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アーカー大陸:楔 活躍するやつほとんどジジババ  作者: 一戸雄基


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第二十五話

 バジルは足跡を辿って馬を走らせた。


 百人規模の鎧を着た人数が歩いた道は他の部分より更に踏み固められている。


 バジルはまだこれが現実なのか判断できずにいた。ほんの少し前まで、カエンと共に生活していたのだ。BDもレディも餓鬼共も元気だった。BDの子供達はカエンに群がっていた。それを失ったとはまだ思えない。


 足跡はアンダーノースから東に続いていた。


 山脈を縫うようにできた細い道と、その沿線に小さな集落が点在している。


 バジルは足跡を辿って、アンダーノースから一番近い小さな集落に入った。とにかく今できることをすることで、現実から目を逸らした。


 石造りの家が十軒もないだろう、その程度の小さな集落だった。山間の小さな平地を開拓したこの集落は四方を険しい山に囲まれている。村に入る南門は焼け落ち、大きな柱の残骸が数本立っているのみだった。


 石灰岩で作られた白い家々は黒い煤で汚れ、樽や木箱など、破壊できる物体は全て破壊され、そこかしこに死体が転がっていた。


「くそっ……グレーリーホールは動かなかったのか」

 集落の死体に兵士と思われるものは無かった。その他の痕跡にも争ったと思われる形跡は無かった。この集落は一方的に蹂躙されたのだろう。出入口が南門のみのこの集落は、そこを抑えられては逃げる場所がない。ましてや相手は帝国軍。抵抗する時間も手段もなかっただろう。


「まさかグレーリーホールが先に落とされたのか」

 この集落を襲撃するには山脈の一本道を通るしかない。その先にはグレーリーホール王国の街、ベルシビルがある。そこには百人程度の守備隊がいたはずだ。


 既に陥落したのか、今も戦っているのか。


 バジルは瓦礫に腰掛け、ため息をついた。


 集落の遺体は男性のものばかりだった。この集落は小さいが、女性がいないわけではなかったはずだ。戦時の軍隊が女性に行う所業は決まっている。おそらくこの集落の女性は帝国軍に連れ去られたのだろう。


 バジルは立ち上がり、集落を回って死体を南門に集める。残っている柱を燃やせば火葬ができるだろう。この一本道はどうせ誰も使わないだろうから、仮に山火事になっても問題はない。簡素な革鎧と大剣が重く感じられた。


 死体を集める作業に段々と腹が立ってくる。何のために正規軍がいるのだと誰かに怒鳴りつけてやりたい気分だ。グレーリーホール軍が責務を果たしていればこの死体達は今も生きていた。リトルアジア軍が責務を果たしていればカエンは死なずに済んだ。カエンもBDもレディも餓鬼共も死なずに済んだのだ。その矛先はバジル自身にも向けられた。


 自分がもっと早くオールドークへ移る決断をしていれば。クリスに促された時、すぐに移っていれば。そう思うと頭の中に小さな火がついた。


 怒り。

 消えることのない怒り。

 頭の中についた火種が内側から何かを燃やしていくような頭痛を伴う怒り。

 目頭は熱くなり、嗚咽することでしか発散できない。

 火種は燃え盛る炎となって、いずれこの頭は燃え落ちてしまうのではないかと思われた。

 この火が着いた原因は分かっている。

 現実を認識しはじめたのだ。

 娘を失った現実を。


 死体を集め終わり、南門の外側に出る。女も金目の物も食料も全て持ち去られた集落は痛々しい。なぜここで死体を集めているのが俺だけなんだ。娘を殺したやつらを追っているのがなぜ俺だけなんだ。あいつがここにいたら、なんの慰めにもならないだろうが憂さ晴らしの喧嘩くらいできただろうに。


 バジルは手を翳して、炎を生み出した。周囲の空気はあっという間に熱され、その熱は集落全体まで及んだ。


 この怒りを、大剣を、炎をぶつけてやりたかった。ドレイクに、グレーリーホールに、リトルアジアに、帝国に。自分に。


 けれど目の前にあるのは住民の死体だけ。


 炎はすぐに南門全体に燃え広がった。


 ぱちぱちと燃える南門を背に、バジルは一本道を北東に向かう。


走っても走っても、灰色の景色は変わらない。帝国軍の足跡は変わらず続いていて、この先にも恐らく死体が山ほどあるのだろう。生き残りは居ないかもしれない、いや、居ないほうがいい。この景色に一人投げ出されるのは残酷だ。


 バジルと大剣を乗せたカンダチは走り続け、グレーリーホール王国の街、ベルシビルに到着した。道中の集落は全滅しており、物資は全て略奪されていてバジルは補給ができなかった。


 ベルシビルは人口千人ほどの小さな街だ。


 これといった産業はないものの、帝国との国境線に位置することで一部の交易商達が立ち寄る場所となっていた。アンダーノースからも近い街で、越冬のための物資を調達しに来るなど馴染みのある街だった。


 拡大主義、覇権主義を唱えるラルゴン帝国との国境線にありながら駐屯している兵が少ないのは地理的な要因がある。グレーリーホール王国の東には帝国と並ぶ大国、ディエイカー王国がある。西にはリトルアジアの一部を挟んでシスバーガリ王国がある。帝国はディエイカー王国と睨み合いをしつつ、虫の息のシスバーガリ王国を接収するという目論見であろうと思われた。


 加えて、グレーリーホール王国は南北を隔てる広大な不毛地帯を抱えていて、王都は南部にあり、東はオールドークに接している。中途半端にグレーリーホール北部を落とせば、ディエイカー王国とオールドークの双方を敵に回すことになる可能性が高い。だからグレーリーホールも自分達が攻められるのはもっと先だと考えていたはずだ。


 結果論にはなるが、帝国軍はグレーリーホールの虚を突いた形になったのだろう。


 街は木で作られた防壁で囲まれており、そのどれもが綺麗なままであった。防壁を壊すまでもなかったということだ。西門は開け放たれており、そこから点々と死体が転がっている。


 バジルは馬から降りて街の中へ入った。


 転がっている死体は全て街の住民のようだった。抵抗しようとした者、背中から斬りつけられた者、路地に追い込まれて殺された者。皆苦悶の表情を浮かべている。


 建物の扉は全て破壊され略奪し尽くされていた。帝国軍のものと思われる足跡と人を引きずったような跡が街の中心部、領主の屋敷前広場へと続いている。住民達の血が地面に嫌というほど染み込んでいた。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


kindle出版しているアーカー大陸:楔の本編をこれから毎日最後まで公開していきます。


少しでも面白いと思っていただけましたら、ページ下部の【ブックマーク】や【☆評価】を押して応援していただけると、本当に嬉しいです!よろしくお願いいたします。

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