第六話
〝復讐の誓〟
狂竜ザハクを討伐した彼等が宣言した声明である。八人の友人達とそれに連なるものに脅威を与えた者に対して、必ず制裁を加えるというものだ。友情の証として掲げたものだが、名前を持つ竜討伐の功績を残した彼等が発したこの声明は御伽噺として広まるのに十分魅力的だった。中には特定の国家に軍人として属する者もいたが、彼等は自ら戦場へ向かっているため対象にはならないとしていた。決闘など、当人が了承している争いもその対象ではない。
バジルはにやりと笑ってBDの頭をわしわしと撫でた。光明が見えたことでBDも満更ではない様子だ。
しばらくしてラービングが戻ってくる。手には何かが書かれた紙と筆と洋墨、額には汗が滲んでいた。
「皆さんに名前を連ねる儀式の様なものはありません。そもそも前例がないどころか、復讐の誓以外になにか決まりがある訳でもありませんからね」
ラービングが彼等の内情をよく知っているのは、彼が生粋の英雄好きだからである。狂竜ザハクが討伐されたのは彼が十八歳の時のことであった。当時彼はオールドークの一職員に過ぎなかった。けれどザハク討伐の報を受けギルドが沸きに沸いたその瞬間から彼は何かに目覚めた。それからラービングはギルド職員の特権を思う存分使い、バジル達の担当をすすんで引き受けた。そうして彼は英雄達の内情を詳しく知る者の一人となっていた。
ラービングは嬉々として紙を机に置いた。文言はこうだ。
〝チュワモント王国モントンの孤児院並びにそこで暮らす者を新たに〝エイトフレンズに連なるもの〟として推薦する〟
「これだけか?」
「ええ、これで十分です」
バジルは首を傾げた。自分達を悩ませるこの状況が、たったこれだけの一文でひっくり返るとは思えない。
「大切なのは文言ではありません。貴方方の署名です」
「成程な。それもそうだ」
ドレイクは満足そうに頷いた。
復讐の誓は、元々変わらぬ友情を願い、友の危機には必ず駆け付けると、そう言う思いで建てた誓だ。それがいつしか抑止力となっていた。だから仲間に加えたいと認めた弟子達が連なるのは自然なことだった。そこに新たな者達を加える。そのために必要なことは何か?
共に苦難に立ち向かい、命を預けあった彼等自身の願いを込めた署名こそが、それを実現するものになるはずだ。
ドレイクは筆を手に取り、墨を着けると拙い手付きで名前を書いた。バジルも続く。
〝ドレイク・ルブラン バジル・オーレリア〟
「BDも書くか?」
念のためにと聞いたドレイクに、BDは目をひん剥いて返す。
「信じられない、だってよ」
「あ……ああ。俺が悪かった」
BDは鼻を鳴らす。そして机の上に右前足を置いた。
「書くのか?」
BDは首を振る。机の上の筆に少し触れ、右前足の肉球をぺろりと舐めた。
「……塗るのか」
墨を塗り終わったBDは神妙な面持ちで肉球を紙に押し付けた。とても大きな肉球が二人の名前に並ぶ。いや大きすぎてただの黒塗りにしか見えないとラービングは思ったが口には出さずにおいた。
〝ドレイク・ルブラン バジル・オーレリア 肉球〟
これであいつらならわかるだろう。この世界に推薦状に肉球を押し付けるものなど他にはいないだろうから。
「はい、ではこれをオールドークに送る手配をしてきます。BDさん、お湯を持ってこさせるのでそのまま手を上げていて貰えますか?」
ラービングは紙を持って応接室を出る。自分が今とても機嫌が良いことを自分でも認識していた。傍目には飛び跳ねているように見えているかもしれない。
「ラービングさん、どうしたんですか?」
「久しぶりに楽しくってね」
ラービングが笑いながら答えると、ギルドの職員は不思議そうな顔をした。
確かに小躍りしながら仕事をする姿はモントンでは見せたことが無い。けれどオールドークにいた頃は毎日がこんな感じだったのだ。モントンに来た頃はそんな毎日に焦がれていた。それがこうして、短い間かもしれないけれど憧れの彼等と仕事ができるのだから人生とは分からないものだ。
紙を小さく丸め、蝋で封をする。粗方の事情を説明した手紙も同封した。
「手紙ですか? どちらへ?」
「オールドークだ。急ぎだから一番早い鳩を使うよ」
「分かりました。用意しますね」
「いやいい、鳩の用意は私がしよう。それよりも応接室にお湯を持って行ってくれないか。大きな桶で頼むよ」
「分かりました」
いつもなら鳩の準備は他の職員に任せている。ラービングにしかできない書類仕事が山ほどあるからだ。だがこの手紙は誰にも渡したくはなかった。
鳩舎でオールドーク行きの鳩のうち最も早い鳩を選び、足の付け根に付いた筒へ手紙を入れる。この鳩がオールドークに着くまで丸二日程。そこから英雄達の署名を集めてこちらに戻ってくるまで七日はかかるだろうか。それまであの三人を押しとどめておくのは骨が折れそうだ。バジルとドレイクは言わずもがな、今回はBDも危うい可能性がある。彼等を抑える役は誰かが果たさなくてはいけない。
ラービングは口元が緩んだ。オールドークにいた頃はこんなことばかりだった。英雄となった彼等には多くの仕事が舞い込んだ。中には礼儀を欠いた依頼も多くあった。報酬が安すぎるもの、彼等でなくても簡単にこなせるもの。様々だ。最も自由な三人にはどうしたって依頼が集まるものだから、それは仕方がない。丁重にお断りして彼等に相応しい依頼を吟味し続けた。
とても疲れる日々だったが、やはりあれは楽しかったのだ。
「ラービングさん」
「なんだい?」
お湯を頼んだはずの職員が鳩舎にやってくる。
「応接室には赤子しかいません。あと、犬の足跡が床にたくさん……」
ラービングの顔が引きつった。
甘かった。ドレイクとバジルの仲裁役はBDだったが、もうすでに彼もあちら側だった。抑え役のラービングが目の前からいなくなれば、彼等が取る行動は一つだ。
「そもそも、七日も待てるはずがなかったなあ」
鳩を外へ出し、オールドークへと旅立たせる。鳩に手紙を運ばせようだなんて、一体誰がこんなことを思いついたのだろう。
今送り出した鳩は、モントンにいる鳩の中でも一番早く持久力がある。とはいえ道中が過酷なことに変わりはない。あの鳩はチュワモントの寒さを超え、グレーリーホールの不毛地帯を掠めるようにしてひたすらに南東へ飛ぶ。
いつもなら、無事に辿り着いてくれと願うのだが、今回ばかりはとにかく早く着いてくれと願わずに居られなかった。
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