第二十六話
ごとん、と一軒の民家から物音がした。生き残りか、死にぞこないか。耳を澄ますと街中に人の気配があった。そのほとんどは甲冑を着た兵士。恐らくは帝国兵。バジルは壊された扉から中に入った。
「誰かいるのか?」
「ああ! ここは俺が見てるから、他のとこを頼むよ」
若い男の声が帰ってくる。バジルは扉を蹴破り奥の部屋に飛び込んだ。
「なっ! 誰だお前」
青い甲冑を着こんだ若い男の手には僅かな金品が握られていた。部屋の片隅に追いやられた寝具、割られた床板、この家の住人が隠していた財産だろう。
「火事場泥棒か、帝国兵か、どっちだ」
「お前、この街の生き残りか!」
バジルの問いには答えずに若い男は剣を抜く。
「いいか、この街はラルゴン帝国領土拡大遊撃隊が占領した! 今すぐ投降しろ!」
すらすらと文言がでてくるのだから怯えているわけではないらしい。帝国兵というのが分かっただけで十分だった。バジルは飛び掛かって男の顔面を殴りつけた。倒れこんだ男の顔に再度拳を叩き込む。殺意を持って人を殴るなど滅多にしない。酒場での喧嘩で人を殺すことがないように。
「何かあったのか?」
背後から声がかかる。彼と同様に若い帝国兵の声だ。
青鎧の帝国兵がバジルの足元に転がる顔の潰れた男を見て驚く。
「リロフ……お前、死んじまってるじゃないか」
そう言って、彼は死体を抱き締めてからそっと床に横たえた後、立ち上がって剣を抜いた。
「弟の仇だ。ぶっ殺してやる!」
「何が仇だ馬鹿野郎!」
仇だと言われたことに無性に腹が立った。お前らこそ、俺の娘の仇だ。バジルは若い帝国兵の剣を左手で弾き返し、右手の拳を叩き込んだ。その一撃で既に絶命していたかもしれないが、倒れこんだ兵の顔面にさらに何発か拳をめり込ませた。
家の外が騒がしくなった。
バジルは家の中で殴り殺した兵の死体を外に投げつけた。すると異変に気付いた帝国兵がわらわらと集まってくる。投げつけられた兵の心配をする者、周りの様子を伺う者、怯える者。怒る者。集まって来る虫は全て潰さねばならない。その集団の中にバジルは大剣を抜いて突進していった。帝国兵も剣を抜き応戦する。
バジルの横に薙いだ一撃で三人の帝国兵が上半身と下半身に別れることになった。下半身はそのまま地面についていたが、上半身は半回転して転げ落ちた。
その様子を見ても怯まなかった者が隙ありと見てバジルに斬りかかる。バジルの振り切った大剣では対応できないと思われた。ところが次の瞬間彼の顔は吹き飛んでいた。バジルは大剣の向きを変えると、剣の背に空いた五つの穴に爆発を起こし、その推力を持って彼の頭に大剣をぶつけた。
この無骨な大剣に切れ味はない。バジルもそれを求めていない。ただ重く、頑丈であれば良い〝炎舞〟という術式に耐えられる頑丈さがあれば。
バジルの大剣アイリーンは帝国兵の体を文字通り甲冑ごと吹き飛ばした。帝国兵は数の利を活かして取り囲んだが、爆発と同時にやってくる異常な剣速の一撃を躱せる者はいなかった。一度爆発の轟音が響けば、次の瞬間には数名の帝国兵の四肢が飛び散った。その剣のあとを炎の尾が引いていて、帝国兵は追撃も叶わなかった。炎の尾が消える頃にはバジルが大勢を立て直していて、再度大剣が振り落とされた。そうして、既に住民の血を十分に吸っていたこの地に帝国兵の血も流れ落ちた。
バジルの息が上がってきたころ、静寂がやってきた。もう誰もバジルに剣を向ける者がいない。
「くそっ」
気付けば脇腹に一本の矢が刺さっていた。あれだけの乱戦の中、矢を射た者がいたらしい。気付いてから痛みがやってきた。矢を引き抜いて投げ捨てる。
地面に残った引きずられた痕を辿って着いた広場は凄惨の一言に尽きた。
