第二十話
「俺より適任がいる」
アーノルドの暮らす家はノースオールドークの中心にあった。
フランシスとマットはこの家の扉を叩き、アーノルドへ挨拶を済ませると、彼にそう言われた。
「もうすぐ帰って来るだろうから、茶でも飲みながら待とう。あの馬鹿共の話を聞かせてくれ」
そう言われて二人は師であるバジルやドレイクの話をした。アーノルドは豪快に笑いながら二人の話を面白そうに聞いていた。するとそこに美しい女がやってきた。
「夫の友人の弟子がくると聞いていたけれど、貴方達かしら?」
フランシスはゴリアテの美しさに驚いた。
フォンド本家の令嬢であるゴリアテは、彼の知っている女性達とは何かが違っていた。齢は彼の師やアーノルドとそう変わらないはずなのに見た目はどう上に見ても三十ほど。金色に輝く髪の毛を後ろで一本に縛り、腰に剣を差している。服の裾は短く、動きやすい様左右に隙間が空いている。そこから見える白い太ももが目を引く。自身の体型をそのまま表すように丁度よく作られたであろう服は小ぶりな胸を際立たせていた。素肌をこれだけ露出しているというのに彼女には気品や気高さが感じられた。
「はい! バジルの弟子フランシス・オーレリア、その胸お借りしにきました!」
「フランシス、その言い方はちょっと誤解を招きそうだよ。すみません。ドレイクの弟子マットです」
二人の挨拶にアーノルドは自慢気に笑い、ゴリアテは微笑んだ。
翌日、ゴリアテは二人を連れて家を出た。
アーノルドの家から北へ歩くと大きな屋敷が見えてくる。ゴリアテはその屋敷の門を叩いて、中に暮らす住民を呼び出した。
「や、やあ」
と、シーリーが出てきた。フランシスとマットは久しぶりの再会を喜んだ。
「二人に稽古をつけたいの。シリウスの庭を貸してくれるかしら」
この大きな屋敷にはシーリーとメイガンとシリウスが住んでいた。シーリーとメイガンはここで寝食を共にし、延々と術式の研究をしているのだと言う。家の中は様々な書物が溢れ、乱雑していた。
「シ、シリウスは昼間ほとんど、いないから、自由にしていいよ。もし帰ってきたら、挨拶してあげて」
シーリーがどもりながら言った。
巨大な鷹のシリウスが眠りにつける庭は大きかった。シーリーとメイガンの開発した術式を試す場所でもあるのだと言う。
「貴方達の術式については聞いてるわ。とても模擬戦で使用できるものじゃなさそうだから、仮想敵を相手に戦って見せて貰えるかしら。フランシスからお願い」
ゴリアテが言うと、フランシスは素直に剣を抜いて構え、
「いきます!」
と大きな声で言った。
バジルと同様に特注で作られたであろう無骨な大剣。まるで切れ味はいらないと言わんばかりの分厚さ。背中に空いた穴は炎舞のためか。この大剣をまともに受ければゴリアテの剣は折れてしまうだろう。
フランシスは仮想の敵を目の前に想像し、構えた。
大剣を後ろに引いて、横に薙ぐ。振りの大きい初撃は躱される。剣の向きを変えて、もう一度横に斬りつける。
ここだ。
ゴリアテはフランシスの仮想敵に自身を当て込んで考える。自分であれば初撃を躱して様子を見、二回目のこの振り切った隙を狙う。すると、フランシスの大剣の背に空いた穴に爆発が起こり、想像を超える剣速の一撃が隙を狙ったはずのゴリアテへ向かってきた。
これほどか、とゴリアテは目を見開いた。この剣速を初見で逃れることはまず無理だろう。爆破してから回避をしていては間に合わない。それにあの大剣の質量であれば、アーノルドの大楯でもない限り受けることも不可能だ。仮にこの一撃を躱し、懐に飛び込もうとしても剣の跡を追うように炎の尾が引いている。常人であれば火の中に飛び込もうとはしない。自分がまだ将軍であったなら、自軍に是非欲しい人材だった。
「良いわ。次はマット見せてみて」
ゴリアテに言われ、マットが剣を抜いて前に出る。フランシス同様に目の前に仮想の敵を想像し、雷の術式を構築していく。
二歩進んで右に一歩、左に振り向きざま右から切りつける。一連の動作を構築した術式を発動すると、マットの体はゴリアテの視界から消えたかのように見え、次の瞬間には仮想敵に当て込んでいたゴリアテの首が飛んでいた。
ゴリアテはマットの使ったこの術式について考えた。
素晴らしい術だ。汎用性も高い。だがこれは、対人を想定した術としか思えなかった。この術が完成するまでに、どれだけの血が流されたことだろう。この術はどれだけの血を流してきたのだろう。ゴリアテ自身、将軍として軍を率いてコンスティテューションの兵を倒し、血を流してきた。だがそれはゴリアテが一人の人間として軍人として行ったことだ。この術は違う。長い時をかけて紡がれてきたように感じる。でなければ、ここまで完成された術式には至るまい……。
「あの……どうでしょうか?」
マットに言われてゴリアテは我に返った。
背景に闇を感じる術を使うというのに、当の青年は真っ白に見える。彼の師は、どんな環境でこの術を身に着けたのだろうか。何度か顔を合わせた程度のドレイクの顔を思い出すが、彼にも闇のようなものを感じた記憶はない。だとすれば、ドレイクの師がこの術の闇を断ち切ったのだろうか……。
自分がどれだけ考えたところで答えの出るものではないとして、気持ちを切り替えてゴリアテは話した。
「そうね。どちらも素晴らしいわ。正直に言って今のままでも十分通用すると思う。次は木剣で少し手合わせしてみましょうか」
木剣で手合わせをして見ると、ゴリアテは二人に足りないものに気が付いた。鍔迫り合いで自分と拮抗している。それぞれが使う技と、本来の身体能力が釣り合っていない。
「貴方、腕力には自信ある?」
「もちろんですよ! 毎日鍛えてますから」
フランシスが元気に答えた。
「私と腕相撲をしてみましょう」
ゴリアテが提案し、三人は屋敷に入って卓を探した。
卓の上で腕を組む二人。
「本気できていいわよ」
ゴリアテが言うと、少しいいところを見せたいと思っていたフランシスは言われるまでもなく本気を出したのだが、ゴリアテの手を卓に着けることは出来なかった。
「なるほど……貴方達の技は強い。強すぎると言って良いくらい強い。けれど貴方達自身の力が活かしきれていない」
ゴリアテは続けた。
「貴方達の師は、夫もだけど。どちらも肉体が異常なの。狂竜を食べてからそうなったみたいなんだけど。とにかくそのせいもあってマナによる肉体強化を必要としていない。正確には、肉体強化が雑なのね。教えたくても教えられなかったんでしょう。純粋な肉体の腕力でいうとフランシスが十。マットは九、私が八といったところね。私がフランシスに腕力で叶うはずがないの。通常はね。でも自己マナを肉体強化に充てることで、五割は底上げできる。貴方たちは今一割くらいしか強化できていない」
ゴリアテにそう言われ、フランシスとマットはしばらくゴリアテの元で身体強化を学ぶことになった。
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