73sim1
華美な装飾に身を包み、誰よりも高い所に立つその者を、誰もがまるで神のようだと揶揄した。
柔らかい言葉で罵倒されたその者は、笑うでもなく、怒るでもなく、さも当然のように、その言葉を受け入れた。
高い所に立つ者が傲慢であれば、低い所にある者たちもまた、悪辣な性根をその身に宿していた。
精神の清汚に、立つ場所の高低も、生まれの貴卑も、教育の多少すらも、何の関係もない。
人は生まれながらにして悪性の塊だ。
当然、僕もそうなのだ、と思うと体が震えた。
なんて、恐ろしいのだろうか。
口では皆一様に、善を説く。
しかし、その身の内側は、誰しもが酷く醜い悪性で成り立っている。
気持ちが悪い。
そしてそう思っているのは、きっとこの場で僕だけだ。
僕の父も、母も、一族の者も、この地に住まう者たちは、皆、自分は良いユダヤ人である、と確信してすらいるに違いない。
誰しもが、自分だけは良き人間だと信じている。
気持ちが悪い。
そして、奇跡は起きた。
高い所に立つ者が、その身を豪奢に着飾った悪性の老人が、崩れ落ちる。
ある者は、重ねた悪行の重みにつぶされたと言い、ある者は、神の怒りに触れ命を失ったと賢しげに言う。
されども、かの老人の死を悼む者は、この場には誰も居ないのだ。
かの老人が、力ある者には頭を垂れ、力ない者の頭を踏みつけるような人物であることは、誰でも知っている。
かの老人の内に、我らが神に向けられた、確かな信仰の心があったことも、誰もが知っていた。
心の内に、善と悪とが同時にあることは、過ちなのだろうか。
誰しもがそうなのに。
ならば、人とは、そも不完全で醜悪な、そういう生き物なのではあるまいか。
ああ、なんて救いの無いことだろう。
自らは不完全で、醜悪で、なのに、いつかは清い存在になる事ができると信じている。
そんなことは、人でいる限り不可能だというのに。
言葉が聞こえる。
醜い言葉はもう結構。
しかし、耳を塞ごうが、大声を上げようが、その言葉は私の頭を殴りつけるようにして届いてきた。
声は私の内から発しているように思えた。
不完全で醜悪な私から、このような、完全に完璧な言葉が生じる筈はない。
であれば、これは、神の声に違いなかった。




