第四十一話
その夜遅く、マイクとアンは帝都を出る予定だった。
帝都の門は魔物の侵入を阻むべく、夜間は閉ざされている。けれど商会の輸送が夜間に行われることは少なくなかったので、事前に連絡をしておけば門を開けて貰うことは可能だった。ヴェルナーは夜間に輸送用荷車を出したい旨を伝え、脱出の手筈を整えていた。
衛兵長のべスカ・アランシャには賄賂が通じない。これはヴェルナーが実際に何度か試して分かっていた。だから正攻法で行くことにした。
床を二重底にした荷車を用意し、中にマイクとアンを入れ、その上に穀物を積む。
樽の中にでも入れられれば荷車の改装をする手間が省けたのだが、マイクは大きすぎてとても樽には入れなかった。
夜が明ける頃、帝都より北のいくつかの街で元将軍と元将軍補佐の目撃情報が帝国軍に入る手筈になっている、それで少しでも追手が減れば儲けというもの。
ヴェルナーが馬と荷車を用意し、二人を呼びに二階に上がっている最中、轟音が響いた。
「何事だ」
ヴェルナーは慌てて部屋へ飛び込んだ。
「分からん。誰かが広場で暴れてる……だがこの音は」
「貴方の弟弟子じゃない?」
アンは呆れながら言ったが、その声は嬉し気にも聞こえる。
「だろうな。若さってやつか」
マイクも嫌ではなさそうに言った。
「私が止めてなければ、貴方も同じことをしてたと思うけど。それもまっ昼間から」
アンは笑った。マイクを力づくで止めたことを悪いとは思っていない。けれどそれが正しかったのかどうかは分からない。
今こうして、最早マイクを止めようがないという状況になると何かが吹っ切れていた。
この人を自由にさせてあげられる。自分が鎖になるのではなく、共に戦う槍となれる。
「ヴェルナー、予定通り東門を開けてくれ、出来るだけ門を開けたまま時間を稼いでくれ。俺達は、あの馬鹿共と御師様の首を持って東門に向かう」
「だが……」
到底上手く行くとは思えない。
「頼む」
マイクが頭を下げる。マイクとヴェルナーはどちらかと言えば馬が合わないほうだった。アンが間に入ることで成り立っていた関係だ。マイクは感情で動く生き物で、ヴェルナーは元傭兵らしく合理的だった。
マイクは顔を上げ、ヴェルナーの瞳を真っすぐに見つめる。轟音が響く。
「分かった、やってみよう。表に馬を出しておく。門はなんとかしておくから、お前達は馬でそのまま突っ切れ」
二人は頷いて、それぞれ剣と槍を手に持ち、ヴェルナーの部屋を飛び出した。ヴェルナーも外へ出て、商会の前に緩めに馬を繋ぐと、自分も馬に乗り、荷車を引いて東門へ向かった。
マイクとアンは広場の中央で暴れ回る二人の男を見つけると、帝国兵の包囲網に穴を開けるべく、その中へ切り込んだ。
マイクの大剣の背に空いた穴に爆発が起こり、爆音が轟くと同時に数名の兵が四肢を散らせる。アンの槍は兵の甲冑をいとも簡単に貫く。
「元帝国将軍マイク・オーレリア、助太刀する!」
マイクが大きな声で叫ぶ。
「そこの二人! さっさとこっちへ来なさい!」
アンはフランシスとマットへ叫んだ。
「フランシス行こう!」
「おお!」
二人はマイク達のいる方角へ向けて包囲網の中へ飛び込んだ。
マイクが前に進み、その後ろをアンが守った。フランシスの後はマットが守った。そうして四人は交差した。
「すみません!」
大きな声で謝るフランシスをマイクは見た。良い青年だ。
「今はここを出るのが先だ。この美女について行け。アン、二人を頼む」
美女? とアンは思った。今までマイクがそんなことを言ったことはない。
「貴方は?」
「殿だ」
アンは迷った。すると、
「俺はまだやれます!」
とフランシスが言った。
「煩い! 年上の言うことは黙って聞け」
マイクはぴしゃりと言った。その代わり、年上はやることをやるのだから。
「アン、俺を待たずに二人を連れて逃げてくれ。お前には生きて貰いたい。頼む」
「何を言って――」
「頼む!」
マイクが大きな声で再度頼んでくる。
狡い男だ。なぜここで、こんなに考える時間の無い時に、そんな頼み方をするのだろうか。
「分かったわ」
ちゃんと答えられただろうか。喉が震えて、上手く言えた気がしない。二人を連れて行かなければいけない。アンの頭に師ルールーの言葉が過った。
『惚れた男はなかなか落とせないもんさ』
