第三十三話
イエイレス達は負傷者の手当と、被害状況の確認をしていた。捕虜としていた者達は皆いなくなっていたので戦果と言えるのは略奪品と老人の首。そして誰も持てない大剣だけであった。
「ウェン・スー。この者に心当たりはあるか?」
老人の首を指しながらイエイレスが聞いた。
「……殿下。恐らく狂竜を討伐した英雄の一人と思われます。この大剣であればバジル・オーレリアかと」
ウェン・スーが言い難そうに答えた。皇帝イノスは彼等に干渉することを固く禁じていたためである。
「まさか……御伽噺であろうに」
「御伽噺でもなければこの被害は説明できないでしょう」
帝都を出た際、三千いた遊撃隊は今や四百にまでその数を減らしていた。襲った集落で物資を回収している者達が戻ってきたとしても五百になるかどうか。逃げ出した兵もいた。
「皇帝陛下になんと申せば良いのか……」
イエイレスは困り果てた。
「我々から手を出したわけではありません。あくまで撃退したまで」
ウェン・スーは言った。この英雄がここまで追ってきたことに心当たりがないわけではない。だが、今それをこの若い皇太子に伝えた所で何も解決はしない。セム・イムが生きていればあるいは、責任を取らせることも可能だったかもしれないが……。
「殿下、最早正直にお伝えする他ありません。仮にこの者が御伽噺の英雄でなかったとすれば、一体誰にこれだけの被害を出されたのだとなりましょう。であれば、それを討ち取ったとのだとお伝えするほうが良いかと」
そうするほかないと、ウェン・スーは本心から思っていた。
「うむ。そうだな。御伽噺の人物を我々が討ち取った。これは大きな戦果だ」
ウェン・スーはそこまで言った覚えはなかったが、この皇太子がそう捉えるのであればそれで良いと思った。ウェン・スー自身は千人長とはいえども元傭兵。だが、帝国の、皇帝イノスの野望に賛同してもいた。アンギルダンの快進撃を見て勝ち馬に乗ったのだとも思っていたのだが……ウェン・スーの胸に一抹の不安が残った。
「くそ、化け物め」
老人と遊撃隊の争いを驚きの目で見ている者達がここにいた。
「危うく死ぬところだった。おい、お前達無事か?」
「ええ、なんとか」
「まだ少し息苦しいですが」
男二人に女一人、アンギルダンの副官セシル・リヴァイアがイエイレスにつけた監視役だった。彼女はイエイレス率いる遊撃隊が、帝都帰還の指示を受けたにも関わらず東に向かったのを知ると、こうして監視をつけた。監視としてついた彼等も又、バジルの結界に閉じ込められ、窒息死寸前となっていた。
「あの老人は一体何だったの? あの馬鹿でかい鷹も」
「大剣に火を纏い、大きな鷹となれば御伽噺の八人だろうな」
「まさか、と言いたいけれど、この惨状を見れば信じるほかないわね」
「陛下が手を出さなかった理由も頷けると言えよう」
「二人はセシル様の元へ戻ってこのことを報告しろ。ここは既に帝国領、あとは俺一人で大丈夫だ」
男と女は頷いて、その場から消えた。二人の部下が消えると男は深く息を吸って吐いた。監視に着いていただけなのに、死を覚悟した。あともう僅か、あの老人が炎を出し続けていれば、三人共死んでいただろう。LAの小さな集落でダイモンウルフと大きな犬の死体を見た時から嫌な予感はしていた。それでも監視だけの任務であったから楽なものとばかり思っていたのに。まさか、誰とも戦わず、誰にも気付かれずに死ぬかもしれなくなるとは想像もしていなかった。男はもう一度、首のなくなった老人を見て、溜息を吐いた。
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