第二十八話
(捉えた)
バジルはベルシビルからさらに北へ向かって走っていた。疲れを知らないカンダチは、バジルとその大剣を乗せたままでもよく走った。捕虜をたくさん抱えた遊撃隊の最後尾に追いついたバジルは馬から飛び降りて、その馬の尻を叩いた。
カンダチよ。お前の主人を殺めたのはあいつらだ。もしお前にも悔しさがあるのなら、やつらにぶつけてやれ。
バジルとドレイクの乗っていたカンダチの世話をしていたのはカエンだ。彼女自身はBDかレディに乗ることができるので、馬にはあまり乗らなかったが。
尻を叩かれたカンダチは、勢いよく帝国兵に突進していった。
通常の馬でさえ、その足に踏みつけられた人の骨は簡単に砕ける。カンダチはそこらの馬ではない。その足は図太く、体は通常の馬の倍ほど大きい。カンダチに蹴られた帝国兵の骨は砕け、踏まれた者は汚物をまき散らして息絶えた。長く連なった帝国兵がその馬の道であるかのようにカンダチは帝国兵を踏み潰しながら進んでいった。
「貴様! 何者だ!」
馬から降りたバジルの周りを帝国兵が取り囲んだ。剣、槍、盾、その後ろには弓兵と少しの魔術師が見える。彼等の甲冑や剣には血がついており、刃こぼれしている者もいた。
「おい、大丈夫か!」
カンダチに吹き飛ばされて尚、運よく死を免れた者達が地に倒れ呻き声を上げている。
「しっかりしろ、今助けを呼ぶからな!」
倒れている兵士を励ます彼の首をバジルの大剣が飛ばした。
バジルはベルシビルの街でそうしたように、ここでも帝国兵の体を吹き飛ばしていく。
「敵襲! 敵襲!」
良く統制の取れている部隊だ。指揮系統が健全に機能している部隊は強い。
カンダチにあれだけ隊列を乱されたというのに、続々と兵士が集まってくる。幾重にも巡らされた兵士の壁は、バジルをここから逃がさないという決意の表れだ。とても良い。自分から斬られに飛び込んできてくれるのだから。
「こいつ魔術も使うぞ、火の魔術だ!」
「相手は一人だ! 取り囲め!」
一閃。爆音と爆風。人の体がばらばらと宙に舞う。
バジルの炎舞は既に数えきれないくらいの帝国兵を吹き飛ばした。刀身が届いた者は真っ二つになり、届かなかった者はその後にやってくる炎の尾と熱で焼かれた。
「……は?」
あまりの出来事に帝国兵の足が止まり始めた。剣の一振りで人を吹き飛ばすなど、現実味が感じられない。
兵士の壁を割って、一人の男が近づいてくる。他の兵士より一回り大きい身体、装飾の施された赤鎧、腰に下げた幅広の剣。
「おいおい、すげえ爺がいたもんだ」
無造作に切られた髪に無精髭の男だった。鎧は着ているものの腕や足は露出しており、盛り上がった筋肉を見せつけている。
「俺はアプサロム。ラルゴン帝国領土拡大遊撃隊千人長だ。あんたは?」
バジルは答えない。
「だんまりかよ。無口な爺だ」
アプサロムは剣を抜いた。刃こぼれ一つない、持ち主の見た目の割りによく手入れされた剣だった。
「あんた、強いな。この間のでかい犬の時は思い切りやれなかったから消化不良だったんだ」
「でかい犬?」
バジルの中で燻っていた炎が燃え上がる。
「ああ。あんなにでかい犬は初めて見た。ダイモンウルフかと思ったぜ。強かったんだろうが、なーんにもしなくてな」
「……」
「だがあれは正解だった。あいつがその気になってたら俺も勝てたか分からん」
「その犬は、何故抵抗しなかった」
なんでそんなことを聞くんだと、アプサロムは不思議そうにバジルを見た。
「俺達が捕まえたやつの中にご主人様がいたらしくてな。わんころはご主人様のために黙って斬られたって訳だ。とんだ忠犬もいたもんだぜ」
アプサロムは心底不思議そうだった。アプサロムにとって戦う理由は戦いたいからの一言に尽きた。
(BD、お前何故逃げなかった。一度引いて、隙を見て助けだせば良かったじゃないか)
バジルは再びアイリーンを構える。アプサロムも剣を正面に構えた。
「嬉しいぜ、こんな強い奴との決闘は久しぶりだ。誰も手を出すなよ!」
バジルの大剣をアプサロムは受け止めた。アイリーンほどの質量を持った大剣に速度を加えた一撃を受け止められる者は少ない。この千人長の実力は疑う余地がなかった。剣と剣がぶつかる中、爆音が響いてバジルの大剣が振り抜かれた。アプサロムの剣は砕け散り、阻むものがなくなったアイリーンはそのままアプサロムの体を裂いて進んだ。鍛え上げられた身体が真っ二つになる。地に残ったアプサロムの下半身から、血液が噴水の如く飛び散り、バジルの顔を染めていった。
目に血が入ったので、手の甲で拭おうとした瞬間、それが見えた。
娘の死体が血の噴水の先にあった。
「に、逃げろ!」
帝国兵が逃げ出す。隊長格を失うと捕虜の扱いもままならなくなり、捕まっていた女達は好機と見て子供を連れて逃げ出した。捕虜となっていた者達は帝国兵とは別方向に逃げていく。
帝国兵を逃がすつもりはない。だが、確認しなければ。
バジルの鼓動が早まる。血で濡れた大地に娘の、カエンの死体がある。
恐る恐る近づくと、バジルが近づいた分だけカエンの死体が離れていく。夢の中の曖昧な世界のように。
「待ってくれ、カエン」
バジルは戦場と化していたこの場所で目を瞑り、もう一度見る。
やはり、ある。
愛する娘の死体が、アンダーノースの井戸の横に倒れていたあの死体がここにある。
触れることはできないが。確かにこの瞳に映っている。
ドレイクは、カエンの死を受け入れられず壊れてしまった。
自分は何をしていた?
娘が死んだというのに、穴を掘って村人の死体を燃やしていた。
自分も壊れてはいないと証明できるだろうか。
もう既に、壊れているんじゃないだろうか。
頭の中で燃え上がる憎悪の炎は、壊れている証なのかもしれない。ふと、その炎の合間に何かがある気がした。
バジルは目を開き、逃げ出した帝国兵を追いかける。竜を喰らって得た力と鍛錬を怠らなかった脚力が地を蹴ると、逃げ出した帝国兵を簡単に追い越すことができた。
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kindle出版しているアーカー大陸:楔の本編をこれから毎日最後まで公開していきます。
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