第二話
AC歴七百四十三年 一月
アーカー大陸北部地域。
北部最大の都市コンスティテューションを中心とした中小規模の都市や街の点在する地域。西にラルゴン帝国。南にはシスバーガリ王国、チュワモント王国、コンパルド共和国と国境を接しているため、アーカー大陸内でも争いの絶えない地域である。
狂竜討伐から十数年。バジル、ドレイク、BDは冒険者として自由な旅を続けていた。
三人は北部に出没した竜種の討伐依頼を受け、それを果たした。
せっかく北部まできたのなら北部最大の都市であるコンスティテューションまで足を伸ばしてみるのもいいだろうと、一行はさらに北を目指していた。コンスティテューションには大きな闘技場もある。そこで少し暴れてみるのも悪くない。
「畜生。吹雪いてきやがった」
「黙って足を動かしとけ」
「だったらそいつを俺にも出せよ。そうしたら黙ってやる」
ドレイクはバジルとBDの周りを漂っている火の玉を羨ましそうに見る。バジルが魔法で産みだした火の玉だ。
「うるせえな、そんなに出してたらマナが尽きちまうだろうが」
火の玉はバジルの術で産みだしたものだ。炎の熱はバジルの体を温めるのにも役立っている。
「BDには要らないだろ。こいつ毛深いんだから」
「前が見えねえと困るだろうが。なあBD」
前を行くBDが振り返る。その顔は少し困っていた。熊ほどの体格と犬の感覚を備えた彼は雪道など造作もない。吹雪で視界が悪くても聴覚と嗅覚で大体の方向はわかる。だからドレイクに譲ることは何の問題もない。ただそれをどう伝えて良いか思案していると、彼は何かの気配を感じ取り、二人に伝えるため吠えた。
BDが吠えると二人は咄嗟に剣の柄に手を合わせ、警戒した。バジルもドレイクも、何も感じ取れてはいない。やがてBDは走り出した。
「何だあいつ、どこ行きやがる」
バジルは火の玉をいくつも産みだし、BDを追いかけさせるがそれよりも早くBDは吹雪の中に姿を消した。
「おいバジル、見失ったぞ」
「こう吹雪いてるとさすがに無理だ」
バジルは火の玉で道標を作ることを諦めた。彼は何でもないように火を扱うが、実際には相当の集中力と技量を必要とする。火の玉に自我はなく、どこにどのように火を生じさせるのかを正確に命令する必要があるからだ。吹雪で不安定な中〝BDにつけた火の玉の軌跡に新たに火の玉を生じさせる〟等はもはや曲芸に近い。
ただそこまでしなくても、BDに何かあるとは到底思えなかった。犬としての身体能力、生まれながらの頭の良さ、そして竜を喰らったことで得た膨大なマナがそれらを底上げしている。竜種を除けば彼は現在この大陸で最も強い生き物と言っても過言ではない。
「いや、俺達が遭難するんじゃないか」
「だとしたら凍え死ぬのはお前だけだ。火を操る方法を教えてくれた母に感謝だな」
「くそったれめ」
BDの遠吠えがこだまする。
「あっちか」
「先に行くぞ」
ドレイクはそういうと雷の如く、あっという間に吹雪の中に消えていった。
「くそ野郎」
バジルは雪をかき分けながら遠吠えの方向に向かう。火力ならともかく、確かに素早さでドレイクには敵わない。とは言え、もはや急ぐ必要も無くなった。BDとドレイク、この二人がいれば少々の野盗や魔物など相手ではない。それはバジルも同様で、何より彼は自分の力で暖をとることができる。BDには分厚い毛皮があるし、ドレイクが凍え死のうと知ったことではない。バジルは悠々と雪をかき分けて進んだ。
猛烈な吹雪は彼等の足跡をあっという間に消してしまう。自分の勘を頼りに遠吠えの聞こえると思われる方角に進むと、思っていたよりも早くBDは見つかった。
吹雪の中で仁王立ちするBD、傍らには一本の木が生えている。その根元には籠があり中には布の包みがあった。BDはこの籠を吹雪から身を挺して守っていた。
「BD、どうしたんだ」
BDは困った顔をした。彼は聡明で人の言葉を理解する。視線で意思疎通が取れるし、体の動きで考えを伝えてくることもある。その彼が困るということは、彼の意思表示では表現ができない複雑な内容ということだ。
バジルは火の玉で周囲を照らす。灯りの元で見るとそれは赤子だった。しかもまだ息がある。
「おいおい、勘弁してくれ」
バジルは思わず呟いた。この吹雪の中、赤子が生きたまま落ちているという経験は初めてだった。
「おーい! BD、バジル、どこだ!」
どこからかドレイクの声がする。バジルが到着した時にドレイクがいなかったのは、どうやら彼が迷ったからの様だ。
BDが再び遠吠えをする。しばらくするとドレイクが凄まじい速さで現れた。
「あ、バジル! てめえなんで俺より先に着いてやが……ってそれ、赤子か?」
「他に何に見えるってんだ」
「可哀相にな。死んだ赤子を連れて旅する余裕はなかったんだろ。いつも通りさっさと焼いてやれよ」
