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神官長室から出ると、ユリアは準備があると言って、すぐに自室に戻ろうと歩き出した。
私よりも背の低いユリアの後ろ姿に頼もしさを感じながら、サウロスさんからの伝言を伝えると、ユリアは振り向く事もなく、いい加減に返事をして、行ってしまった。
「ティベリア様、ありがとうございます」
「お礼を言うのは私の方です。私のわがままを聞いて下さってありがとうございます」
私の方こそ、私の方こそ、とお礼の言いあいが続く。
「いかん薪!」
テルティウスお爺さんが一人で駆け出した。
そう言えば、薪運びがまだ終わっていない。
ローの方を見る。
急に駆け出したお爺さんの後ろ姿を、ローは不思議そうな表情で見ていた。
「ロー、ついて来てね?」
私がお爺さんの後を速足で追いかけ始めると、ローもきちんとついて来てくれた。
表情は変わらず。きっと自分が呼ばれた事はわかっても、何を言われたのかも、何が起きているのかもわかっていない。それでも私について来てくれるのが、なんだか無性に嬉しかった。
薪割り場ではテルティウスお爺さんが、運びやすいようにまとめられた薪を、神殿まで運ぼうとしている所だった。
お爺さんはやはり身体が痛むのか、動きがなんだかぎこちない。
「ロー、お爺さんを」
私が言いきる前に、ローはお爺さんの元に小走りで駆け寄っていった。
お爺さんは突然目の前に現れたローを見て驚いている。
ローはそんなお爺さんを見て、まとめられた薪を指さしてから、自分を指さした。
自分がそれを運ぶ、と言いたいのかもしれなかった。
突然の事に混乱して動きが停止してしまったお爺さんを尻目に、ローはまとめられた薪を両手に持った。
「ティベリア」
ローに名前を呼ばれてはっとする。
ローは何かを探しているように周囲を見渡した後、私の方を見た。
手に薪を持ったは良いが、どこに運ぶかわからない。そんな感じだった。
「ロー、こっちよ」
私は神殿内までローを導いて、薪置き場を指さして教える。
ローはその場所に薪を置いたら、すぐに薪置き場に戻っていく。
私もそれについて行く。
「ティベリア」
ローが薪を運ぼうとしているお爺さんを指さして、薪割り用の丸太台を指さした。
ちょっと、何が言いたいのか分からない。
ローは意図が伝わっていない事を察したのか、丸太に一度腰をおろして、すぐに立ち、またお爺さんを指さした。
そうかと思うと、お爺さんが持っていた、薪を優しく奪い取る。その薪はすぐに地面に置いて、今度はお爺さんの手をとり、丸太の前に連れて来て、少し強引に座らせた。
「ティベリア」
ローは私を指さしてから、お爺さんを指さした。
お爺さんが立ち上がろうとするたびに、ローはそれを邪魔する。
きっと、ローはお爺さんを座らせておきたいのだ。
それを私に見張っていてくれ。と言っているのかもしれない。
「ロー、分かった。お爺さんには休んでて貰おうね」
私が頷きながら言うと、ローは大きくうなずいて、薪を運び始めた。
まとめた薪は見る見る減る。
「なんとも、お人好しな男のようですな」
「はい」
ローは私の名前と、自分の名前ぐらいしか分からない。
お爺さんを手伝ってあげて、と言う前に、正しく伝える努力をする前に、ローはお爺さんの手伝いをし始めた。
私はそれが誇らしい。私が助けたローと言う男性は、人に優しくできる強い人なのだ。
それと同時に少しだけ、妬ましい。
ローは何も持っていないからこそ、何のしがらみも無い。自分が思う事を何の遠慮も無く、やりたいようにできる自由がある。
それはウェスタの巫女である私が無くしてしまったものに違いなかった。
ローと話をしたい。いろんな事を尋ねて、いろんな事を聞いて貰いたい。
そんな事を考えていると、ローは薪運びをすっかり終えて、私たちの元に帰ってきた。
ローは見た目は細身なのに体力があるらしく、全ての薪を運び終えても汗一つかいていなかった。
「ありがとう、我が息子」
お爺さんは腰を労わりながら丸太から立ち上がった。
「お爺さん。何かと面倒をおかけしてしまうと思いますが、どうかよろしくお願いします」
「なんの、息子が父親に面倒をかけるなど当たり前の事です。何の問題も無い」
お爺さんがローの肩を軽く叩く。ローはされるがままで、じっとお爺さんの事を見つめている。
「帰ろう、我が息子よ。帰ったらお前の部屋を準備しなくてはならん」
言葉は通じない。
でも私たちは伝える努力をしなければならない。
ローは私の方を見た。きっと、どうすればいいのか、わかっていない。私はお爺さんについて行くように伝える。上手く伝わるだろうか。
「さあ、帰ってまずは食事にしよう、腹が減っただろう」
お爺さんも身振りを交えて伝える。背中に腕をまわし、傍らに寄り添うように、導くように歩き出す。
ローはお爺さんについて歩き出す。
少し歩いて、ローが振り向いた。
「ティベリア―――――」
私の名前の後に、聞いた事が無い言葉が耳に届いた。意味はわからないけれど、なんだかさびしげな響きだったように思う。ローは私に向かって深く頭を下げ、お爺さんと共に帰路についた。
お爺さんとローの後ろ姿はすぐに見えなくなってしまう。
私はなんだか可笑しくなって、一人で笑ってしまう。
ローはきっと別れの言葉を口にした。とても真剣な表情で私に頭を下げる様子は、もう二度と会う事は無い、と考えていたに違いなかった。
明日もまた会えるというのに。
六月七日、加筆修正




