第三十四話
シスバーガリ王国の南海岸沿にある王都バーガレオンより少し北、シスバーガリの中央に位置する都市ゴレオンに大陸有数の名家フォンドの本家があった。フォンド本家の私設軍と将軍アンギルダン率いる帝国軍との争いは屋敷の前の広大な敷地で行われ、既に勝敗は決していた。
屋敷内の一室にアンギルダンと、副官のセシル・リヴァイアの他、縄に縛られた数名のフォンド兵がいて、その足元にはフォンドの当主、ロバート・フォンドの亡骸が転がっている。
「さっさとやれ。当主を失った俺達には何の価値もないはずだ」
フォンド家が抱えていた精鋭部隊の隊長ションジー・ラズウェルが吐き捨てるように言うと、
「お前達がなかなか強かったので儂の元へ引き抜こうと思ってな」
と、アンギルダンは楽しそうに言った。
彼等は確かに強かった。アンギルダンの振るう巨大な戦斧に吹き飛ばされても尚立ち上がり、剣が折れるまで戦った。剣を失うと盾のみで向かってきた。セシルが当主ロバートの首を持って戦場を治めにくるまで彼等はアンギルダンを存分に楽しませた。
「ふざけているのか? 当主の亡骸を前にして良くもそんなことを」
「いや、ふざけてなどいない。冗談に聞こえたか?」
「七十過ぎの化け物爺が。誰がお前の下になぞつくものか」
ションジーがそう言うと、アンギルダンが大声を上げた。
「儂はまだ六十七だ!」
「六十九です。アンギルダン様」
アンギルダンの大声を気にせず女副官セシル・リヴァイアが添える。
「そうだったか」
セシルに訂正されてアンギルダンは豪快に笑った。
「ふざけたやつらだ。とにかく俺は、俺達は帝国につく気などない。殺すならさっさと殺せ」
「帝国につけとは言っとらん。儂の元へ来いと言っておる」
ションジーもその部下達も首を傾げた。
「儂は戦場があればどこでも良いのよ。別に帝国を相手にしても良い」
「ネイ様が人質になっておりますので、帝国を相手にはできませんよ、アンギルダン様」
ネイ・クレイムはアンギルダンの孫だ。元々コンスティテューションに雇われて帝国軍と戦っていたアンギルダンがコンスティテューションを離脱し帝国軍に入ったのはネイが攫われ、人質となったせいであった。
「そうだな。まあそんなわけで今は帝国についとるが、ここがまぁなんとも、意外と居心地が良くてな」
アンギルダンはネイの名前を聞くと、少し悲しそうな顔をして言った。
「帝国につけと言っているようなものではないか」
「ふむ。そうなるか。では聞くが、フォンドは忠誠を誓うに足る者であったか? 儂にはとてもそうは思えん。フォンドが忠誠を尽くすに足る者であったなら、ここにゴリアテがおったはず。だがおらんではないか。ということはだ、お前を縛っているのは忠誠心ではなく、自身の自尊心であろう」
ションジーが言葉に詰まっているとアンギルダンはさらに続け、
「要は己を負かした相手の下につくのが嫌ってことじゃな」
と言いながらアンギルダンはションジーの目を見た。
ションジーは歯を噛みしめている。
「そこでだ。お前に一つ提案をやろう。儂の見たところお前達はまだまだ見込みがある。儂の元で腕を磨け。そうすればお前達はいつか儂を倒せるやもしれんぞ。強くなれて主の仇も取れて一石二鳥というやつだろうが」
言いながらアンギルダンは豪快に笑った。
「敵を育てるというのか?」
「その通りよ。育ててやるわい。まあ育たんでも儂はどんどん弱くなっていくし、急にころりと死んでしまうかもしれんから、仇を取りたいならさっさと強くならんといかんがな」
「後悔させてやるぞ糞爺」
「させてみてくれ。楽しみにしとる。じゃが、飯時や寝込みを襲うなどつまらんことはしてくれるなよ」
アンギルダンは笑ってションジーの縄を解いた。セシルは咄嗟に剣の柄に手を合わせたが、アンギルダンが手を振って制した。
「問題ない。こいつらは今より強くなってから儂を殺すだろう。今ではない」
セシルはこの老人のやることには大抵賛成できなかった。それでもこの老人は戦果を上げている。北部最大の都市コンスティテューションを落とし、皆と自分の反対を押し切って南部中央から攻め入り、チュワモント王国を落とすと同時にコンパルド共和国も降伏させた。
そして今、シスバーガリ王国の中央まで攻め込みフォンド本家を落とした。
フォンド本家に攻め入る前、領土拡大遊撃隊を帝都へ送り返したのも反対だった。なぜわざわざ戦力を下げる必要があったのか、理解に苦しむ。イエイレス殿下とこの老人の馬が合わなかったのは傍目から見ても明らかだったが、大陸有数の名家との争いの前にわざわざ三千もの兵をなぜ送り返したのか。おかげでこの戦は想像以上に激しいものとなった。自分が当主の首を早々に落としてきたから良かったものの、そうでなければもっと損害が出ていたはずだ。この老人が敵兵力の規模に合わせてこちらの兵力を下げることは多々あって、セシルはその都度理解に苦しんでいた。