旅の最中に死体を目にすることは多々あった。旅の途中で力尽きた者、病や怪我で置いていかれた者、野盗に殺された者。それらの死体に出くわした時にはバジルの炎で埋葬していた。
「馬鹿、まだ生きてんだよ」
「は?」
ドレイクは目をまん丸にして固まった。
「おう。それで、どうするんだ」
「どうするって、そりゃお前」
バジルとドレイクは顔を見合わせた。生きた赤子を拾ったのは初めてだ。ここに常識人のクリスやシーリー、生まれ変わったエマがいれば相談することもできたかもしれない。バジルやドレイク、メイガンは非常識枠だ。この三人に赤子を預けるくらいなら犬のBDと鷹のシリウスに預けたほうがよほど良い。彼等を知っている者は皆そう言うだろう。
この光景はBDにとって面白いものだった。目を合わせれば喧嘩になる二人がじっと見つめ合って固まっている。
「BD、他に誰かいないのか?」
ドレイクの問いに、BDは視線を木の反対側に向ける。
「ちょっと見てくる」
ドレイクは周囲を探索し、女の死体を見つけた。背中から斬られた傷があり、傍らには籠と、そこから出されたであろう赤く染まった布の包みが落ちている。
「死んでる。まるで誰かに追われてたみたいだな」
女の死体には既に雪が積もりはじめている。軽装で荷物もなく、赤子二人を抱えて逃げてきたのだろうか。野盗だとすれば荷物は奪われたか。
「このご時世とはいえ、赤子まで手にかけるか。反吐が出る」
「おいドレイク! さっさと戻ってこい!」
バジルの怒鳴り声は吹雪の中でもよく通って聞こえた。ドレイクが戻ると、バジルがBDの背中に赤子を括りつけようと藻掻いていた。BDの背中は大きく、赤子は小さい。抱っこ紐のようなものも無く、安全に運ぶには苦労すると思われた。
「お前ら何してるんだ」
「放っとけないだろうが」
「なんだ、急に善人になったのか?」
「別にそうじゃねえが」
バジルは懸命に赤子を固定しようとしながら続けた。
「ここに置いといたら俺等が殺したも同然になんだろうが。それでいいのか?」
「……」
ドレイクは言い返せなかった。その通りだと理解していた。
「くそっ、仕方ねえ。貸せ、俺がやる」
ドレイクは器用にBDの背中に赤子の入った籠を結びつけていった。
「やけに暖かいな」
赤子はその籠ごと温かかった。赤子が発する体温にしてはあまりに温かい。
「保温術式だ。これのおかげで生きてたんだろう」
バジルが答える。
物体の温かさを一定に保つ保温術式、よく食事を運ぶ時等に用いられるその術式が赤子の保護にも応用できるのだと、ドレイクは初めて知った。
「この寒さの中でこの温度を保てるんだ。術をかけた奴はそれなりに魔法が使える奴なんだろうな」
「向こうで女が死んでた。恐らく母親だろうが、同じ籠もあった。その女が掛けたのか」
「さあ、案外名家の隠し子とかそんなのかもな。まあ俺等にはどうでもいいさ」
魔法を扱うために必須なのは自己マナだ。勉学や鍛錬で習得した魔術を使用するためには自己マナを消費する。一般に王族や名家とされる家の出身者は自己マナの保有量が多く、魔術師に向いているとされていた。
「だがあっちの籠には雪が積もっていたぞ」
「だから俺等にはどうでもいいだろうが。さっさと手を動かせ」
二人でBDの背中に籠を括りつけると、ドレイクはBDの背に乗った赤子をもう一度見た。
綺麗な赤毛だ。ドレイクの知る赤毛の家系と言えば、リトルアジア、LAと呼ばれる国のワンドという姓を名乗る者達くらいだ。だがLAはここからずっと南、とてもそこからきたとは思えない。
「ほら、行くぞドレイク。とりあえずモントンにでも戻るか。BD先導しろ」
BD、バジル、ドレイクの並びで最寄りの街モントンへ向かう。コンスティテューションとは逆方向となった。
ドレイクは振り返って女の死体があった方を見た。女一人で赤子を二人も抱えて、彼女は一体何をしていたのだろう。こんな天気だからこそ、野盗と出くわすことはないとでも思ったのだろうか。いや、そんなことを考えても仕方がないとドレイクは分かっていた。
世の中では色々なことが起こる。想像している最悪はいくらでも起こるし、想像以上の最悪など珍しくもない。この世界で生き残るには強くあること、それだけだ。
あの親子には生き抜く力が足りなかったが、一人生き残った赤子をBDが見つけた。せめてそれくらいは運が良かったと思って貰うほかない。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
kindle出版しているアーカー大陸:楔の本編をこれから毎日最後まで公開していきます。
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