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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第二章 気がつけばローマ市民
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 気ばかりが急いていた。

 これはいよいよ、何とかしなければならない。

 串焼きを咀嚼しながら、俺は懸命に頭を働かせた。

 始め、サンダルを作る職人の元へ連れていかれ、金がないことを断腸の思いで告白し、あっさりとティベリアに金貨三枚をよこされ、受け取れ、いや受け取れないと押し問答をした。

 ティベリアとユリアの迫真の肉体言語により、渡された金貨三枚があの剣闘大会の報酬である可能性になんとか気が付くことができた。払われることはないだろうと内心諦めていただけに、かなり嬉しかった。

 そうして、急ぎ革製のサンダルをこしらえてもらったのだ。

 それがおよそ一か月前の話である。

 今日は、十月十三日。

 暦の上では、もう秋である。気が付くと夏らしい暑い日が少なくなり、ずいぶんと過ごしやすくなってきたようにも思う。

 そしてこのことは、カレンダーで毎日確認しているから、間違いない。

 カレンダーは、元々ラテン語のカレンダエ(kalendae)だったらしい。

 ローマのカレンダーを見せてもらったが、日本のカレンダーとそっくりすぎて笑えた。曜日に似たものまであるし、デザインもほとんど同じだった。違うのは表記がラテン語であること、数字の書き方が独特だということぐらい。


「ロー、こっち、早く」


 セルウィアが、俺の着物の袖を引く。


「はいはい、こっちね」


 物思いにふけっていた俺を責める様な薄い目で見るのは、セルウィアだけではない。

 落ち着いた雰囲気を持つスルピキアと、普段はとてもおっとりしたアエミリアですら、俺に早く来いと同じ目で訴えてきている。

 おそらく、十歳にも満たぬであろう童女三人に袖を引かれて、俺は午後のローマ、食べ物を出す出店が多い通りを歩いていた。

 どうしてこうなった。と思わず日本語でつぶやく。


「ラテン語で話しなさいよ」

「ごめんごめん」


 このところ毎日のように、誰かしらに連れられて、ローマの市街を練り歩いている。一番数が多いのはティベリアで、彼女が俺にいろいろな言葉や、買い物の仕方など、知っておいたほうが良いことを教えてくれているのが分かった。

 初めはティベリアに誘われるがままローマ市街の散策を気楽に楽しんでいたのだが、一週間ほど過ぎて事情が変わった。

 ユリアとオクタウィアの外出に同行し、ポンペイアの出店回りに連れ出され、クラウディアさんとコルネリアさんの外出に同行し、ドミティアさんの図書館通いにも付き合わされた。

 そして気付かぬうちに、最も年少と思われるグループの引率役?など任されている状態である。

 昨日は、ウァレリア、リウィア、ウェルギニアの年少グループのもう片方の引率をし、たらふく串焼きをご馳走された。美味いか不味いかを真っ先に聞かれたので、俺は毒見役でもあるらしい。

 これは、早急に仕事を探さなければならない。という思いが強くなっていた。

 油や、布切れ、刀の手入れに必要なものは既に購入済みで、もろもろ必要そうなものを、その時々の同行者の助力を得て、それなりに買いそろえることができてはいる。

 しかし、お金は使えば減る。

 稼がなければ、増えることはない。

 ローマの通貨において、金貨がどれほどの価値があるのかは、いまだに今一つわからないが、既に半分以上使ってしまっており、俺の所持金は金貨(アウレウス)一枚、銀貨(デナリウス)五枚、青銅貨(セステルティウス)三枚、銅貨(アス)二枚だけである。

 明らかに年下の童女たちの金で腹を膨らませる。というのは、なんとも落ち着かない。串焼きが一本銅貨一枚か二枚程度の安い値段だったとしても、何の気休めにもならない。

 稽古終わりに年下の門下生にアイスを振る舞うことはあっても、その逆は無い。格好悪い。それは間違いがない。

 俺は、どうにか仕事を探すために、娘たちに捕まらない日があれば独自に仕事を探してみることを決意した。

 午前中は薪割りがあるから、午後だけ働けるような仕事があれば最高だ。

 幸い、この一か月間で、ローマ市街の大体の地形は把握した。迷子になって困るということはないだろう。


「ロー、次は、あっち、早く」


 セルウィアがまたしても俺の袖を引く。

 次は、あっちの方にある、焼き菓子の屋台が目当てのようだった。


「セルウィア、口」

「何?」


 振り向いたセルウィアの口元は、串焼きの脂と甘辛いタレで少しだけ汚れていた。

 背伸びしたい年頃なのか、俺に対してはつんけんした態度が多いように感じるが、こういう所は子供らしい。

 そういえば、手ぬぐいは持ち歩いていない。今度、買っておく必要があるらしかった。

 俺の手で拭われるのも嫌だろうから、着物の袖を手先に巻いて拭ってやる。テルティウスさんの屋敷に帰ってからすぐに洗濯すれば、汚れも問題なく落ちるだろう。

 拭い終えて、スルキピアとアエミリアの口元も確認すると、二人とも同じように口元を脂とタレで汚していたから、順番に拭う。


「よし、あっちに行こう」


 反射的に、いて、と日本語が出る。実際には痛くはない。


「ラテン語で言いなさいよ!」


 脹脛(ふくらはぎ)のあたりを、セルウィアに軽く蹴られたらしい。

 そして三人の童女達は振り向く俺を置き去りに、先に行ってしまう。

 どうも、何か怒らせるようなことをしてしまったらしいが、何一つ心当たりがなかった。

 やれやれ、とまたしても日本語が口を突く。

 次は、俺が何か悪いことをしましたか?とラテン語で聞けるように努力しよう。



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