第十五話
AC歴七百四十三年 八月
「お帰りドレイク、カエンは元気かい?」
ギルド本部の執務室で、クリスはドレイクから依頼の報告を受けていた。
「ああ、飯も食うし、糞もしっかりしてる」
「それは良かった。ちゃんと清潔を保っているかい?」
「当たり前だ」
ドレイク達はどこに行くにもカエンを連れて行った。彼等が傍にいて防げない脅威はないと言っていい。問題は赤子の世話ができるのかどうかだった。彼等を知るものは皆『赤子の世話などできるわけがない』と言った。ところが大方の予想に反して彼等は献身的にカエンの世話をしているようだった。
クリスはドレイクがそわそわしているのに気付いた。
表情は落ち着いているものの貧乏ゆすりが止まらない。
「煙草かい、吸ったらいいよ」
「……いい、部屋の中で吸うのは気が引ける」
クリスは微笑んだ。
「君もいよいよ父親らしくなってきたね。そのまま禁煙すると良い」
ドレイクはしかめ面をしてそっぽを向く。喫煙は彼にとって唯一といっていい娯楽だった。
「しっかりエステルさんの言いつけを守っているようだね」
「なんでそれを知ってる」
一瞬動揺したもののドレイクはすぐに立て直したが、クリスにはお見通しだった。
「ラービングから色々聞いていてね。向こうは順調だそうだよ」
「そうかよ」
「知っているかい? モントンのフォンド邸でまた抜き打ち訓練があったそうだ。今度はゴリアテ・フォンドが指導役だったらしい」
ゴリアテはアーノルドの妻で、シスバーガリ王国にあるフォンド本家の令嬢でもある。アーノルドと出会う前はシスバーガリ王国軍で将軍を努めるほどに剣の腕も確かだった。
ゴリアテが将軍として王国に仕えていた頃、アーノルドは北部地域最大の都市コンスティテューションで雇われ将軍をしていた。互いに敵同士として出会った二人だが、アーノルドの一目惚れによる熱烈な口説き落としと紆余曲折を経て結ばれている。
「彼女の誇りを傷付けてしまったのは失敗だったね」
クリスはデジャルダンに同情した。
AC歴七百四十五年
「全員揃ったね。では、始めてくれ」
この日、各支部のギルドを統括する者達がギルド本部へ集まった。ギルド本部特別顧問となっていたクリスは会議開始を促した。
「はい。昨年ラルゴン帝国の第二皇太子が第一皇太子を討ち、皇帝へ即位したことについては既に皆様へ共有していることでございます」
ギルド本部の若手職員がはきはきと報告する。
「前皇帝は比較的平和主義でしたので、領土拡大には消極的でした。しかしながら今回即位した第二皇太子、失礼。現皇帝イノスは大陸統一を目指すことを公言している様です」
室内は騒然となった。コンスティテューションとシスバーガリ王国が休戦協定を結んで以降、アーカー大陸では大規模な戦はあまり起こっていない。各国の国境付近にてそれぞれ小競り合いがあるくらいであった。若手職員は報告を続ける。
「現在コンスティテューションにはアンギルダン・クレイムが将軍として在籍しています。彼がいる以上、北部が簡単に落ちるとは思えませんが、現皇帝の力の入れ方次第で情勢は変わってくる可能性があります。コンスティテューションは北部最大都市といえどもあくまで一つの都市です。本気になった一国を相手にどこまで持ち堪えられるかは疑問が残ります」
「それで、その報告のためだけにわざわざこれだけの人数を集めたわけではあるまい? 我々が判断すべきことは何だ」
ディエイカー王国のギルドを統括する者が訊ねた。
「はい。本日は我々ギルドとしての方針を決定すべく、お集まり頂きました。具体的には帝国へ協力するかどうか、が一番大きな判断事項となります。我々ギルドは国家間の争いには介入しないとしております。それは理解しております。ですが、その原則を超えて議論をしなければならない理由がございます」
室内は静まり返った。若手職員は少しの間を置いてから再度話し始めた。
「南大陸に、怪しい動きがあります。向こうでは既に大陸統一を果たした国があり、その国がアーカー大陸侵攻を計画している兆しがあるのです」
「馬鹿馬鹿しい。南大陸の脅威などしれたもの。あの大陸からの侵攻は過去にもあった。だが、一切マナを持たない者達は我々の敵ではなかった。数々の記録にそう残っているではないか」
そう言ったのはクダラ共和国のギルドを統括する者だ。クリスはじっくりと話を聞き、誰が何を言うのか、一切聞き漏らすまいとしていた。
「南大陸と一番争いの記録がある我が国、ラスバルニアでも南大陸はそれほど脅威とは感じておりません」
ラスバルニア王朝のギルドを統括する者もそう言った。
「ありがとうございます。皆さんのご意見は御尤もです。私は帝国へ味方するよう誘導しているつもりはございません。最終的には決議によって決める予定でおります。しかし、我々がどう判断しようとラルゴン帝国は大陸統一を宣言しています。帝国がそれを実行するのであれば、いずれにしろ我々は方針を決めておかねばなりません。さもなければいざという時の判断に困りますので」
若手職員は唇を嚙んだ。今の自分にはこれしかできない。南大陸の脅威に関する情報は少なすぎる。もし自分が彼等の立場であったなら、やはり動きはしないだろう。
その後取られた決議においては若手職員の想像通り、現方針の維持であった。ギルドは国家間の争いには関与しない。傭兵を募集するのであれば公平に依頼に応じて派遣する。もっと正確な情報を集めなければならない。杞憂であればそれに越したことはないが。若手職員には不安が残った。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
kindle出版しているアーカー大陸:楔の本編をこれから毎日最後まで公開していきます。
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