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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第一章 気がつけばローマ
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26t16

 二輪車で隣に座るユリアが、へそを曲げて私と話をしてくれなかったので、私はユリアに聞かれた事を考えていた。

 最近の私は考えなしに行動してばかりで、ユリアには迷惑をかけっぱなしである。口を聞いて貰えないのはさびしいけれど、仕方がない。とも思う。

 私が、どうして彼にこだわるのか。

 ユリアに聞かれて、どきっとした。

 考えもなしに行動して、理由がわからなかったから。ではなくて、私の心の内には明確な答えがあったからだ。

 私は今までいろんな事を失敗してきて、叱られる度に、どうしてこんな事をしたのかと、聞かれる事が多い。

 その度に心の中で自問自答し、そしていつも変わらない答えがある。

 でもそれはユリアにだけは言いたくない事だったから、誤魔化した。


 巫女としての修業を始めたばかりの頃、私はユリアが嫌いだった。

 ユリアは、私が持っていない物を全て持っている人だったからだ。

 同じ貴族とは言え雲泥の差がある家格、それに裏打ちされた教養と才能、小さくて女の子らしい容姿、何もかも羨ましくって気に入らなかった。

 家から出て、ユリアという同い年で完全無欠の女の子がいる。という事実に気がついた時、私の性格の根っこの部分に、劣等感だとか、嫉妬心という、あまり褒められたものじゃないものが、しっかりと根を張ってしまった。

 今思えば、つまらない嫉妬でしかないのだけれど、当時の私は、人生なんてそういうものだ、と納得できる程賢くなかったし、大人でもなかった。六歳だったのだから仕方がない。と思う。

 当時のユリアに、今よりも遠慮が足りなかったのも良くなかったように思う。

 ユリアがどんな事を考えていたのかは知らないから、これは私の勝手な想像だけれど、自分が何でも簡単にできてしまうものだから、私や他の見習い巫女たちが上手にできない事が気に入らなかったのかもしれない。

 私とユリアは、今では思いだせもしない、つまらない事を切っ掛けにして、喧嘩をした。

 だってずるいではないか。

 私もユリアも、同じ六歳の女の子のはずなのに、片方は名門カエサル家でも才媛と呼ばれる娘で、もう片方は貴族と呼んで良いのかも微妙な、妹よりどんくさい娘だなんて、あんまりにも違いすぎる。

 お前は出来が悪い。と言われている様な気がした。

 実際には、そんな事は誰からも言われた事がないけれど、自分に対する認識はどうしようもなかった。

 悔しかった。

 私ごと大好きな家族までバカにされている様な気分になって、耐えられなかった。

 どうして簡単な事が上手にできないのか、ユリアにはわからない。

 上手にできない事があるという事が、どうしてユリアにはわからないのか、私にはわからない。

 事あるごとに、私はユリアに突っかかるようになって、ユリアもそれを真正面から受けて立った。

 いつまでたっても終わりそうにない堂々巡りのいたちごっこ。本当につまらない事で毎日のように喧嘩を始める私とユリアに、姉さま達はさぞ手を焼いただろう。

 そして毎日のように喧嘩して、はたくひっかくの喧嘩をする事も増えてきた五月末にウェスタ祭(ウェスタリア)の準備期間に入った。

 巫女になって一年目のウェスタリアでは見習いに仕事はほとんどない。しいて言うなら姉さま達について回って、見て覚えるのが仕事だった。

 日々の務めと合わせて、ウェスタリアの期間に合わせて急増する参拝者への対応、激増する寄進の記帳と物品の整理、いつもより念入りに行われる神殿の清掃、各方面の有力者への挨拶回り、ひっきりなしにやってくる貴重な睡眠時間を奪う晩餐の招待、いくら作ってもなかなか増えてくれないモラ・サルサ。

 十八人の巫女、その内六人は何もできない見習いの巫女だから、実質十二人。たった十二人でローマにおいても重要な意味を持つウェスタリアを不足なく運営するのは、期間中ただでさえ短くなりがちな睡眠時間をさらに削らなければ達成不可能の難事であった。

