第四十話
帝都の広場は連日、英雄バジル・オーレリアの首を一目見ようとする民衆で賑わっていた。首は魔法で腐敗を止められ、討ち取った時のままの姿を保っている。帝国は領民に積極的に首を観覧するよう促し、付近の街や集落の民にも触れ回った。
同時に帝国は戦費の調達に乗り出した。大量に戦時国債を発行し、領民に購入を促した。その金利は著しく低いものであったが、領民はこの戦時国債を競うように買った。英雄を討ち取れる国が負ける理由などない。
帝国は過去に幾度も戦時国債を発行して資金調達をしている。それで得た膨大な資金のほとんどを軍備に注ぎ、領土を確保してきた。占領した土地の権利を債権者に譲り渡し、債権者はその土地の住人から賃料を得るか、帝国軍に編入させて謝礼金を受け取ることができた。返済の実績を証明した帝国の戦時国債は投資として魅力的なものとなり、領民はこぞって国債を買うようになった。
帝国領民にとって戦争は投資の手段にすぎない。帝国がアーカー大陸を支配すれば、債権を買った者は一生安泰だと言っても過言ではない。ましてや負ける理由のない戦争、投資をしないほうがどうかしている。
ヴェルナーの部屋で倒れていたマイクは寝台の上で目を覚ました。
「全く。何をやっとるんだお前達は」
マイクはアンに首を絞められ気を失っていた。広場が騒がしくなったので窓から外を見た二人はそこにバジルの首を見つけた。マイクの顔がみるみる赤くなり、窓から離れていこうとしたのでアンは何も言わずに後から首を絞めたのだと言う。
「だって、話ができる雰囲気じゃなかったんだもの」
「いや、いい。ありがとうアン」
「どういたしまして」
アンは艶冶にそう返した。茶色の髪を短くし、女性らしさを捨てて戦場を生業としているというのに、彼女は多くの男を虜にしている。その理由がよく分かる。
「それじゃあ、帝都におさらばしてオールドークに帰るとしますか。高身長の男共とお別れだ」
「ああ。だがもう少し待て」
「なあに? 陛下にご挨拶でもしてきたほうがいい? 『どうも陛下。マイクの父親みたいだった御師様の首を跳ねて広場に公開までして下さってありがとう』とか?」
ヴェルナーはアンの嫌味を受け流した。この中で一番若い彼女はマイクより感情を抑えることができたかもしれないが、だからといって彼女が冷静なわけではないと分かっていた。
マイクの怒りをアンは静めた。無理矢理にではあるが。一番年上の自分は、せめてアンの怒りくらいは受け止めてやらねばならない。
「お前達は名指しで追われているし顔も割れとる。どこかでお前達を見かけたと嘘の情報を流すから、帝都を出るのはその時にしろ。数日は大人しくしているんだ」
ヴェルナーの言葉に二人は従った。
バジルの首が帝都広場に掲げられたことをオールドークのクリスよりも先に知った者達がいた。
バジルとドレイクの二番弟子、フランシスとマットの二人だ。二人は現在帝国領となっている北部地域を拠点として活動していた。
盲目のマットにシーリーは立体知覚術式を授けたが、それは音の反響を利用して周囲を認識するものであった。それによってマットは不自由のない生活を送ることができてはいたのだが、弱点もあった。雨や吹雪だ。立体知覚術式で周囲を認識するマットにとって雨や雪は、全方向から星の数に等しい矢が射られているも同然だった。マットはこれを克服するべく、あえてこの極寒の厳しい地を拠点として活動していた。
「号外ー号外だよー!」
そう叫びながら紙を売りつけている少年をフランシスが呼び止めた。
「よお。何の情報だ?」
「やあ大きな兄さん。とびっきりの情報だよ。ほっといても明日にはここに何かしら掲示されるだろうけれど、今すぐ知りたきゃ買っておくれよ」
「この商売上手め」
フランシスは笑って言いながら少年にお金を渡した。そこに書かれていた内容はフランシスとマットの足を帝都に向けるのに十分なものだった。フランシスがマットに、バジルの首が帝都に晒されていることを告げると、二人はすぐに帝都へ向かった。この情報が確かだとすれば、まだオールドークには届いていない。そうであれば誰かに聞いたところで無駄だ。確かめるには帝都へ向かうのが一番早い。
帝都へ入るいくつかの門は人で溢れ返っていた。出ていく者も多かったが、中へ入ろうとする者はもっと多かった。宿を取るのは難しいように思えた。
「フランシス、これだけ人が多いと下手に動けないよ。夜まで待とう」
「分かった」
広場の場所を確認したあと、二人はいくつかの宿屋を当たってみたが、予想通りどこも満室であった。既に夕日が昇り始めている。
