第三十五話
アンギルダンが帝都へ辿り着くのにあと十日もかからないと思われた頃、アルファルから一羽の鳩が飛び立ち、オールドークにいるクリス・ロジャースの元へ届けた。
差出人はアルファルのセーフハウス管理人ラービングである。ラービングの字はひどく震えていて、読むことを躊躇させた。
クリスさんへ
アンダーノースでドレイクさんを保護しました。集落は何者かに襲われたようで酷い有様でした。
皆、亡くなっていました。皆さんの遺体は埋葬させて頂きました。
バジルさんは見つからなくて、行方もわかりません。
今のドレイクさんに私達の言葉は届かないようで、とても会話ができる状態ではありません。シーリーさんに診て頂きたいのですが、アルファルまで来て頂けないでしょうか。
ラービング
ただ事実だけを書いた文章は、ラービングの動揺と焦りを色濃く反映していた。
グレーリーホール北部の集落が帝国軍に襲われたことは知っていた。捕虜となって連れ去られた者達が逃げ出してきたことで情報が届いたのだ。その時から不安はあった。
ラービングは〝皆、亡くなっていた〟という。クリスの友人も、友人が愛した娘と子供達も。ラービングは名前を書きたくはなかったのだろう。
クリスは執務室の扉に目を向ける。あの扉を勢いよく開けてバジルが入って来る。その後ろにドレイクが続いて、BDはその背に女の子を乗せている。そんな記憶が思い起こされた。
しっかりしなければいけない。
そう自分に言い聞かせる。クリスは自分の足でシーリーに会いに行き、アルファルへ行って欲しいと頼んだ。
数カ月ぶりに帝都へ戻ったイエイレスは、すぐにウェン・スーを引き連れてイノスの執務室へ向かった。そこに義父イノスの存在を認めると、部下に老人の首と大剣を運んでこさせ、イノスへ報告した。
「愚か者がっ! 彼等に干渉してはならんと伝えておったはず」
イエイレスの報告を聞いたイノスは怒鳴った。
「しかし、この者は我が軍を攻撃してきたのです。反撃するは当然のこと」
「なぜLAへ攻め込んだ? なぜグレーリーホールまで攻めた? なぜ悪戯に戦線を広げた!」
「それは……戦果を上げて貢献しようと……」
イエイレスは心を痛めた。責められたかったわけではない。義父を喜ばせたかった。
「お前の軍が、この者の怒りに触れたことが原因であろうっ! ウェン・スー、答えよ。この者がお前達を襲った原因に心当たりはないか」
「……分かりません」
無い、とは言えなかった。皇帝の目がしっかりと自分を見据えているのがわかる。その目を見て答えられないことが残念だった。
「なぜいけないのです? 大陸統一を果たすならいずれぶつかる相手。それを今やったまでのこと」
イエイレスは声を張り上げた。つもりだったのだが自身が望んだほどには出ていなかった。
「私は、彼等との争いを望んではいなかった。出来ることなら手を取り合いたいと願っていた」
イエイレスはイノスの悲し気な瞳に胸が締め付けられた。そんな目をさせたかったのではないのだ。
「すまない。少し頭に血が上ったようだ。お前にきちんと私の意図を伝えられていなかった私の責任でもある……損害はどれほどだ?」
イエイレスの目が滲むのを見て、イノスは自身を落ち着かせた。どれほど大きくなろうとも息子を泣かせたくはない。
「……残存兵は五百ほどでございます」
そのうち無傷の者は数えるほど。二千五百の兵を失い、残った者も負傷している。意味は同じでもそう言うよりはましだろうと、ウェン・スーはできる限り無難な伝え方をした。
「……」
イノスは顔をしかめた。ウェン・スーの努力は虚しく散った。
「この者の首を一つ取るために、二千の兵が死んだのか……」
イノスはそう言って悲しい目を再度イエイレスに向けると、
「だが、お前が無事で良かった」
と言って、イエイレスの元へ近寄り抱き締めた。抱き締めながらイノスは失われた二千五百の兵と、一人の老人に心の中で謝罪した。
イエイレスは激しく後悔した。
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