第三話
一行がチュワモント王国の街モントンに到着したのは二日後だった。
ドレイクはギルドの記章を出し門番に見せる。BDの記章は首からぶら下げてある。熊ほどに大きい犬は物珍しくはあるが混乱の原因にはならない。冒険者の中にはダイモンウルフやオーガボア等、大型の獣を相棒とする者達も稀にいる。
「皆さん! 竜種は倒せたんですか?」
モントンの守備隊長ウェイミッドが声を掛けてきた。
「おおよ。当たり前だろうが」
「それにしても竜種をたった三人で討伐とは、相変わらずお強い。でも、お願いですから中で問題を起こさないで下さいよ。この前の酒場の喧嘩だって、後始末に苦労したんですから」
竜種の討伐を正規軍が行う場合、最低でも五十人規模の部隊が必要となる。それでも討伐できる保証もなければ、負傷者が大勢出るのが常であった。それを三人でやってのけることが彼等の強さを証明している。
「悪かったっていっただろうが」
バジルは怒りながら返した。
以前この街にきた際に、バジルは酒場で喧嘩をした。その時たまたま近くにいたウェイミッドが取り計らって、お咎め無しとして貰っていたのだ。
ウェイミッドに見送られながら三人は門を通り街に入る。
ドレイクが街の様子を伺っている間に、バジルは近くにいた露天商の男に声をかけた。
「あんた、この街の乳の出る女に心当たりはないか?」
「いらっしゃ……ええっと、なんですか。娼婦をお探しですか?」
「違う。乳の出る女を探してるんだ」
露天商は困惑している。無理もない、とBDは思った。
「それは娼婦と何が……えっと、人の女房に興味がおありで」
「バカ野郎! 俺がそんな趣味があるように見えるのか!」
バジルの大声で周囲がざわつき始める。そんな目で見られては堪ったものではないとドレイクが間に入った。
「ここに来る途中で赤子を拾ったんだ。誰か乳母になってくれないかと思ってな」
露天商はほっとした様子で胸を撫でおろした。
「そういうことでしたか。それなら孤児院にいかれるのが宜しいかと」
「孤児院? この街にはそんなものがあるのか」
「ええ、ございますよ」
露天商は丁寧に、孤児院までの道を教えてくれた。
「孤児院だとよ、そんなもん王都や首都にしかないんじゃないのか」
バジルは露天商から買った果物を齧りながらぼやく。ドレイクは歩きながら煙草を吸い、気を落ち着かせた。
「別に決まってるわけじゃない。親のいない子供を育てられるほど余裕のあるやつがそういうところに多いだけだ。まあ大抵は自己満足か顕示欲にまみれたやつのする道楽だろうがな」
ドレイクも孤児であった。孤児を引き取って育てる者がそういう者だけではないことを彼自身良く知っている。ただ、そういう者が少ないという現実も知っていた。
「ほーん。まあ今の俺等には助かるわな」
孤児院は街の外れにあった。街並みと外壁の間に建てられた建物は木造で、所々穴が空いている。廃墟だと言われたら、その通りだと思う外観だ。それでも孤児院の周りは丁寧に手入れされており、雑草の類は殆ど生えていない。そのちぐはぐさが、何とも言えない怪しさを醸し出している。
「おい、本当にここかよ」
「そのはずだが……」
「まあいいか、ここまで連れてきたんだ。こいつも感謝してるだろ。扉の前にでも置いていくか」
バジルがそう言ってBDの背から赤子を降ろそうとするとBDが唸りを上げた。温和なBDが怒りを見せたことに二人は驚いた。
「分かった分かった、ちゃんと引き渡すよ」
それに反対するかのように赤子が泣き出した。バジルもBDも無言でドレイクを見つめるが、ドレイクにもどうしていいか分からない。
「何か、御用でしょうか?」
孤児院の扉から声をかけてきたのは小さく細い少女だった。三人が彼女を見るとそれだけで足が震え始めるのではないかと思われた。
「エステル? どうしたの?」
