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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第一章 気がつけばローマ
27/122

27t17

 サウロスさんに案内され、屋敷内の応接室に来ても、ユリアは不機嫌そうな表情をしたままだった。


「お掛けになって少々お待ち下さい、ガイウス殿とクィントゥス殿がまだ到着しておりませんので」


 部屋は広々としていて、もしかするとリクトルを十人全員引き連れてきても何も問題が無かったかもしれない。

 私とユリアは、それぞれ一人の護衛をつけ、残りは全員表で待って貰っている。

 勧められるがまま、足の長い丸机を囲むように配置されている椅子に腰かけると、サウロスさんは棚から何かかを持ちだして、目の前の丸机に置いた。


「ガラスの杯?」


 ユリアがそれを見て、胡散臭そうに言った。


「ええ、装飾がなく、できるだけ透明な物が最高です」

「変わった趣味ね、あなたならもっと手の込んだ良い物が手に入れられるんじゃない?」

「派手な物は日用に向きませんし、何より、これならば注がれた中身が見えます。お招きしたお客様に安心して飲み物を飲んでもらおうと言う、ささやかな気づかいですよ。これなら落として割っても惜しくないですしね。私などは、上等な杯を落として割ってしまわないかと気を揉む性分なのですよ」

「金属製の杯を使ったら?」

「あれは金属臭くていけません。せっかくの飲み物を不味くする必要はないでしょう」


 和やかとは決して言えない雰囲気でユリアとサウロスさんが話をしていると、すぐに使用人がガラス製の酒壺を持ってやってきた。


「では、お茶でも飲みながらゆっくり待ちましょう。アマチャと言う物らしいのですが、私はこれにすっかりハマってしまいまして」


 サウロスさんが使用人から酒壺を受け取って、自らアマチャを杯に注ぐ。

 アマチャは澄んだ茶色の飲み物のようだった。


「もちろん毒など入っていませんよ」


 サウロスさんは私たちの正面に座って、率先してアマチャを飲む。


「どうぞ」


 じゃあ私たちも、とユリアと一緒になって杯を手にとる。

 見た目は、少し薄いように見えるけれど、炒った大麦茶と大差ないように見える。

 香りは、なんと表現すべきだろう、草の臭い。だろうか。

 特別、良い香りでもないし、嫌な臭いでもない。

 二人揃ってアマチャを口に含む。

 サウロスさんがにやりと笑った気がした。


「何これ、あっま!」


 ユリアがアマチャを飲み込んで、驚いたように言った。

 私も驚いた。香りからはそんな気配は欠片も無かった。なのに、なぜか甘い。


「ええ、初めて飲んだ方はそうして驚いてくれます」

「う、でも私、これダメかも、後味がなんか」


 悪戯が成功してすっかりにこにこ顔のサウロスさんとは対照的にユリアが微妙な顔をしていた。

 確かに、独特な風味がある。けれど私は結構飲める気がした。


「蜂蜜でも入れたらいいのに」

「蜂蜜は、まだまだ高価ですからねぇ」

「あなた大金持ちなんでしょ?」

「金をせっせと稼ぐのが好きなのですよ、贅沢にお金を使うぐらいなら、商売に使いたいですね」


 どうやらユリアは、サウロスさんに対して丁寧な態度をしない事に決めた様子だった。

 サウロスさんには気を悪くした様子は無いけれど、私は心配になって小さな声で聞いてみた。


「ユリア、言葉使い、それでいいの?」

「だってこの人、ユダヤ人としてじゃなくて、商人として私たちを呼んだんでしょ?だったら良いのよ」


 ユリアは無遠慮に普通の声で答えた。私が小声で聞いた意味が無い。

 商人という存在は、ローマに莫大な利益をもたらす人々なのだが、勤勉にひたすらに利益を求める生き方から、ローマに住む人々から、ローマ市民的でない、と軽視される風潮がある。