 そんな様子を間近で見せられては、喧嘩をしようと言う気持にもならない。

 少しでも姉さまたちの力になれる事をしたかった。せめてよけいな手間をかけさせない、ぐらいの事はしなければならない。

 普段は厳しくも優しい、頼りがいに溢れた姉さまたちが、少しずつ、しかし確実に憔悴していく様子は、幼い私たちにそのように思わせるだけの言い知れぬ力があった。

 巫女全員がへろへろになりながらも、なんとか準備をこなし、ウェスタリアの期間に入ってしまえば、後はひたすらモラ・サルサを作る期間になる。

 モラ・サルサ作りは単純な作業であるから、準備期間中よりは楽だ。だが、作っても作っても一向に作り貯めできず、少しずつ減っていくモラ・サルサを見ながら、『足りるはず、でも、もしかすると足りなくなる?』という恐怖と戦いながら、ひたすらに麦を挽くのは精神的にかなり堪える。しかもそれはウェスタリアの間中ずっと、正確に言えば八日間続く。

 この時ばかりは、見習い巫女も立派な戦力として姉さまたちと一緒に麦を挽く、麦を挽いては塩を混ぜ、塩を混ぜては麦を挽く。

 終わりの見えない単調な作業は、つまらない失敗を誘発するものだ。塩を入れ忘れたり、モラ・サルサを床にぶちまけてしまったり、普段ならしないような失敗を誰でもする可能性があった。

 ウェスタリアの完了を目前に控えた七日目。モラ・サルサの残量に不足が無い事が確実視され、誰もが一足早い達成感を感じていた時、ユリアが逃げ出すようにして作業場から立ち去るのを私は見た。

 ウェスタリアに使用するモラ・サルサは充分な量が確保できても、ウェスタリアの翌日からも当たり前にモラ・サルサは必要になる。急いで作業をする必要はなくなったけれど、作業はまだ終わりではなかった。少なくとも数日分の蓄えを作る必要がある。

 だというのに、仕事を途中で投げ出すなんて、ユリアらしくない。

 ユリアの行動を不思議に思った私は、姉さまたちに断りを入れてからユリアの後を追いかけた。

 姉さまたちは、ユリアがモラ・サルサに塩を入れ忘れてしまい、見た事がないほど気落ちしているから、そっとしておくようにと言っていた。

 大した失敗ではないし、気が抜けてうっかりしただけだろうから、とも言っていた。

 そっとしておくなんて、そんな事できるわけがない。

 ユリアが、少し失敗したからと言って、仕事を放り出すなんてありえない。ユリアの失敗している所なんて見た事もないけれど、私の知っているユリアなら、意地でも最後まで勤めを果たすはずだった。

 立場は逆だったけれど、似たような喧嘩をした事があった私には、そんな事は許せないし、ユリアが落ち込んでいるのなら、今度は私が発破をかけてやるくらいの気持ちでいた。

 三階建ての巫女たちの家は一人に一部屋、個室が割り当てられる。それでも部屋は余っていて物置や作業部屋になっているのだけれど、ユリアは自分の部屋に居るだろうと思って真っ直ぐユリアの部屋に向かう。何か失敗した時には自室にこもって誰とも会いたくないような気分になるものだ。私には良くわかる。

 私は迷わずユリアの部屋の扉を開けて部屋の中に入った。落ち込んでいる様子なのであれば、何をやっているのか。と、怒鳴りつけてやるつもりでいたのだから遠慮はしなかった。

 ユリアは寝具の上に座って、鼻をすすりながら静かに泣いていた。小さい体がよけいに小さくなったように見えて驚いた。

 流石に泣いているとは思わなかった。だって、あのユリアが泣いている所なんて、私は見た事がないし、想像した事もない。私は予想外の光景に絶句してしまい、数秒動けなかった。

