第三十七話
アンギルダンがイノスの執務室へ向かっていた頃、帝国将軍マイク・オーレリアと将軍補佐アン・ルークウェットは酒場で飲んでいた。
「マイク様とアン様でございますね」
布で顔を隠した者、声は男。佇まいからなかなかの手練れに思えた。
「そうだが、誰だ?」
「アンギルダン様配下の者でございます。アンギルダン様より言伝を承って参りました」
正確にはセシルの部下であったが、今回の指示はアンギルダンによるものだった。
「あの爺め、どうせ飲み代の金を貸せとかそういうことだろう」
マイクがアンを見て笑うとアンも笑った。確かにアンギルダンは酒場で金が足りずにマイクに借りたことがあった。その金は返ってきていない。だがアンギルダンは今シスバーガリにいるはず。
「いいえ。ここでは何ですので、どこか静かな場所へ」
そう言って二人を連れて酒場の個室に入ると、アンギルダンの部下は話し出した。
「イエイレス様がバジル・オーレリアを討ちました」
それをマイクは一笑に付した。
「御師様を? ありえんな。殺したって死ぬような人ではない。寿命ならともかく人には殺せん」
「遊撃隊二千を道連れにして逝きました」
「何だと?」
話が現実味を帯びてくる。
「アンギルダン様はお二人に『身を隠せ』と言っております。確かにお伝え致しました」
立ち去ろうとする者の袖をアンが掴んだ。
「待ちなよ。あの爺様は今シスバーガリにいるはず。なんでこんな情報を私達に届けるの?」
「アンギルダン様はこの帝都に戻っております。先ほど着いたばかり。今は皇帝陛下の元へ行っております。何故お二人にお伝えしたのかまでは……」
男も本当に何故二人にこんなことを伝えるのか理解できなかった。
「アン、放してやれ」
使いの者が去るとマイクは黙り込んだ。
「今は考えたってしょうがないよ。情報が足りな過ぎて判断のしようがないもの」
「ああ、そうだな……仮に本当だとして、二千もの兵を倒せたと思うか?」
「普通に考えたら無理だろうね。でもさ、バジル様がいたならBD様も、ドレイク様もいたはずでしょう? 三人ならもしかしたらって思っちゃうよね」
アンは言った。二千の兵を相手にしても三人なら。と、老人達はアンにそう思わせた。
「ヴェルナーのとこに行くか」
二人は店を出てヴェルナーの元へ向かった。
クリスはギルドとしてではなく、エイトフレンズとして各国の主要都市にセーフハウスを置いていた。表向きは商会であることが多く、有事の際には仲間の避難場所や伝令の中継地点にもなり、資金供出などの役割を担う。この帝都にもそれはあった。表向きの名はガドゥ商会。帝国内で食料品を扱う中規模の商会で、帝国内で生産された穀物を国内で流通するほか、輸出も行っている。ヴェルナーはここの管理人だ。二人が商会に入った時、彼は一人で事務作業を行っていた。
「マイクか。あまり不必要にここへ顔を出すな」
「今日は事情が違うんだ。今一人か?」
「今何時だと思ってる? 酒場じゃないんだぞ。もうとっくに店は閉まっとる」
見た目は五十歳を過ぎた頃だろうか、頭頂部が薄くなっている。ヴェルナーは眼鏡を抑え呆れながらそう言った。
「ヴェルナー、奥で話せない?」
アンがそう言うと、ヴェルナーは一度眼鏡を外し掛けなおしてから奥の執務室へ向かった。
ヴェルナーのいた商会入口は主に商談に使われる。その奥に執務室があり昼間は従業員も働いていた。執務室には二階への階段があり、二階は半分が倉庫になっていて、残りはヴェルナーの住む住居となっている。ヴェルナーの部屋からは帝都広場がよく見えた。
「それで、どうしたんだ」
「さっき酒場で飲んでる時に、アンギルダンから使いがきたの。イエイレス殿下にバジル様が殺されたから『身を隠せ』ですって」
ヴェルナーはイエイレスが帰還したことは知っていた。今日の今日だが、彼の帰還は目立つ。
「アンギルダンは今シスバーガリだろう?」
「あの爺も帝都に戻ったと言っていた」
本当だとすればアンギルダンは少数でシスバーガリから戻ってきたのだろうとヴェルナーは思った。
「なるほど……」
ヴェルナーは自身が今持つ情報と二人の情報を擦り合わせる。
グレーリーホールを帝国軍が襲撃した情報はこのセーフハウスにも届いている。アンギルダンは分からないが、イエイレスが帝都に戻ってきたのは確実だ。どちらかがグレーリーホールを襲った可能性が高い。二人ともシスバーガリにいたはずだ。そこからグレーリーホールに向かうためにはチュワモントを経由するか、LAを突っ切るか……。
「アンギルダンの意図は分からんが、その話、有り得るかもしれん」
ヴェルナーは二人に説明した。
「もし帝国軍がLAを突っ切ってグレーリーホールへ向かったのなら、バジル達とぶつかっている可能性は高い。そこからイエイレスもアンギルダンも生きて戻ったと言うのなら、こちらがやられたと言うことになる」
ヴェルナーの話をマイクは黙って聞いた。
「バジル様がやられたとして、私達はどうしたら良いと思う? ヴェルナー」
「まだバジルが死んだと決まったわけじゃない。だが仮にそうだとして動くなら、お前達はもうここから出るな。イエイレスもアンギルダンも戻ったのであれば、明日にでも何か動きがあるだろう。それを確認してからでも遅くはない。その話が嘘であれば、何食わぬ顔をして城に戻れば良い。飲み潰れただの何だので切り抜けられよう」
二人は頷いて、そのままヴェルナーの家で眠りについた。
自分以外の者が執務室を出ていくと、執務室にはイノスとバジルの首と、彼の振るった大剣だけが残った。
「すまない。こういう出会い方を望んでいたわけではないんだ」
イノスは皇帝としてではなく、一人の男として、狂竜ザハクを倒した者に憧れた一人の少年としてバジルに詫びた。
イノスは三十五歳。ザハクが討伐された年に産まれた。彼の少年時代をエイトフレンズの冒険譚が彩っていたことは疑いようがない。年の離れた兄タエイノスもよく話を聞かせてくれた。少年の気持ちが消え切らないイノスは大剣に手を伸ばしてみたが、とても持ち上げられなかった。不思議とそれは嬉しいものであった。
「私の英雄よ。本当にすまない」
もう一度詫びて、首だけの男に頭を下げてからイノスは寝室へ向かった。
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