
しかし、歌や踊りを披露するような場面は、見たことがない。
彼女たちが欠かさず行っていることと言えば、何も調理する様子のない、どころか、火を起こすだけが目的、と言わんばかりの竈の管理や、小麦を挽くこと。あとは建物の掃除ぐらいか。
それらが、こんなにも有名になる仕事なのだろうか。そうとは思えない。
であれば、仕事は関係がないのかもしれない。
物凄い資産家の娘たちで、彼女たちではなく、その親が有名。という線はどうだろう。
いや、その割には、見事な彫刻の椅子もなければ、金の杯も見たことがない。控えめに言って、裕福そうには見えない。
大変お世話になっている人達だが、良く考えてみれば、俺はティベリア達の事をほとんど何も知らない。
女性ばかりの集団で一つの家に住み、竈の世話などをしている。そして立場ある人達らしい。
ティベリア達は、本当になにをする人達なのだろう。
そんなことを考えていると、二輪車は城壁の門をくぐって、橋を渡った。
二輪車などが出てきたから、遠出するのだろうと思ってはいた。最近は屋台や劇場など、ローマ市街において繁華街的な場所に連れていかれる事が多かったから、この橋を通るのはずいぶんと久しぶりだ。
俺が目を覚ました島が視界に入る。
大きな木だ、何の木なのだろう。樹齢は何年ぐらいなのか。実家の道場裏に植えられた枝垂桜は樹齢五十年ぐらいだったか。どうみてもそれ以上は長生きしている木なのだろう。
川風が吹いた。
あまりの冷たさに体が震えた。
慌てて左手で刀を縦にして、外套の浮き上がった部分をなくす。
風邪をひいてもつまらないと、残った金貨を泣く泣く防寒具を買う資金に使ったのは正解だった。
靴下にサンダル、長袖のローマ服の上に着物、腰に大小をさし、その上に外套を羽織る。という珍妙な恰好だが、寒いよりは良い。格好良さより、暖かさを優先するのが厳しい冬を知る地域の人間の常識である。
寒いとはいえ、雪が降るほどではない。体感的に、マイナスには行っていないだろうから、庄内の冬よりよっぽど暖かい筈だ。
ローマでは雨があまり降らない。そうすると雪も少なそうだ。もしかするとローマは、雪は降らない地域かもしれなかった。
雪かきの心配をしなくて良いのは気が楽だ。
木造の建物の隙間を縫うようにして二輪車は進む。
この通りには見覚えがある気がする。
そして、二輪車は、石造りの立派な建物の前で停車した。




