第四話
「くそ」
廃墟のような孤児院を出ると二人は呟いた。
ギルドで依頼を受けて、盗賊やら獣やら魔獣やらを退治し報酬を貰い、食って飲む。
気に入らない奴は殴り飛ばした。
金と名声は勝手についてきた。
行きたい所へ行った。
自由だった。
この赤子を拾ってから何かが上手くいかない。気に入らないことがある。だが、誰を殴れば良いのだろう。
二人の思いを代弁するかのように赤子が泣き出した。
「まずは飯だな」
バジルがそう言うと、三人は赤子を連れて城下町の定食屋に向かった。店主と女将の二人とも、看板娘とも顔なじみの店だ。
「肉料理を適当に特盛で七人前。それと、こいつに何か作れないか?」
バジルが亭主に頼む。異常な量の注文であっても亭主が気になったのはそこではなかった。
「こいつって、まだ赤子じゃないですか。冷ました汁物とかでいいですかい?」
「ああ頼む。なるべく栄養がありそうなやつでな」
店主は了承すると手際よく料理を作り始め、その間に女将が籠を覗き込んできた。
「おやまあ、一体どっちの子です? まあ何にしても母親似のようでよかった」
女将はかかかっと気持ちよく笑って言った。
看板娘が外のBDに三人前の半生肉料理を運んで行くと、その後少しして四人前の肉料理が到着する。二人は勢いよく食べ始めた。
二人が食べている間、女将の指示で看板娘は赤子に冷汁を飲ませた。
「なんか後味が悪くなっちまったな」
肉を嚙みながらバジルが言った。
「ああ、赤子から子供になるのがそんなに大変だとは思わなかった」
「あんなに痩せててよ。あいつらこそ年越せんのかよってな」
ドレイクは頷く。
「あいつらが何を食おうとしてたか見たか?」
バジルが訊ねる。
「いや、何なんだ?」
「穀粉の粥ってとこだろうな。見たとこ具は何もないだろう」
「お前、飯には大分詳しいが似合わねえからな」
ドレイクが揶揄う。バジルはこう見えて料理を得意とし、食材にも詳しい。するとバジルは珍しく真顔で話し始めた。
「なあ、柄じゃねえのは分かってるんだが、俺達には十分な金がある。今じゃシーリーやアーノルドのとこの若いのが勝手に金を増やしていってるだろ? 俺の店も繁盛してるようだしよ」
バジルの料理の腕前は確かなもので、初めてそれを食べた仲間達の驚きようといったらなかった。あまりに美味しいので、仲間達はいつでもそれを食べられるようオールドークに店を出すよう勧め、バジルは店を出していた。と言っても従業員にバジルの品の作り方を教えた後の経営はシーリーが引き受けている。
「何が言いたい?」
なんとなく察しながらドレイクは訊ねた。
「あのイズって女が何であそこまでして他人の餓鬼を育てるのか俺には理解できん。だが、あの女が自分よりも餓鬼のために努力しているのは分かる」
「それで?」
ドレイクはバジルの答えを待った。
「そういうやつってのはよ、たまには報われてもいいって話だ」
「回りくどい言い方するんじゃねえよ」
ドレイクが笑いながら了承すると、赤子がきゃっきゃと笑った。
「おい見てみろ、こいつ笑ってるぞ」
店の窓からBDも覗き込んでくる。
泣くか寝るの二択だった赤子に笑うという選択肢が増えた。そして恐らくこの瞬間から、三人の心はこの子に奪われ始めた。
「女将、今晩もう一度来る。旨い飯を食わせたいやつらを十人ばかし連れてくるからとびきりうまい飯を用意しといてくれないか」
食事を終えると女将にそう伝え、夕食分も前払いで支払を済ませておく。
四人はその足で市場へ向かい、保存の効きそうな食材を大量に買い込んだ。そしてもう一度、あの廃墟のような孤児院へ向かった。
「どうしたのですか?」
「また来るといっただろ。それと届け物だ」
バジルが笑いながら言い、BDの背に大量に積み上げられた食材を中に運ぶ。
「これはいったい何です?」
イズは驚いた。
「俺達からの寄付だ。それとな、これから全員で飯を食いに行くぞ」
ドレイクはそう言ってイズとエステル、子供達全員を半ば無理矢理外へ連れ出した。
日が暮れる前に城下町の定食屋へ行くと、店主と女将は約束通りとびきりの料理を用意して待っていた。じゃがいもと肉の腸詰を茹でたもの。様々な野菜と鶏肉を煮込んだもの。ひき肉を捏ねて焼いたもの。魚料理もある。パンもただのパンではなく、中にチーズが入っている。水と牛乳が当然のように全員分ある。食欲を掻き立てる香りに子供達は唾を飲み込み、目を輝かせて料理を楽しんだ。
看板娘は誇らしげに、この料理の食材が一体全体どこからどうやってここへ辿り着いたのか、誇張に誇張を重ね説明し、子供達を大いに楽しませた。
昼間イズにしがみついていた少女のノエルも、くしゃくしゃな笑顔を見せていた。
そんな中、バジルとドレイクに飛び掛かる勢いだったフランシスは隣に座っている目を閉じたままの子供に、料理を食べさせていた。
「フランシス、マットのことは私がやるから大丈夫よ。あなたは好きなものを食べなさい」
「ありがとうフランシス。エステル。僕は大丈夫だから皆好きに食べてよ。こんなに良い匂いは初めてだよ」
マットと呼ばれた少年は盲目のようだった。その光景を見た看板娘が、
「おっと、そうはさせないよ。あたしのお客様にはたっぷりと楽しんでもらわなきゃいけないんだ。そしてそれはこのあたし! このモントン、いやチュワモント王国一の美女であり看板娘。フェティ様のお役目だい」
と言いながらフェティはマットとフランシスの間に強引に入り込み、エステルから匙と小皿をひったくると、てきぱきと料理を取り分けて都度大仰な説明をしながらマットに食べさせた。
イズとエステルは目に涙を浮かべながら食事を楽しんだ。
ドレイクとバジルはその光景を不思議な感じで見守った。体の内側が温かくなるような、何かが満たされるような、言葉では上手く言い表せない気持ちになった。
するとノエルが立ち上がって言った。
「美味しいご飯をありがとう。私はお金がないからお礼に歌うね」
歌いだしたノエルの歌は、大陸に広まる民謡だった。お世辞にも上手いとは言えない。子供の中では上手いほうなのかもしれないが、旅芸人の連れている子の中にはもっと上手に歌う子もいるだろう。けれど少女の歌声は何か心に響くものがあった。店主と女将の心には特に刺さったようで、二人とも目頭を熱くした。看板娘のフェティはノエルが歌い終わると同時に少女を抱きしめて褒めちぎった。
食事が終わって孤児院へ戻る頃にはすっかりBDが主役になっていて彼の背には何人もの子供達が積み重なり、身動きが取れなくなっていた。
「さぁ皆、もう寝る時間よ」
エステルが一人ずつBDから子供を引き剝がし寝室へ連れて行く。ノエルは既にBDの腹元で眠っていたので、エステルはゆっくりとノエルを抱えて寝室へ運んだ。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
kindle出版しているアーカー大陸:楔の本編をこれから毎日最後まで公開していきます。
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