孤児院の扉から女が出てくる。こちらも同じくらい細く、やつれて見えた。身長はエステルと呼ばれた少女より少し大きいくらい、それでも三人にとっては小さい。
「イズ、赤ん坊の鳴き声がしたから出てみたら、この人達が」
「知ってる人?」
「いいえ、知らない人」
そういうとエステルはするりと扉の奥に引っ込んでしまう。
「あー、えっと俺達は」
「俺達は乳の出る女を探してる」
イズとエステル、ドレイクの血の気が引いた。
「あの、娼館をお探しなんですか?」
そう言ったイズの顔をドレイクは恥ずかしさのあまり見ることができなかった。どうして一日に何度もそんな質問をされなければいけないのだ。その怒りはバジルに向けられた。
「何でお前は学習しねえ!」
「何だ? 俺は話が早く進むようにしただけだろうが」
二人は身体が接触しない程度まで近付いて睨み合う。すると、魔物のように大きな犬が二人の間に割って入ってその場を収めた。その背中では赤子が泣いている。現実とは思えない光景に、イズは自分の頬を引っ張って夢ではないと確認してから言葉に出した。
「あの、御用でしたらとりあえず中へどうぞ。外よりは幾分暖が取れますので」
BDの背から赤子を降ろし、ドレイクとバジルは戸惑いながら中へ入った。イズの後ろには小さな少女がしがみついていた。服は見るからに古着で、瘦せていた。奥にあと数名の子供がいたが、皆痩せ細っていた。
昔は何に使われていた建物なのか、とても人が暮らすよう設計されたとは思えない家だった。炊事場でさえ、あとから取って付けたような小さな竈があるくらいだ。
案内された広間は広いが殺風景で、どこからか拾ってきたような大小ばらばらな椅子と、大きいが古い洋卓が置いてあった。暖炉はあるが使われている様には見えない。壁には何も掛かっておらず、それが余計この空間の虚しさを際立たせている。
二階は寝室になっている様だが、客を入れる広間がこれではあまり寝心地は期待できないだろう。
「うちでは今十名ほど子供達の面倒をみておりますが、ご覧の通り質素な暮らしが精一杯なのです」
これを質素と呼ぶには少々無理がある。
「ああまあ、そのようだな」
ドレイクが気まずそうに答えた。
「どうやって飯を食ってる?」
バジルが疑問に思ったことをそのまま口にした。
「名家の方からの寄付金で運営しております。ただ、あくまで善意の寄付ですから……子供達が寝静まったあと、私とエステルが名家の家の手伝いをして給金を頂いております」
バジルとドレイクは何か気に入らない違和感のようなものを感じた。
「どうぞお座り下さい」
イズに座るよう促されてもバジルとドレイクは座らなかった。大きさでいえば座れそうな椅子もあったのだが、二人の体重は見た目以上に重い。ここにある椅子はどれも二人の体重を支えきれる様には見えなかった。
「俺達はいい。椅子を壊しちゃあ悪いからな」
と言いながらドレイクは赤子の入った籠を洋卓に置いた。イズはドレイクの言葉の意味を理解しようと努めたが分からず、少し混乱しながら籠を覗き込んだ。
「まあ、なんて可愛らしい子でしょうか」
籠の中に赤毛の赤子を見つけると、イズは優しい目で見つめながら言った。
「こいつを引き取って欲しい」
「この子のお名前を伺っても?」
「さあなあ、わからん。北部の雪山で拾ってしまった。親は殺されていたから野盗にでも襲われたんだろう」
「そうなんですね……」
親は殺されていたと、当然のように言うドレイクの言葉にイズは心を痛めた。そして赤子の頬を優しく撫でた。
「この子を引き取ることはできます。ただ、これくらいの赤子ですと年を越せるかどうかは分かりません」
「なんだって?」
イズの発言にバジルが驚いて言った。
「乳母を頼めるものもおりませんし、粥や穀粉だけでどこまで持つか、病気になることもございます。このような環境で赤子から子供になれる子はそんなに多くはないのです」
バジルとドレイクが驚きを隠さずイズに詰め寄ると、後にしがみついていた少女が前に出てきた。