出会ってからこれまで、それなりに楽しくて、今一歩前に踏み出せなかった。師の言う通りだった。こんなことになるのならもっと早く、正直になっておくべきだった。
「二人共、着いて来なさい!」
アンはマイクと逆の方向へ走り出す。その後をフランシスとマットが追った。三人の後に炎が燃え上がった。
「貴方、馬は乗れる?」
マットの布の巻かれた目を見てアンは聞いた。
「すみません。ちょっと難しいです」
マットは正直に言った。不可能ではないが、馬の速度に立体知覚術式を合わせ続けるのは難しいだろう。
「そう。貴方は?」
「大丈夫ですけど、馬がどこまで持つか。俺重いので」
マイクと同じだとアンは思った。
「分かった。これから馬でここを出る。貴方は私の後に乗りなさい」
三人は走りながら話した。ガドゥ商会の前に馬が何頭か繋がれている。
「貴方はこっち! 貴方はどれでもいいから乗って! 私に着いて来なさい」
轟音が轟く。マイクはまだ戦っている。
マイクはガドゥ商会までの道を塞いでいた。マイクの体で塞ぎ切れない部分は炎を出して塞いだ。
「ちょっと前まで仲間だったんだ。無暗にぶった切りたくは無い。死にたいやつだけ前へ出ろ」
マイクはそう言って、斬りかかってくる者を切っていった。大剣を振り抜いた際に出来る隙を師バジルから受け継いだ〝炎舞〟で埋める。
アンには最後まで思いを伝えられなかった。アンが他の兵の間でも人気があることは知っていたし、もしかすると自分に気があるのではと思ったこともあった。だが友人としての付き合いも長過ぎた。楽しかった。共に大陸統一という夢も追っていた。そこで思いを伝えて、これから先の二人の道がずれてしまうのが怖かった。
だからせめてあいつと、若者達だけはここから逃がす。これからの可能性を与え続ける。今閉ざしはしない。
「なんじゃ。逃げろと言うたろうに」
アンギルダンだ。
「この糞爺め、何故ここにいる?」
マイクはこの状況で笑ってしまった。どうやら天は自分達の味方をしないらしい。
「飲み潰れておったわ。そうしたらほれ、この騒ぎだ。気になって寄ってみたまでのこと」
「そうかい。じゃあ、やるか?」
「いや、お前にはいつだったか借りがあったろう? 酒場で金を借りた。それを返そう」
「俺達に身を隠せと伝えてきただろ。借りはそれで無しなんじゃないか」
「借りってのはなあ坊主。利子を付けて返すものよ」
そう言ってアンギルダンは笑いながらその場を去った。
何にせよ、助かったのは事実。アンギルダンは自分とアンと、ガンスの三人掛かりでやっと追い返した相手だ。今大事なのは時間を稼ぐこと。
安心したのも束の間、マイクを囲む帝国兵の後からガンス・フォーガンスがやってきた。
「陛下に謝罪せねばならんな」
「何故だ?」
マイクはガンスに問う。
「陛下はお前を殺すなと仰った。だが無理だ。お前を相手に加減はできん。加減して勝てるほど俺は強くない」
「そうか。陛下がね。と言うことは俺達を捕まえる指示を出したのはバラバドか。教えてくれ。俺の師を殺したのは陛下の指示か?」
「殿下が襲われ、撃退した。そう聞いている。陛下の望みはお前が知る通り」
マイクはゆっくり頷いてから、
「分かった」
と言って、大剣を構えた。
互いに長く共に戦った仲、手の内は知っている。先ほどまでここにいた老人を相手に命を預け合ったこともある。
マイクの術式を使った一撃をガンスの剣は受けることができない。受ければ刀身事持っていかれることは分かり切っている、だからガンスはなんとかしてマイクに先にあの技を使わせなければならない。ガンスはマイクに真っすぐ突っ込んで炎舞を誘う。その誘いをマイクは受けなかった。大剣を捨て、ガンスに殴り掛かる。
予想外の一撃を顔面に食らったガンスは後ろへ倒れた。
「誰がお前を殺せるかよっ!」
地面に倒れたガンスはマイクのその言葉を聞いて笑みが零れた。そうだ。そういう男だった。だから自分も命を預けられた。
(やり直せるのなら……)
ガンスはそう思いながら立ち上がり、剣を捨てた。
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kindle出版しているアーカー大陸:楔の本編をこれから毎日最後まで公開していきます。
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