縄を解かれたションジーとその部下が困惑していた時、慌ててやってきた伝令がセシルに報告した。
セシルはアンギルダンを別の部屋へ連れて行く。
「アンギルダン様、イエイレス様がエイトフレンズのバジル様を討ち取ったようです」
伝令の報告を自分の中で整理した後、セシルは言った。
「ほお。あの馬鹿息子もなかなかやるではないか。しかし戦線を無駄に広げてくれおったわ。まあ起きてしまったことはやり直しがきかん。グレーリーホールとリトルアジアを同時に相手するのなら、力技だけでなく何か策を練らねばなるまい」
イエイレスが東に向かったことは既に聞いていた。何か余計なことをするのであろうことも想像はしていた。
「遊撃隊はほぼ壊滅に近い状態のようです」
「なに? 馬鹿息子は八人全員とやりあったのか?」
「いえ、バジル様単騎であったとのこと。怪鳥シリウスも姿を見せた様ですが」
「単騎だと……」
それを聞いたアンギルダンはわなわなと震えだし、煙草を口に咥えた。セシルがそれに火をつける。アンギルダンは煙草を一度吸って、ゆっくり煙を吐き出しながら言った。
「こちらの損害は?」
「正確な数は不明ですが、遊撃隊の生存者は五百人もいないようです。二千人は戦死したかと」
二千。
アンギルダンは一人でも百や二百の兵を相手にできる自信がある。しかし二千ともなれば桁が違う。自分に出来るだろうか。二千の兵を前にして、単騎で戦えるだろうか。戦ってみたい。単騎で二千を討ち取ったというバジルと戦いたい。飲み屋の喧嘩ではなく、剣を取って戦いたい。自身の技、今までの経験、それら全てを載せて、命を懸けて戦ってみたい。そんな戦いを想像すると期待で体が震える。だがバジルはもういない。それが悔しくて悔しくて悲しくもある。
(くそっあの馬鹿息子め)
ならば、せめてバジルと同じ条件で戦ってみるのはどうだろうかとアンギルダンは考える。
「単騎で二千を相手にしてみようとお考えであれば、させませんよ」
セシルがアンギルダンの心を読んだように釘を刺す。
「バジル様の首を落としてしまったのです。大人しくしていれば、いずれ他の英雄達と戦うことが出来るでしょう。その前にどこの誰かも分からない下級兵にその首をくれてやるおつもりですか?」
セシルは追い打ちをかけた。
セシルの言う通りだとアンギルダンは思った。が、一度火のついた欲望を抑えるのはなかなかに難しい。シスバーガリ王都攻略はセシルに任せ、自分は千や二千ほどの守備隊がいる街に単騎で突撃できないだろうかとアンギルダンは考える。
そもそも二千もの敵を相手に単騎で戦うなどという考えは想像もしていなかった。そんなものはただの無謀だ。自己マナが多い自分であっても二百も相手にすればマナは底を尽きてしまう。それ以前に体力が持つかどうか。今より若い時であってもそこまでの体力はなかっただろう。
「アンギルダン様。さっきから随分と大人しいですが、私はしばらく貴方から離れるつもりはありませんので、下手なことはさせませんよ」
セシルが再度釘を刺してくる。この副官は頭が良い。感も鋭い。時折こいつは自分の頭の中身を理解しているのではないかと疑ってしまうのも無理はない。
二千の敵を相手に単騎で戦う。とても魅力的だがやはり無謀だ。アンギルダンには無謀だが、バジルはそれをやってのけた。酒場で一度自分がぶちのめしたあの若造が。一度しか吸っていない煙草が落ちた。
「分かっておるわ」
自分が無謀と判断するものをやってのけた者がいる。この事実はアンギルダンの心に燻り続けた。
「一度帝都へ戻られたほうが宜しいのでは。今ならばイエイレス様にも追いつけるかと」
セシルが提案すると、アンギルダンは少し迷った。セシルの意図は分かっている。バジルの首を落としたのだから、帝国は今後の方針を見直さなければならない。イノスは彼等への干渉を禁じていたからだ。方針を見直す場にはどうせ自分が呼ばれるのだから、今向かっておいたほうが話も早く進む。
だが、兵達の士気が上がっている今こそシスバーガリの王都を落とせると言うもの。戦にはその時の風がある。今それはこちらに吹いている。
それに、この女の目的は他にもある。
アンギルダンはエイトフレンズとシスバーガリ王都を秤にかけた。どちらがより自分を楽しませてくれるだろうかと少し考えたあと、
「戻るか」
そう言って、アンギルダンはフォンド本家から撤収した。軍のほとんどをシスバーガリ北部まで撤退させ、アンギルダンとセシルは帝都へ向かった。
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kindle出版しているアーカー大陸:楔の本編をこれから毎日最後まで公開していきます。
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