第二十四話
AC歴七百六十年
バジルとドレイクがアンダーノースに戻ると、信じられない光景が広がっていた。
集落は焼きつくされ廃墟と化していたのだ。二人はすぐに自分達の家、孤児院へ向かった。焦り、不安、恐怖、それらが二人の鼓動を早め、疲れているわけでもないのに、まるでここまで何日も走り通してきたかのように心臓が唸りを上げた。
「嘘だ! 嘘だろ! おい、おいカエン! BD!」
カエンを見つけたドレイクは飛びついて抱きしめたが、既に息のないことは明白だった。
「おい、なんで動かないんだ? おいおい、冗談はやめてくれ。いつも俺に……いつもみたいにお帰りって言ってくれ」
木造の屋根は無残にも崩れ落ち、その瓦礫の隙間からダイモンウルフの足が生えている。入口だった場所には子供の体が散らばっていた。
「ちくしょうっ、なんで……オールドークに行くって言ってたじゃないか。この依頼が終わったら、くそっくそっくそっ、そうだ、これが終わったら、オールドークに行くんだ、カエンと、皆、皆連れて」
家の横、井戸のある所に打ち捨てられた少女の亡骸を、ドレイクは抱き締めている。
その背中に、英雄と呼ばれた面影は無い。とても小さく、年相応の老人に見えた。
バジルは村を見渡した。死体の一つ一つに面影を見る。それらがどのように殺されたのかを、彼の思考は鮮明に想像して見せた。それでも、娘の死体を直視することだけはできなかった。
体の中、いや、頭の中のどこかで、何かが熱を帯び始めた。それが物理的な熱量を持ってバジルの体を熱し、目頭も熱くしている。
「BD。悪かったな」
井戸の傍らに倒れた熊よりも大きな犬に、バジルはそっと話しかける。
「レディ」
瓦礫から生えたダイモンウルフの足にそう呼びかけるも返事は返ってこない。
BDの毛に触れ、毛についた血が返り血では無いことを確信する。
「ああ、そうか。俺がただいまって言わないからお帰りって言ってくれないんだ。それはそうだ。おかえりが先なんて決まりはないからな」
ドレイクは底抜けに明るく言った。無理矢理笑って見せようとする努力が現れている。彼の瞳は、短剣で丸ごと抉り取ってしまったかのように虚ろになっていた。
「BD、お前……一体何があったんだ」
BDは自身の血で汚れていた。かつて竜を喰らった牙も、爪も、綺麗なままだった。
村を見回すと、崩れた家屋と、その周りで話に花を咲かせていた村人の姿が重なって、どちらが現実か分からなくなる。
BDには数多の傷がつけられていた。剣、槍、矢。そのどれもが致命傷ではなく、いずれも二流以下の筋であった。例え数が多かったとしても、この程度の雑兵に負けるBDではない。
「バジル、カエンは、死んだのか?」
「……」
「苦しまずに死んでくれたかな?」
そんなわけはない。
「そんなわけないよな」
そう言ってドレイクは悲しく笑った。
バジルはBDの検分を続ける。胸のあたりに他より幅広の剣の傷があった。これだ。こいつがBDの心臓を貫いている。これが致命傷になったのだろうが、それなりの手練れであったとしてもBDを相手取れるとは思えない。
「カエン。頼むよ。もう一度、もう一度話をさせてくれ。俺が悪かったのなら謝る。だからもう一度だ。なあカエン」
ドレイクはカエンを抱きしめたまま、動かなくなった。
「ドレイク、この矢は帝国軍のものだ」
バジルは村を散策する。自分の中の何かが燃え広がっていく。一度燃え上がった炎がなかなか消えないように、バジルの中の何かも消えそうにない。
村の惨状に対して、襲撃者の死体は一つも無かった。
「シスバーガリはもう落ちたのか……くそっ。もっと早く出るべきだった」
バジルは背中の大剣を抜き、地面へと叩きつける。叩きつける。叩きつける。
鍛え抜かれた体と、分厚く無骨な大剣、それを振る白髪の老人。この村で動いているのはバジル一人になった。剣の質量と、バジルの膂力に見合わない爆音が村に響き、その度に地面が抉れていく。そうして地面に空いた大穴に、バジルは村人の死体を投げ込んでいく。目に涙が滲んだ。こうなったのは自分のせいかもしれない。
「おい行くぞ。奴らに思い知らせてやる。俺の娘に、餓鬼共に、この村に手を出したことを後悔させてやる」
ドレイクは動かなかった。
「おい、どうしたんだお前。ふざけてるのか?」
バジルは自身の目を疑った。彼の知っているドレイクであれば、こんなことをしたやつらを許してはおかないはずだ。なのに、今の彼は微動だにしない。
もしかしたら、あれはドレイクの皮を被った他人なんじゃないだろうか。ただの長身で体格のいい老人で、バジルの知るドレイクとは別人なんじゃないだろうか。そう思わずにはいられなかった。そう思いたかった。
「……」
バジルが無言で手を穴へ翳すと、死体が燃え上がった。ドレイクは動かない。
「……」
燃え盛る遺体に照らされたドレイクはとても年老いて見えた。この村でも年頭ではあるものの、皺という皺が強調され、虚ろな目と相まって今にも朽ち始めそうである。とても自分と同い年には見えない。
「お前、やっぱり重いな」
バジルはBDを担ぎあげ、孤児院から生えているレディの足の近くまで移動させた。散らばっていた子共達の破片を拾い上げ、BDの周りに並べる。その中にはBDとレディの子も混ざっていた。何人かは瓦礫に埋まっているのだろう。
BDとレディはこの村の守りであった。BDはカエンの父の一人でもある。彼等がいればこの村は安全だと思っていた。
バジルは再び手を翳し、孤児院と遺体に火をつけた。ドレイクの背中が何かを物語っているように見えた。愛する者を不意に失ったとしたら、皆こうなるのだろうか。
今なら、酒も女も剣の握り方も知らない新兵でさえ、あのドレイクを討ち取ることができるだろう。
ドレイクはカエンを離すつもりはない様だった。そしてバジルの行動に一片の興味もない様だった。そんな彼に最早バジルも興味は無かった。村を一周しあらゆる建造物を焼いて回り、そのまま村の外れに向かった。
バジルは大勢の人間が踏み歩いた後を見つけた。これを辿れば追いつけるかもしれない。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
kindle出版しているアーカー大陸:楔の本編をこれから毎日最後まで公開していきます。
少しでも面白いと思っていただけましたら、ページ下部の【ブックマーク】や【☆評価】を押して応援していただけると、本当に嬉しいです!よろしくお願いいたします。




