第五話
子供達が眠り、漸く静かになった頃、イズとエステルが二人の元へやって来た。バジルとドレイクは帰る機会を逃していた。
「本当にありがとうございました。あの子達のあんな顔を見たのは久方ぶりでございます」
そういって二人は涙を浮かべながら手を合わせる。
「いやまあ、気にするな」
バジルは恥ずかしそうに答えた。するとイズとエステルが衣服を脱ぎ始めたのでドレイクが止めた。
「何してる?」
「私共にはこれくらいしかお礼ができません。名家の方にもこうして恩を返しておりましたので、そうする他ないと……お気に召さなかったのであれば申し訳ありません」
二人は昼間感じた違和感の正体を理解した。
「その名家ってのは、どこの家だ?」
ドレイクが聞いた。
「申し訳ありません」
イズは謝罪を繰り返す。
「このあたりだとフォンド家か」
「どうかお許しください」
ドレイクが問い詰めるとイズとエステルが頭を下げた。
この二人はフォンド家に体を売ることで子供達を支えている。たった一度飯をくれた男達がフォンド家に文句をつけようものなら、その後どうなるか分からない。不安になるのも当然だった。
「俺達は見返りを求めているわけじゃない。あんたらの努力が報われていい頃だと思っただけだ」
バジルは悲しげに言い放った。先ほどの定食屋で温まった何かが崩れた気がした。本当にそんなつもりでやったことではなかった。
イズの頬から涙が零れ落ちると、赤子が泣きだした。
「フォンドにはどれくらい通っていて、いくら貰ってる?」
「三日に一度は。それで食料を少々分けて頂いております」
涙の止まらないイズの代わりにエステルが答えた。
出ていこうとした三人に、せめて一晩屋根のある場所で眠って欲しいとイズが頼んできたので、その日はそのまま孤児院の広間で眠り、翌日三人は赤子を連れて孤児院を出た。
三人は殴る相手を見つけてしまった。だが相手は大陸有数の名家であり、友人であるアーノルドの妻、ゴリアテとも関連が深い。ゴリアテの件がなかったとしても先のことを考えればただ殴って終わりという訳にはいかない。
「脅しとけばいいんじゃないのか?」
「俺達がずっとここにいるわけにもいかんだろ。脅された人間ってのは時間が経てば気が変わる時もある」
バジルの問いにドレイクは思案しながら答えた。
「俺に考えがある。ギルドへ行くぞ」
ギルドの扉を開けると旧知の仲であるラービングがいた。
「BD……さん? ドレイクさんにバジルさん?」
予想していなかった再会にラービングは驚いた。
「ラービングか? 久しぶりだなあ。どっかに新しく支部を作るからって、オールドークから出てって以来か?」
バジルの問いにラービングが答える。
「それがここですよ。もう十年になりますね。こちらへどうぞ」
そう言いながらラービングは三人を応接室へ案内した。
ラービングは優秀だ。三人が冒険者として成立していたのはラービングの尽力が大きかった。依頼者との報酬や日程の調整、目的地までの地図作成など、三人の冒険者としての活動をギルド職員としてよく補助してくれた。
「モントンは寒いでしょう。ここに吹く風は寒さを運んでくるばかり、爽やかな海風が懐かしいです」
ラービングは微笑みながら言った。
「そうだな。ところでちょっと殴りたいやつがいるんだが、どうすれば良いか考えてくれ」
え? とラービングはバジルの発言を瞬時には理解することができなかった。
ドレイクは頭を抱えながら順を追ってラービングに説明した。北部で赤子を拾ってしまったこと。赤子を預けようとした孤児院が貧しく苦しんでいること。そこの管理をしている女がフォンド家に体を売っていること。その対価が割に合っていないこと。
ラービングは話を聞いている間、ずっと違和感が消えなかった。ラービングの知っているバジルとドレイクは唯我独尊をそのまま体現したような人物だった。尤も、名前を持つ竜を討伐した英雄達はこの二人に限らず、そういった性格の者が多かったのではあるが。とにかく今、目の前にいる二人は自分達とは関りのない者のために怒りを覚えているように見える。それが半分は八つ当たりに近いとしても。
「しかし相手はフォンド家。分家とはいえ大陸有数の名家です。いくらお三方といってもおいそれと喧嘩を売れる相手ではありません」
「だからこうして相談してるんだろ? 良い案がないならとりあえずフォンドを潰してから考えるぞ」
バジルの脅迫じみた発言にラービングは懐かしさを感じてしまった。
「バジルさん……仮にあなた方でフォンド家に殴り込んだとしましょう。そのあとはどうなると思いますか?」
ドレイクは頷くが、バジルはいまいち理解出来ていない様子だった。
「フォンド家の悪行を世間に晒して、孤児院が救われますか? チュワモントの王族に掛け合ったら救われますか? 彼女達の僅かばかりの糧をフォンド家が提供しているのは事実です。そして孤児を丸ごと面倒見られるほど、この街もこの国も裕福ではない」
「だったらどうするんだよ。放っておけとでも?」
沈黙。この問いに即答できる人間はこの場にはいない。だが、ここにいない人間が当てにならないわけではない。
「孤児院を俺達の名に連ねたらどうなる?」
「ドレイク、あの嬢ちゃん達を冒険者にするつもりか?」
バジルは目を丸くして聞く。BDは神妙な顔でドレイクを見ていた。ラービングは腕を組んで何かを考え込んでいる。
「違う。俺等は別に冒険者をしろなんて強制されてるわけじゃない。シーリーもメイガンもほとんどギルドの仕事はしてないだろう」
「じゃあ何のためなんだよ」
「俺達に連なるものとしてあの孤児院の名を掲げる。そうすればあの孤児院に手を出したフォンド家は合法で殴れる」
それを聞いたラービングは堪らず噴き出した。
「合法って、ドレイクさん、貴方達は別に法律ではないんですよ」
ラービングはひとしきり笑ったあと、何かを決めたかのように応接室を足早に出ていった。
「おい、俺は本当に意味が分からんぞ」
「要はあの孤児院を〝俺らの誓〟の対象にしてしまうのさ。そうすれば俺達がこの街を出てった後もフォンドは孤児院に手出しできんだろう」
「んん? おお、なるほどな。お前にそんな頭があったとはな。感心感心」
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kindle出版しているアーカー大陸:楔の本編をこれから毎日最後まで公開していきます。
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