「セーフハウスに行ってみようか。ここの管理人の人なら詳しい情報を教えてくれるだろうし、泊めてくれるかも」
「そうだな。ここのセーフハウスはどこだったか」
「帝都ならガドゥ商会だね。探してみよう」
フランシスの口数は少なく、マットも無理に話そうとはしなかった。
マットは道行く人にガドゥ商会の場所を訊ねて歩いた。目に布を当てているマットから訊ねられると人々は快く応じた。そしてガドゥ商会へと辿り着き、店の片付けを始めていた従業員へ声をかけた。
「すみません。ヴェルナーさんはいらっしゃいますか?」
「申し訳ありません。ヴェルナーは少し前に出てしまいまして。何か御用であれば言伝を承りましょうか?」
二人が知る由もないことではあるが、ヴェルナーはこの時、マイクとアンの帝都脱出のために動いていた。
「いいえ。大丈夫です。もう日も暮れますから、明日にでも改めることにします」
マットはそう言って、無口なフランシスの所へ戻った。
「今はいないみたいだ。食事でもしようか」
フランシスの覇気のない返事が返ってくる。二人は酒場で時間を潰し、夜が来るのを待った。
バジルの首が掲げられているという帝都広場は日が落ちたあとも賑わっていた。
その首を一目見ようとする者達は後を絶たず、その人だかりを客とした露店も出ていた。
漸く静かになったのは、どこの酒場も閉まった頃。真夜中を過ぎ、あと数刻で太陽が顔を出すという時であった。
そこで二人は師と再会した。
宰相レグスの指示で張り出された声明の横にそれはあった。
バジルの首を確認したフランシスはいよいよ耐えきれなくなり、泣き出した。盲目のマットはフランシスの泣き声で、バジルの死を実感した。
「フランシス……今はだめだ。見られてるみたい」
マットの声はフランシスに届かず、フランシスはその首に手を伸ばす。
「くそっ。本当だった。これは師匠だ。親父だ」
フランシスはバジルの首を抱きながら崩れ落ちた。ぼろぼろと涙が落ちて、バジルの首に当たる。この人が、飢えていた少年時代を救ってくれた。自分だけでなく、モントンの孤児院の皆を救ってくれた。母のようなイズとエステルを救い、弟のようなマットに世界を見せ、妹のようなノエルを笑顔にした。与えて貰うばかりで、まだ何も返せていない。
「フランシス……」
マットにはどうしていいか分からなかった。けれど何者かが自分達に気付いている。こちらへ向かってくる。罠だったのかもしれない。
「お前達! そこで何をしている?」
「すみません。私は目が見えないのですが、どちら様でしょうか?」
「何だお前、めくらか。我々は帝都の守備隊だ。おい、お前! その首に何をしてる!」
言いながらフランシスの肩を掴んだ帝国兵が吹き飛んでいった。フランシスが殴っていた。
「貴様! 何をしたか分かっているのか!」
がちゃがちゃと鎧の擦れる音がいくつもの方向から広場へ向かってくる。二人は囲まれていく。フランシスは囲まれることを気にせず、バジルの首を布で包みながら言った。
「お前らこそ、誰に何をしたか知れ」
布で包んだ首を腰に巻き付けると、フランシスは剣を抜いた。
マットには状況がよく見えていた。四方から帝国兵が駆け付けてくる。この包囲を抜け出すのは容易ではない。というよりは不可能に近い。だったらせめて、最後までこの友人の背中を守らねばならない。フランシスはこれから先の時代に必要な人間だ。彼だけでもここから生きて出られる可能性を探さなければ。
フランシスの大剣は、アイリーンほど巨大ではなかったが、背に空いた穴は師の使う技と同じ術式を連想させた。
フランシスとマットは広場で大暴れした。フランシスの大剣は腰の首の持ち主と同様に背に空いた穴を爆発させ、推力を乗せた一撃で帝国兵を葬った。マットは目に布を当てているというのに帝国兵の剣をするすると躱し稀に帝国兵の視界から一瞬消えて、驚く帝国兵の首にその剣を当てていった。
十人、二十人と帝国兵を葬り、帝都広場に血が広がっていく。
二人が帝国兵を一人葬る間に二人を囲む兵は倍に増えていた。マットは包囲の隙間を探し続けたが、見つけられずにいた。このままではいずれ終わりが見えている……。
フランシスの術式と同じ轟音が広場の奥から響いたのはその時だった。
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kindle出版しているアーカー大陸:楔の本編をこれから毎日最後まで公開していきます。
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