第三十八話
翌日、城で一番大きな会議室に官僚達が集められた。
長い洋卓を囲んで正面にイノスが座り、イノスのすぐ後にバラバドとレグスが控えた。
イノスの左側に文官二十名、右側に武官十八名が座った。武官の席にはアンギルダンとイエイレス、ガンスの姿もあった。武官が二名足りないことにイノスは安堵した。
「皆、よく集まってくれた。まずは礼を言おう」
イノスは話し始めた。
「私は長らくあることを禁じてきた。名前を持つ竜を討伐した者達への干渉だ」
イノスは一呼吸置く。
「それを撤回する。最早我々を阻む者は何もない」
イノスではない誰かがイノスの口を使っているかのように感じた。兄を討ち、皇帝に即位してから幾度もこの感じを味わってきている。
「領土拡大遊撃隊指揮官、前へ出よ」
イエイレスが前に出ると、白い包みが皇帝の前の洋卓に置かれた。イエイレスはその包みを解きながら言った。
「我が遊撃隊はシスバーガリ王国攻略に参加。帰還途中でこの者、バジル・オーレリアより襲撃を受け、これを撃退した」
バジルの首が官僚達の目に晒された。
「我が帝国の有能なる官僚達よ。よく見、よく聞いてくれ。かつての英雄も最早我らの敵ではない。我々は大陸統一を果たすべく、より一層その進軍を早める。そうすることが最後にはこの大陸のためとなり、その先に、争いのない、真に安定した世界があると信じている」
イノスの言葉に、官僚の多くが高揚した。自分達は今、英雄に牙を剥く瞬間に立ち会っている。その瞬間をもたらしたイエイレスに、割れんばかりの拍手喝采を浴びせた。
皆が自分を褒め称えているというのに、イエイレスの心は沈んでいた。分かってしまったのだ、これは父の望みではないと。
遊撃隊の損害や、自分がLAやグレーリーホールで略奪をしたことも公にされないことが彼の心を余計沈ませた。
自身で責任を取ることもできず、父の望んだ未来への道も閉ざしてしまった。
皇族として、息子としてこんなに恥ずべきことはない。挽回せねばならない。イエイレスは前を見据えた。
会議が終わるとラルゴン帝国宰相レグスはすぐに声明を出した。
『ラルゴン帝国領土拡大遊撃隊は狂竜ザハク討伐の功績ある冒険者バジル・オーレリアの襲撃を受けるもこれを撃退。英雄の名は地に落ちた。いまや帝国の敵にあらず』
この文言は帝都で最も広い広場にバジルの首と共に掲げられ、主に商会の所有する伝書鳩を通じて瞬く間に大陸全土に広がった。
同時に、帝国は将軍マイク・オーレリアと将軍補佐アン・ルークウェットを反乱の兆しありとして公表し、その所在を探した。更に占領地域を含めた帝国領土内のギルドの支部の取り潰しも命じた。
ギルドの取り潰しは迅速に行われた。声明を出した当日には帝都内のギルドの施設を差押え、四日後には帝国領内全てのギルドが機能停止に追い込まれた。
職を失った冒険者に対しては帝国の傭兵として雇用する用意があると勧めた。冒険者はギルドを介して領内の魔物討伐を担っており、その代替手段を講じる必要があったためだ。
魔物が出没した地域の住民はギルドではなく帝国軍に魔物討伐を依頼することになった。ギルドを外し、ギルドへ支払っていた分の手数料もそのまま支給することにしたこともあり、冒険者からの反発は小さかった。
帝国領民にとってこの声明は概ね良い知らせとして受け取られた。英雄を討ち取ったという事実は、帝国の力強さを物語っている。この影響を受けた若者達が志願し、帝都の志願者だけで遊撃隊を再編成できる程度の人数が集まることになった。
ヴェルナーは朝早くから城を偵察していた。兵達の動きが騒がしい。何かあったのは間違いないようだ。
太陽が真上に昇る少し前に広場に張り出された声明とバジルの首を確認したヴェルナーは急いでガドゥ商会へ戻っていた。
ヴェルナーの部屋からは広場が良く見える。マイクがそれを見て冷静でいられるかどうか確信が持てなかった。
老いた足は思うように前に出ず、気持ちだけが先走る。
商会執務室には既に従業員がきていたのでヴェルナーは平静を装って挨拶し、すぐに二階へ向かった。
自身の部屋に入るとマイクが倒れていて、その隣にアンが座り込んでいた。
慌ただしくなった会議室を出たイノスは一人執務室にいた。バラバドもガンスも今は手が空かない。
皇帝の執務室は二部屋に分かれている。一つは執務机のある部屋、もう一つは代々の皇帝が、何か重大な判断をするときに使ったとされる思案の間である。思案の間は執務室からのみ出入りができるようになっており、入るには皇帝の位に就いた者だけに受け継がれる鍵が必要だった。前皇帝であるイノスの父はイノスにもタエイノスにも、既にそれを引き継いでいた。
思案の間に窓はなく、覗き見ることすら叶わない。執務室の外には霊峰、眼下には皇帝専用の庭が拵えており、警備兵が巡回している。思案の間がどのような場所なのか、何が行われているのかは入った者しかわからない。
イノスは執務室の鍵を閉め、思案の間の鍵穴にその鍵を差し込んで回した。
思案の間は円形の部屋で、床の一部を切り欠いて下に降りるための螺旋階段が備えられていた。階段は深く続いている。その深い闇の底にイノスは話しかけた。
「君の同種を倒した英雄を一人討ち取った。かの者は緑と青の炎を使ったそうだ」
「……」
「その炎に心当たりはないか?」
返事を待ったが何も返ってこない。ただ深い穴があるだけだ。
「わかった。降りるよ。少し話そう」
イノスは螺旋階段を降りていった。
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