 私に気がついたユリアは、一瞬呆然として、途端に大声で泣き出してしまった。

 ユリアの言葉はめちゃくちゃで、何を言っているのかはっきりとはわからなかったけれど、泣いている所を見られたのが嫌だったらしい事だけはわかった。

 その様子が、癇癪を起した時の妹にそっくりで、私は思わずユリアに駆け寄って両腕で抱きしめた。こうすると、妹は安心するのか、すぐに泣きやむ。

 全然力のこもっていない手が私の体を叩くけれど、体の小さいユリアの手が体に当たっても痛くもかゆくもない。こういう時だけは体が大きくて助かる。

 ユリアは落ち着いたのか、諦めたのか、私を叩こうとはしなくなって、静かにぐずぐずやりだしたから、できるだけ優しく声をかけて抱きしめながら頭を撫でる。

 大分落ち着いた様子のユリアが、私の体に腕をまわしてきたから少し驚いたけれど、好きなようにさせる事にした。

 そうしている間に泣き疲れたのか、ユリアは私に抱きついたまま眠ってしまった。私の妹と変わらない。泣いて癇癪を起して疲れたら寝る。寝不足だった事もあるだろう。

 ユリアの可愛らしい寝顔を見ていると、私も眠くなってしまって、そのまま二人とも姉さまたちが様子を見に来るまで抱き合って眠った。

 それから、私のユリアを見る目が変わったのだ。

 ユリアは私よりもたくさんの事が上手にできるけれど、私の妹と同じような子供っぽい所もある。

 そう思うと、なんだか安心したし、ユリアと喧嘩するのがバカらしく思えた。意味もなくユリアに嫉妬して反発しても、何にもならない。

 私たちは前よりも一緒に居る時間が増えた。ユリアは元々誰に対しても遠慮なく接していて、私が意図的にユリアを避ける事をしなくなったのだから、それも当然の事だった。

 できるようになるまでやれ、何でも最初からできる人はいない。とユリアに言われて、私は嘘をつくな。と言いたくなったけれど、言われた通りに頑張った。

 その結果、私は以前よりも少しは物覚えが良くなった。失敗しなくなったのではなくて、できないと諦めるのが遅くなった成果だった。ユリアと喧嘩する時間や、失敗して落ち込んでいる時間はぐんと減って、その時間の分、練習や勉強の時間が増えたのだから当たり前だ。

 それでも私はユリアには何一つ敵わなかった。

 ユリアの方が、私よりも優れているのはわかる。努力してきた時間が違うのだろうし、才能の差はどうやっても埋まらないから仕方がない。でも悔しい事には変わりがなかった。

 私だって、姉さまたちに褒めて貰いたい。誰かの役に立って頼られてみたい。

 ユリアと同じ事をしても、ダメだと思った。どんな事だってユリアの方が私よりも上手にできるのだ。

 ユリアがやらない事をやろうと思ったのは、十六歳の時、一人立ちした直後の事だった。

 巫女としての勤めに限らずなんだってやってみた。ティベリーナ島に通って、体調の優れない人たちと気晴らしに何気ない話をしたり、子猫を拾ったり、参拝者の悩みごとを聞いたり、困っていそうな人に声をかけたり。そんな事を数え切れないほどやってみた。その結果、見習いの時よりもたくさん叱られるようになったけれど、時には褒められる事もあった。

 圧倒的に叱られる事の方が多いけれど、ユリアのやらない事をやる。というのは、丸五年を過ぎて六年目にもなれば、もう私の癖になっていた。

 褒められるのは嬉しい。頼って貰えるのは誇らしい。

 ただそれだけの事が、私は何よりも嬉しくて、やめられないのだ。

 やはり私の根本には、ユリアに対しての劣等感だとか、嫉妬心があるのだろう。褒められた事ではないのかもしれない。でも、人の役に立つ事なのだから構わない。と割り切った。

 病気や怪我で気分が沈みがちな人たちが、私と話をして少しでも明るい気分になるのは、良い事だと思う。放っておいたら死んでしまったかもしれない子猫を隠れて飼っても、その子猫にとっては幸いな事だと思う。例え私が悩みごとに対して明確な答えを用意できなくても、誰かに愚痴を聞いて貰って少しでも気が楽になるなら、それは悪い事じゃないと思う。困っている人が誰かに手を差し伸べて貰えるのは、希望が持てて結構な事だと思うのだ。

