光の玉と騎士④
厨房を借りた葵は腕まくりをする。
用意したのはルーナの実。
ミルカ乳。
ピヨルの卵。
「今日は理央が安心できるように、甘いおやつを作ります」
まずルーナの実を煮詰めて甘い蜜を作る。
次にミルカ乳を鍋で温め、溶いたピヨルの卵と蜜を加えて丁寧に混ぜ合わせた。
「飲み物……ですか?」
料理番の女性が興味深そうに尋ねる。
「いいえ。今日はプリンというお菓子です」
葵は微笑む。
卵液を器に注ぎ、蒸し器代わりの鍋でじっくり火を通していく。
やがて表面がなめらかに固まり、甘い香りがふわりと立ち上った。
「すごい……」
理央が目を輝かせる。
仕上げにルーナの蜜をとろりとかける。
異世界の材料で作った、優しい甘さのプリンだった。
「できたよ、理央」
差し出されたお菓子を、理央は両手で受け取る。
小さなスプーンでひと口すくい――。
「おいしい……!」
ぱっと表情が明るくなった。
もうひと口。
さらにもうひと口。
夢中で食べる姿に、葵の胸のつかえが少し軽くなる。
「プリン、またたべたい」
「もちろん」
理央は嬉しそうに笑った。
異世界へ来てから初めて見せる、心からの笑顔だった。
その様子を見守っていた騎士達も自然と頬を緩める。
「子供があんな顔になるなら、菓子というのも悪くないな」
「確かに」
すると一人の若い騎士が、おそるおそる手を挙げた。
「その……俺たちも食べてみてもいいですか?」
葵は思わず笑う。
「もちろんです」
追加で取り分けられたプリンを受け取り、騎士達は興味津々で見つめた。
「柔らかいな」
「卵料理なのか?」
「甘い匂いがするぞ」
恐る恐るスプーンを入れた騎士がひと口食べる。
次の瞬間、目を丸くした。
「うまい!」
その声に周囲も次々と試食を始める。
「なんだこれは……口の中で溶ける」
「甘いのにくどくないな」
「食後にこんなものがあったら最高じゃないか」
屈強な騎士達が真剣な顔で感想を言い合う姿に、料理番の女性まで笑い出した。
「皆さん、そんなに気に入ったんですか?」
「気に入るも何も、こんな食べ物は初めてだ」
「アオイ殿、これを毎日作れないか?」
「それはさすがに大変ですよ」
葵が苦笑すると、騎士達から残念そうな声が上がる。
和やかな空気が厨房に広がった。
レオンも静かに差し出されたプリンを受け取る。
無言でひと口食べると、その蒼い瞳がわずかに見開かれた。
「……美味いな」
短い言葉だったが、素直な感想だった。
葵は少し照れくさくなりながら頭を下げる。
「ありがとうございます」
レオンは静かに理央を見つめた。
不安で強張っていた小さな肩が、今は少しだけ力を抜いている。
「アオイ」
「はい」
「その菓子は特別なのか?」
葵は首を横に振った。
「いいえ。もっと凝ったものも作れます。でも今日は理央が安心できる味を作りたかったんです」
レオンは短く息を吐いた。
「そうか」
そして珍しく柔らかな声で続ける。
「子供を大事にしているんだな」
「家族ですから」
迷いなく答える葵に、レオンはしばらく何も言わなかった。
やがて理央が駆け寄ってくる。
「あおくん!」
「どうした?」
「ここ、ちょっとだけこわくなくなった!」
その言葉に葵は目を細めた。
帰れる保証はまだない。
未来も分からない。
それでも。
理央が笑ってくれるなら、きっとやっていける。
そう思えた。
こうして。
異世界へ迷い込んだ青年と小さな男の子は。
騎士団長との出会いをきっかけに。
少しずつこの世界で居場所を見つけていくのだった。




