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「しかし、それではカエサル家の方々に」
「お気になさらず、巷では陰謀の巣窟と呼ばれる家ですから」
ユリアはテルティウスお爺さんの言葉を遮って、有無を言わせない凄みのある笑顔で言った。
この人が私と同い年だなんて、誰が信じるのだろう。
ユリアはすごい。本当に。
「テルティウス殿、本当によろしいのですか?」
「はい、なにとぞよろしくお願いいたします」
クラウディア様の問いかけに、テルティウスお爺さんははっきりと答えた。
「では決まりですね。ユリア、準備にはどのくらいの期間が必要ですか?」
「一か月もあれば万全かと」
「ではその間、彼をどのように扱うかを決めなくてはなりませんね」
「義理とはいえ私の息子となるのです。私の屋敷に住まわせるのが筋でございましょう」
テルティウスお爺さんは、明らかにユリアを意識して発言しているようだった。もうこれ以上の恩は受けられないと言いたいのだろう。
「お爺さんが神殿に来ている時はどうするのでしょうか?」
私は私で、ローに関わることでぼんやりしている事はできない。という思いがある。
なにせ私は、実際には何の役にも立っていない。
ローが言葉を理解できない以上は、せめて私が彼の代わりに分からない事は聞く。ぐらいでなければならない。
「彼にはテルティウス殿の手伝いをして貰うのが良いでしょう」
「でも、薪割りは」
「心苦しいですが薪割りはテルティウス殿に頑張って貰わなければなりません。ですが薪を神殿に運ぶ仕事は、彼にお願いしましょう。薪は元々ローマ市民によって寄進され、毎日奴隷の人たちが運び込んでくれる物。彼だけが薪を運んではならない理由はありません」
「神官長様のお心遣いに感謝いたします」
「いいえ、彼がテルティウス殿の息子になる事が内定している状況であれば、そちらの方がずっと自然でしょう」
言い終えると、クラウディア様は長く息を吐き出して、私を真っ直ぐ見つめる。
「ティベリア」
「はい」
「彼は言葉がわからないのでしたね?手の空いている時は、あなたが助けてあげなさい。それが彼を拾ってきたあなたの責任です」
「はい」
「あなたならば大丈夫でしょう。ルプスちゃんも立派に育て上げたのですから。期待していますよ」
クラウディア様は、はっとして赤面する。
もう隠せて無いから、諦めてはどうですか。とは決して言わない。自分では隠しているつもりの事を他の人から指摘されるのは、とても恥ずかしい。今のクラウディア様の気持ちが、私には良くわかるし、本日二度目ともなれば、さっきみたいな野暮はしない。
「ん、んん!ではティベリア。考えなしに勝手な行動をし、他の巫女に迷惑をかけた事に対して、ウェスタ神官長として罰を与えます。心して聞くように」
気を使って無言を貫いたのに、これである。
いや、始めから叱られる覚悟はしていたし、罰と私が気を使って無言を貫いた事には何の関係も無い。
しかし、罰、と聞けば気分が落ち込むのを止める事も出来ない。
「はい」
自分でも驚く程に声に張りがない。ユリアとは違って私は怒られてばかりだ。
「ティベリア・リイヌム、あなたは明日から一か月の間、午前の竃当番につく事を禁止します。良く反省し、自らの責任について今一度、良く考えるように。それと、竃当番の見直しは、あなたが主導して行ってください。できますね?」
夜に睡眠して、日が昇ると同時に勤め始め、午後には自由な時間を持つ。と言うのが一般的なローマ市民の一日だ。
午前当番は、この流れにぴたりと当てはまる事から、巫女の間では一番人気がある。
なぜならローマの午前は、皆が働く時間であり、街に繰り出したとしても、どこも大抵は準備中。商店は別だが、商店通いは思いのほかお金を消費してしまう。夜は基本的には寝る時間だ。ローマの街を満喫し羽を伸ばすのであれば、午後に出かけるべきなのだ。
一番人気が無いのは夜当番、これは単純に眠れないのが辛い。次いで午後当番は他の人は羽を伸ばしているのに、自分だけは勤めている。と言う精神的負荷が思いのほか辛い。
一番人気の午前当番を一か月も禁止されるのは、クラウディア様に影でほんの僅かな悪態をついても許されるぐらいには精神的に厳しい。
でも、今の私は都合が違う。
午前当番を一か月禁止されると言う事は、私はこれから一か月、午前は全部休みだと言われたに等しい。
つまり、ローに言葉を教える時間を、クラウディア様は公的に用意してくれたのだ。
「はい!」
自分でも、現金な奴だと呆れる。
でも嬉しいものは嬉しいのだから、仕方がない。
一応は罰則を言い渡されたのだから、お礼を言う事もできない。だからせめて元気よく返事をした。
「よい返事です」
満足げに微笑むクラウディア様の事を、お母さんと叫んで抱きつきたい衝動に駆られたが、流石に恥ずかしいので我慢した。
「では、先ほどの件はユリアに一任します。くれぐれも無理はしないように」
「はい」
「テルティウス殿、彼の事をよろしくお願いします」
「はい、お任せください」
晴れやかな笑顔を見せるテルティウスお爺さんは、なんだかすこし若返ったように見えた。
六月七日、加筆修正