 それらが下心ありきの偽善的な行いだ。と私自身が思っていても、私が誰かの役に立てる。という事に違いはない。

 私がこんな風になったのは全てユリアのせい。なんて言うつもりはないけれど、一部は間違いなくユリアに原因があると思うのだ。

 こんな事、本人に言えるわけない。言いたくもない。


 彼にこだわる。というのも同じ事だった。

 特別、彼個人にこだわる理由はなかった。すっかり癖になったいつもの事で、困っていそうな人を考えなしに助けようとしただけ。

 彼が不思議な状況で、不思議な格好をした人物ではなく、普通のどこにでも居るローマ人がティベリーナ島の岸に倒れていても、私は助けようとしただろう。

 ただ、私も二十二歳になって、それなりに経験を積んでいて、自分の実力、という物をかなり正確に測れるようになっている。

 良かれと思って行動して、むしろ状況を悪化させた経験は無数にある。そんな時は申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになるし、無力感が際限なしに自分を責める事になるから、二度としないと決心した経験も同じくらいの数、経験がある。

 だから、剣闘大会を中止させようとしたのはやり過ぎだったし、本当に考えなしだった、と自分でもわかっている。私だけで事を納める事はできなかったに違いない。

 ティベリアは考えなしに行動する。と人には言われるけれど、本当にどうにもできそうにない事は、私だってやれない。

 今回の剣闘大会の件は、流石にどうにもできないだろうと、ユリアに止められた時に気がついた。

 悩みごとを聞いたり、猫を拾ったり、困っている人に親切にする。のとは訳が違う。私一人で全ての責任を負えるような小さな規模の話ではない。

 ネロ帝の治世は今まで安定しているけれど、いつ不安定になるか、なんて事は誰にもわかりはしない。ウェスタの巫女を都合よく使う切っ掛けを与えてしまえば、私だけで済む話ではない可能性がある事は私でもわかる。下手をすると、全く謂れのない罪を被せられる可能性だってあるのだ。

 見ないふり、聞こえないふりをするしかない。と私が本当に諦めた時に、彼は処刑人を投げ飛ばし、グラディウスを抜き放ってペンテシレイアを救おうと行動した。

 どうしてそんな事ができるのだろう。と不思議に思った。

 彼が助けを求めるように周りを見回すのを見た。

 彼が処刑を求める者たちに怨嗟の声を発しているらしい様子も見た。

 彼が届かないと知りながらも弱々しく伸ばした右腕は、きっとペンテシレイアを救いたいという思いの表れだった。

 それは無理だと、救う事はできないと彼自身が痛感している事は、彼の表情を見れば痛いほど伝わってきた。

 仕方のない事だと思う。人には、できない事がある。

 できるかもしれない。と思う事すらできない事は確かに存在する。あれはそういうものだった。

 それなのに、彼は行動した。

 彼はできない事を、できないと認めて行動した。

 彼は、あのまま百人の兵士に囲まれて、ペンテシレイアと共に殺されるに違いなかった。彼もそう思っていただろう。

 彼がどれほど強くても、一人で百人に勝てる訳がない。それは彼自身もわかっていたから、助けを求め、周囲に恨みをまき散らし、それでもどうにかできないかと苦悩した。

 自分が死ぬかもしれない。救いたい相手も救えないかもしれない。何も成し遂げられず、無駄死にしてしまうかもしれない。そういう苦悩が絶対にあったはずなのだ。

 それでも、彼は行動したのだ。自分が死んでも構わないから、とりあえずやって見よう。なんだ簡単な事だった。とでも言っているように見えた。

 なんという考えなしだろう。

 彼に比べて、私はどれほど卑屈に知恵を回しているのだろうか。

 そう思った時、心の底から震えが来るのを感じた。

 自分の命の一切を度外視して、戦う覚悟を決めた彼に、私は心底から憧れた。

 彼こそが、私が本当に望んでいる自分の姿に違いなかった。

 彼に死なれては困る。彼と話をしなければならない。彼を助けなければ。

 そう思うと、思わず大声をあげてしまったのだった。

五月三十一日、加筆修正

ここの修正作業に凄まじい時間がかかりました

これもう差し替えじゃん。という突っ込みは無しの方向でお願いします

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