王都の菓子職人②
その頃。
理央はレオンの手を握っていた。
「あおくん、たのしそうだね」
「ああ」
「おともだちできたのかな」
レオンは少しだけ眉をひそめる。
友人。
それならいい。
だが。
なぜだろう。
胸の奥が落ち着かない。
◇◇◇
その日の午後。
ユリウスの工房へ招かれることになった。
「ぜひ意見を聞かせてください」
職人同士の交流だ。
断る理由はない。
工房へ入ると甘い香りが漂っていた。
「すごい……」
葵は思わず感嘆する。
整然と並ぶ道具。
広い厨房。
保存庫。
さすが王都の工房だった。
「こちらをどうぞ」
ユリウスが差し出したのは焼き菓子だった。
果実を練り込んだ生地。
見た目は美しい。
だが。
葵は一口食べて考え込む。
「どうでしょう」
期待と緊張が混じった声。
職人の顔だった。
「美味しいです」
まず正直な感想を言う。
ユリウスがほっとする。
だが葵は続けた。
「ただ……」
「はい」
「果実の香りが少し消えているかもしれません」
そこから二人は夢中になった。
温度。
混ぜ方。
焼成時間。
果実の扱い。
気付けば数時間。
ずっと菓子の話をしていた。
「なるほど!」
「そうか!」
ユリウスの瞳がどんどん輝いていく。
葵も楽しかった。
久しぶりに同業者とこんな話をした。
前世でも職人仲間と語り合う時間は好きだった。
「アオイさん」
「はい?」
「本当に凄いですね」
ユリウスが笑う。
「お会いできてよかった」
その言葉は心からのものだった。
だからこそ。
レオンは余計に面白くない。
◇◇◇
宿へ戻る道。
夕焼けが王都を染めていた。
「今日は楽しかったです」
葵が言う。
「ユリウスさん、すごい人でした」
「そうか」
「勉強になりました」
嬉しそうだった。
本当に。
心から。
「アオイさん」
後ろから声がした。
振り返る。
ユリウスだった。
追いかけてきたらしい。
「これを」
差し出されたのは小さな箱だった。
「?」
「南方の香果です」
箱を開くと淡い金色の果実が入っている。
「祭りで使ってください」
葵は目を輝かせた。
「いいんですか?」
「ぜひ」
職人として使ってほしい。
そんな純粋な好意だった。
「ありがとうございます!」
葵は嬉しそうに頭を下げる。
ユリウスも微笑む。
その光景を見て。
レオンの機嫌は過去最悪だった。
◇◇◇
宿へ戻った後。
理央はベッドの上で首を傾げていた。
「れおんさん」
「なんだ」
「きょうずっとむすっとしてた」
「していない」
「してた」
即答だった。
「おなかすいた?」
「違う」
「ねむい?」
「違う」
「じゃあなんで?」
純粋な疑問。
レオンは答えられない。
代わりに。
理央はぽんと手を叩いた。
「あ!」
「?」
「やきもち!」
部屋が静まり返った。
葵が目を瞬く。
レオンが固まる。
理央だけが得意げだった。
「このまえ、おみせのおねえちゃんがいってた!」
きゃっきゃと笑う。
「れおんさん、やきもちなんだ!」
レオンは人生で初めて、本気で五歳児への対処に困ったのだった。