「イズ?」
「大丈夫よノエル、この人達は私に怒っているわけじゃないの」
「イズを怒らないで」
今にも泣きだしそうに嗚咽交じりで痩せた少女が言った。その後すぐ少女が泣き出すと、どこから現れたのか十になるかならないかくらいの少年がやってきた。
「お前達、ノエルを泣かせたな! 畜生め、相手になってやる!」
「待て待て、俺達は悪くするつもりはなかったんだ」
「フランシス、誤解なのよ。誰もノエルを虐めてなんかいないわ」
イズというやつれた女に、大きな男二人が詰め寄っている状況は少女にとっては恐怖だったのだろう。少年もただ少女を守ろうとしただけだ。
赤子が再度泣き出すと、イズは優しく抱きかかえてあやした。
「おしめが濡れているようですね。最後に交換したのはいつですか?」
「おしめってのは何だ?」
バジルの問いに、イズの顔が引きつった。
「エステル、お湯を用意してくれるかしら。この子のお尻を綺麗にしないと。私は替えのおしめを用意してくるわね」
気まずい空気を切り替えるように、エステルとイズがきびきびと動く。
「お湯を沸かすなら手伝おう」
エステルが火打石を使っているのを見たバジルが声をかける。今時火を起こすのに火打石を使っている者がいるとは思わなかった。ドレイクでさえ煙草につける火くらいなら自分で起こせるというのに。最後に火打石を見たのはいつだったか。確かクリスと共に初めて冒険に出た日の夜だ。一切の自己マナを持たないクリスは火打石を持参していて、皆で揶揄ったものだ。あれからどれほどの月日が流れただろう。シーリーとメイガンの開発した汎用構造術式が普及してから火打石を使用する者はさらに減ったはずだ。
そんな過去を頭によぎらせながらバジルは手を翳して火というよりは炎を起こす。バジルの起こした炎にエステルは少し驚いたあと、目を輝かせて褒めてきた。先ほどまでバジルを睨みつけていた少年も、炎が巻き起こった瞬間、気になって仕方ないという反応を見せた。
その傍らで肩身の狭くなったドレイクは懐から煙草を取り出した。
「煙草は外で吸って下さい」
するとドレイクにエステルがぴしゃりと言った。
「お、おう。なんでだ?」
「赤ちゃんや幼い子の中にはその煙で咳が止まらなくなってしまう子がいるんです。亡くなってしまうこともあるんですよ」
この細い少女のどこからこれだけの声が出てくるのかとドレイクは不思議に思った。
「分かった。悪かった。ここじゃ吸わねえよ」
気を紛らわせたかっただけなのに余計気まずくなってしまった。
エステルが用意したぬるま湯に布を湿らせ、赤子のお尻を綺麗に拭いていく。バジルとドレイクはその匂いに鼻をつまんだ。その後イズがおしめを取り替えると赤子は眠りについた。
「あんたらは何のために子供の面倒を見てるんだ? 儲かってるようにも見えないが」
ドレイクがイズに訊ねた。
「私もエステルも同じように育てて貰いました。誰かがしなければ生きられない者がいるのです。私は私を育ててくれた恩を私なりに返そうと思っています。この通り、日々生きてゆくのがやっとではございますが」
イズが答える。バジルもドレイクも元は孤児である。バジルは竜に、ドレイクはリトルアジアの中では名家といえる一族の元で育てられた。二人の育ての親に共通していることがあるとすればそれは、二人を強く育てたことだろう。この時代を生き抜けるように。自分の道を自分で選択できるように。
「これから食事の用意を致します。よければ召し上がっていきますか?」
イズがドレイクとバジルにそう言うと、ドレイクは断った。
「いや、このあと用があるんだ。後でまた来る」
バジルもまた、イズの答えに何かしら思う所があった様で、ドレイクが言うと大人しくついてきた。
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