屋敷に向かって整然と並べられた死体。首を落とされた者、胸を突かれた者、めった刺しにされた者や無数の切り傷がつけられた者。
屋敷の門には一人の男が括りつけられていた。足元に血だまりができていることから失血死しているように見えた。
死体を見渡すがどれも男性や老人のものばかり。
死体はまだ腐敗してはいなかった。
「おーい」
バジルはぎょっとして辺りを見渡すが声の主の姿は見当たらない。
「こっち、だ。私だ」
恐る恐る屋敷の門を見ると、門に括りつけられた血塗れの男が確かにバジルを見つめていた。
「生きてるのか?」
男の目が少しだけ動いた。
「ああ、なんとかね。このまま終わりかと思っていたら君が来たんだ」
小さくかすれた声。
「今下ろしてやる」
バジルは駆け寄り、男を括りつける縄に手を伸ばす。
「いやいいんだ」
「あ?」
「このままでいい、どうせもう助からないよ」
バジルから見ても、既に救いようはないと思われた。ここにシーリーがいたとしても無理だろう。
「私は、この街の領主だった。この光景は私が招いたんだ。帝国なんて攻めてこないと思っていたんだ。王都は私達には興味がないから、いっそ帝国に寝返ってもいいとさえ思っていた。この街の皆と共に」
縄に伸ばしていたバジルの手が空中で静止した。
「甘かったよ、そんなに甘くはなかったんだ。この広場を見てくれ」
領主に促され、バジルはもう一度広場を見る。
「女も子供も連れ去られて、残った男は街のあちこちで殺されたんだ」
弱っているはずの領主の声がやけにはっきりと聞こえる。今ここで生きている者は二人だけだからだろうか。
「住民達はここに集められて、私の目の前で殺されていった」
バジルの頭の中で何かが燃え上がる。
「皆良い住民だった。悲鳴を上げると私が苦しむからと、懸命に痛みに耐えてくれた。それが……良くなかったんだろうね」
頭の中でごうごうと何かが燃え上がる。
「私はこうして血を流して死ぬ予定だった。最後に君に、英雄に出会えたことはとても嬉しい」
バジルは領主の顔を見た。領主は穏やかな微笑を浮かべていた。
「君のような大男はそうはいない、それも身の丈ほどの大剣を背負った老人なんて。ドレイク・ルブランとBDは一緒じゃないのかい?」
「なんであいつらのことも知ってる?」
「リトルアジアの北の端に身体の大きい老人二人と大きな犬が住んでいる。彼等は孤児院を運営している。この街では常識だよ」
領主は笑う。
「BDは死んだ。ドレイクは知らん」
領主は大きく息を吸い、吐いた。そして遠い目をする。
「そうか、帝国は君達にも手を出したのか」
バジルは歯を噛みしめた。
「知っているかい? 君達の冒険譚は今の子供達にとっては御伽噺なんだ。私達の世代では現実だったというのに」
バジルは領主の顔を覗き込んだ。もうそれほど時間は残されていないだろう、目の輝きが消えかけている。
「奴らは遊撃隊だと名乗っていた。指揮官は皇太子だそうだ」
「ああ」
「ここに残っていたのは物資の回収をするだけの者達だ。本隊は二千はいたと思う」
「ああ……」
それを最後に領主は何も言わなくなった。
バジルは手を翳して領主に火をつけると火球を飛ばして建物にも火をつけ始めた。木造の建物がほとんどだから、燃え広がって街全体を覆うだろう。バジルの炎は熱く強い。放っておいても街を焼き尽くしてくれるはずだ。
火の手はやがて外壁に燃え移り始めた。バジルの火はこの街の建物も家具も生活用品も死体も全て焼き尽くす。もうこの街から何も奪うことはできない。
ベルシビルはバジルの炎に飲み込まれ崩れていく。
バジルの中に燃え上がった何かは憎悪の炎となって、バジル自身をも燃やしていった。
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