第二十三話
AC歴七百五十九年
この年、帝国軍はシスバーガリ王国に侵攻を開始し、シスバーガリではフォンド家の私設軍も参戦する大きな戦が始まっていた。いくつもの命が消えていく中、LA北部の小さな集落アンダーノースでは新しい命が産まれていた。
「んん。この子はワイズハート。この子はカインハート。あなたはレディそっくりだからレディハート、略してレーハート! 君は、パパそっくりだからBDハート? ううんビーハートね。それから……君は小さいなあ。んん……君はフィロスハート! 小さくたって賢くなれば問題なし」
ダイモンウルフのレディとBDの間に五匹の子供が産まれ、カエンはそれぞれに名前をつけた。村人達はこの子供達を一目見ようとこぞって集まった。
レディとカエンは今までのことがまるで嘘であったかのように絆を深めていた。今ではBDの背に乗るよりもレディの背に乗っていることのほうが多い。
カエンは五匹の子供にもみくちゃにされながらとても楽しそうにしていた。
そんな中、ドレイクとバジルの孤児院にギルド職員が手紙を届けに来た。クリスからのもので、帝国軍の進行状況が書かれており、オールドークへ来るよう促していた。
「シスバーガリが落ちれば次はLAが戦場になる可能性は高い。クリスの言う通りオールドークに行ったほうがいい」
手紙を読んだドレイクが言う。
「ああ、それは反対しねえよ。ただそんなに急ぐことねえだろ。シスバーガリはまだ持ち堪えてるし、シスバーガリとやりながらLAにも手を出してわざわざ戦線を広げたりしねえだろ、あの親父は。それによ、冬にオールドークまで歩くなんてきついだろう? 俺達だけじゃねえんだから」
ドレイクもそれは理解していた。北部ほどではないとしても、冬の寒さの中、野宿を続けながら何人もの子供達を連れて旅をするのは難しい。
「分かった。それなら冬が明けたらすぐに引っ越しだな。クリスに向こうでの家を探しといて貰おう」
「そうだな。結構気に入ってたんだけどなあここ」
バジルが言うと、ドレイクも頷いた。
冬の終わりが見え始めた頃、二人の元にギルド職員がやってきて言った。
「すみません。チャンパーワットが出たそうでして、皆さんを名指しで依頼がきております」
ギルド職員は二人にそう伝えた。
チャンパーワットは魔物の中でもとても手強い。一般にマナを持たない人間以外の生物を獣、マナを持つ生物を魔物と呼んでいる。竜種はまた別枠としているが、マナを持つという点では竜種も魔物に入るだろう。
魔物の中でも熟練した冒険者数名がかりでなければ討伐できないものの代表格にジェボーダン、ギュスタブ、チャンパーワットの三種があった。竜種を討伐できるバジルとドレイクが二人でかかれば例えこの三種の魔物であっても討伐自体は問題ない。BDがいればさらに容易く討伐できるだろう。が、一人で相手をするとなれば苦戦を強いられる可能性はある。
「こいつでLAの仕事納めにするか。今BDに行かせるのは酷だ」
バジルが言うと、ドレイクは頷いて、
「お前、気を使えるのか?」
と言って笑った。
「カエン、俺達は仕事に行ってくる。戻ったらオールドークへ引っ越すからな。用意しておいてくれ」
家について早々にバジルは言った。カエンはBDの子供達にもみくちゃにされていた。
「え? 二人で行くの? どれくらいかかりそう?」
「一月もかからんさ。寂しいのか?」
「そりゃ寂しいよ。二人とも出かけちゃうなんてそんなになかったし。でも今はこの子達がいるから大丈夫かも」
そう言うカエンの顔を五匹の獣がぺろぺろ舐めた。
「全然大丈夫そう」
「そうか。BDは残るし、レディもいるから心配ないとは思うが、引っ越しの準備はちゃんとしておくんだぞ」
「分かってる分かってる」
本当に分かっているのだろうかとバジルは思ったが、口には出さなかった。
「私も皆もオールドークで暮らすのは結構楽しみにしてるんだ」
大丈夫そうだなとバジルは思い直し、微笑んだ。
「おい、食料買い込んできたからさっさと行くぞ」
買い出しに行っていたドレイクが戻ってきて声を掛けた。
「カエン。すぐ帰ってくるからな」
ドレイクがカエンにそう言うと、カエンはドレイクに飛びついた。
「行ってらっしゃいパレー」
ドレイクをぎゅっと抱き締めてからそう言って手を伸ばし、ドレイクの顔を両手で掴んで自分の顔のあたりまで引き付けると頬に唇をつけた。そうするともう一人の父の機嫌が悪くなることはよく知っている。だから彼女はすぐさまもう一人の父の胸に飛び込んで同じことをした。
「いってらっしゃいパジー。早く帰ってきてね」
カエンはもう十七歳になっていた。子供達は一体どこでこういうことを覚えてくるのだろう。カエンのこういった行動が自分達に向けられているうちはまだ良い。けれど、いずれこの子の愛情が他の誰かに向いてしまうのだろうか。例えばいつかカエンの話していたタイドとかいう男などに。世の中の父親共はどうやってそれに耐えるのだろう。ドレイクとバジルには耐えられる自信がなかった。
二人は馬に乗ってアンダーノースを旅立った。カエンとBDが手を振っているのが見える。オールドークには人が多い。若い男も。二人は魔物のチャンパーワットよりもオールドークでの生活に不安を抱いていた。
二人の乗っている馬はLAで産まれる〝寒立馬〟という特殊な馬だ。通常の馬では二人の、特にバジルとその大剣を合わせた体重を支えることはできない。カンダチは通常の馬よりも手足が図太く、体も大きい。速度こそ他の馬に比べ劣るものの、その力は強く、持久力もある。バジルはこの馬ともっと早くに出会いたかったと思ったほどだ。
五日も走ると目的地に着いたので、二人はチャンパーワットの痕跡を探したが、何も見付けられなかった。こういう時はBDの鼻が頼りだったのだが、今回はいない。
二人は数日かけて小さな集落を巡って情報を集めた。それでもチャンパーワットの情報は得られなかった。
どこかギルドのある大きな街に行くか、一度戻るかで話し合い、戻ることにした。
もしかすると何か大きな勘違いをしていたかもしれない。地図に誤りがあったのかもしれなかった。
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