 私個人としては、そういう風潮を好ましく思ってはいないけれど、ユリアの態度は、改めるべきだ。と指摘される程乱暴なものでもない。


「その割り切り方は、私も好ましく思います。感情を排して理性的な判断ができる、という証拠だ。ユリア様は商人の才能もお持ちのようですね」

「お世辞は結構よ」


 ユリアはぴしゃりと言い切った。

 サウロスさんは笑顔のままだが、本当は怒っていたりしないだろうかと少しだけ心配になる。

 笑顔を張りつけたサウロスさんと、明らかにピリついた雰囲気を纏ったユリアのお陰で、部屋の空気が重い。部屋の中がにわかに静かになる。

 いや、誰かが話をしている声が部屋の外から聞こえてくる。


「おや、ガイウス殿とクィントゥス殿が参られたようですね」

「何でわかる訳?」

「すぐにお二人にもわかりますよ」


 耳を澄ましてみると、誰かが口論している様な、険悪な雰囲気を感じさせる話声が聞こえてきた。

 声の主は近付いて来ているのか、次第にはっきりと話の内容を聞き取れるようになった。


「だから!お前が阿呆な思いつきをしなければ、ペンテシレイアがあんな危ない目に会わなくて済んだと言っているのだ!」

「ふん!それはさっき謝っただろうに!耄碌したかガイウス!」

「アレが謝罪だったと言うのかクィントゥス!貴様は昔からひねくれた男だったが!年老いていよいよダメになった様だな!」

「なんだと!」

「やろうってのか!」


 すごい剣幕で舌戦を交わしながら、老人と呼ぶには若々しすぎる二人が勢いよく応接室に入ってきた。


「「おい、誰かグラディウスを持ってこい!!」」

「こんな所で剣闘でもやる気ですか、二人ともやめてください」


 サウロスさんが笑顔のまま静かに二人をなだめた。


「ん?おお、ウェスタの巫女様がすでにいらしていたか。これは無様な所をお見せした。ガイウス!貴様のせいだぞ。謝罪せよ」

「無様は貴様の方だクィントゥス!つまらぬ事をうだうだと。お目にかかる光栄に感謝いたします、ウェスタの巫女様。まずは私、ガイウスの感謝の言葉を受け取って頂きたい。あなた様方のお陰で、大切な剣闘士ペンテシレイアを失わずに済みました。心より、お礼申し上げる」

「私からもお礼申し上げる。私のつまらぬ欲が、何も知らない者を危険にさらし、対戦相手であったペンテシレイアも惨い目に合わせる所でした。二人を救ってくださった事、心より感謝いたします」


 二人はぴったり同時に片膝をついて、私とユリアに向かって感謝の言葉を口にした。

 私は二人の豹変ぶりに面食らってしまい、何の反応も出来なかった。

 ユリアは優雅に立ち上がって返礼をしようとしていた。

 私は慌ててユリアの隣に立って動きを合わせる。


「お二人の感謝の言葉を私は嬉しく思います。ですがお二人ともお立ちください。むしろ私たちはお二人に謝らなければなりません。伝統ある対抗戦をあのような形で中止させてしまい、さぞ無念が残ったに違いないでしょう」


 二人はユリアの言葉に従ってすぐに真っ直ぐに立ち上がった。


「良いのです巫女様!謝罪など不要です!貴様もそう思うであろうクィントゥス!」

「おうとも!ガイウスの言う通り!後の事は、そこのサウロスと我々に万事お任せください!今回の事など忘れてしまうような素晴らしい剣闘大会を開催して見せましょう!巫女様方が気に病む事は何一つとしてありません!」


 ガイウスさんとクィントゥスさんはとても息の合った様子で言う。

 さっきまですごい剣幕で口喧嘩をしていたのに、なあ、おう、と遠慮の無い親しげな様子がなんだか微笑ましい。

 言葉を続け、そのまま謝罪しようとしていたに違いないユリアも、二人の様子に押されて言葉を失っている。


「お二人はまるで、ティベリーナ島のイチジクのようですね」


 ユリアが困っている様子だったので、ふと頭によぎった思いを口にした。

 仲の悪かった二本のイチジク。協力して千年も実をつける事を約束された、二つで一つのイチジクの伝説。

 私は、ガイウスさんとクィントゥスさんの関係がぴったり伝説に当てはまる様な気がして、なんだか面白かった。


「聖地のイチジクのようだ、とは光栄なことです」

「確かに、そのように言っていただけるのは望外の喜び」


 二人は本当に嬉しそうにしてくれた。


「「だがお前の所には負けん」」


 すぐに顔を見合わせて厳しい表情で同時に言うものだから、私は笑ってしまいそうになるのを堪えるのが大変だった。


「とりあえず、皆さん座りませんか?今、アマチャを入れますから。ユリア様には果実酒を持って来させましょう」

「ありがとう、ございます」


 ユリアは、微妙な顔をしてサウロスさんにお礼を言って、椅子に座る。


「ん?何をしてる。遠慮してないで入ってこい」


 クィントゥスさんは、椅子に座る直前に、入口の方へ身体を向けて手招きした。

 その先には、恐る恐る、という表現がしっくりくるような様子で部屋の中を覗き込んでいる彼が居た。

六月二日、加筆修正

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