看板息子と店の名前①
店の改装は順調に進んでいた。
職人達が出入りし、古かった壁は綺麗に塗り直される。
厨房には新しい調理台が入り、大きな石窯も設置された。
葵は毎日目を輝かせていた。
理想の厨房が少しずつ形になっていく。
パティシエとして、これほど嬉しいことはない。
◇◇◇
「アオイ」
「はい?」
その日もレオンが顔を出した。
すっかり日課のようになっている。
「店の名前は決めたのか」
「店の名前……」
そういえばまだだった。
準備に追われていて考える暇がなかった。
「何か候補はあるのか?」
「うーん……」
葵は腕を組む。
元の店と同じ名前にするか。
それとも新しくするか。
迷っていると。
「ぼく、ある!」
理央が勢いよく手を挙げた。
「え?」
「りおね!」
胸を張る。
「おひさまのおみせ!」
その場が静かになった。
理央は真剣そのものだ。
「おひさま?」
「だって、あおくんのおかし、たべるとみんなにこにこする!」
理央は満面の笑みを浮かべる。
「だから、おひさま!」
葵は思わず目を細めた。
昔の店の名前。
ソレイユ。
太陽という意味だった。
偶然なのか。
それとも姉が見守ってくれているのか。
少しだけ胸が熱くなる。
「いい名前だな」
レオンが言った。
「え?」
「私もそう思う」
珍しく即答だった。
理央は嬉しそうに飛び跳ねる。
「やったー!」
◇◇◇
その日の午後。
葵は新商品の試作を始めた。
用意したのはミエルの実。
そしてノルの実。
甘い香りのする木の実だった。
「まずは実を細かく刻んで……」
誰に説明するでもなく呟きながら作業を進める。
包丁が軽やかな音を立てた。
果実の香りがふわりと広がる。
そこへバター。
果実蜜。
卵。
ラル粉。
順番に混ぜていく。
木べらで優しく合わせる。
生地は柔らかく艶やかだった。
小さな型へ流し込み。
ノルの実を散らす。
そして焼く。
しばらくすると。
店中が甘い香りに包まれた。
「わぁ……」
理央が鼻をひくひくさせる。
「いいにおい」
「もう少しだよ」
焼き上がった菓子は小さな黄金色。
表面は香ばしく。
中はしっとり。
果実の香りがふわりと残る。
「できた」
葵は焼きたてを皿に並べた。
そこへちょうどレオンも顔を出す。
「試作品か」
「はい。味見してもらえますか?」
葵は理央とレオンに菓子を渡した。
理央はぱくりと頬張る。
「おいしい!」
目を輝かせる。
レオンも一口食べて静かに頷いた。
「これは売れるな」
「本当ですか?」
「ああ。甘さも香りも丁度いい」
理央は二つ目に手を伸ばしかけて、葵に苦笑された。
「食べすぎはだめだよ」
「はーい」
素直な返事にレオンもわずかに口元を緩めた。




