第十四話
AC歴七百四十三年 五月
「三人とも。この争いはとても不毛だ。こんなことで争うのはやめてくれないか」
イーストオールドークの外れ、ノウサ連邦の草原でクリスは言った。
赤子にはカエンと名前がついた。リトルアジアの言葉で炎を意味する言葉だ。赤毛が特徴の赤子に合っているとしてドレイクが提案した。炎を意味するのであればとバジルも了承した。
カエンは楽しそうに笑っている。
「カエン、彼等を焚きつけるようなことはしちゃいけないよ。BD、君は止める側だろう?」
クリスの訴えにBDは首を横に振った。
オールドークの外れの草原で、ドレイクとバジル、BDは距離をとって睨み合っていた。その近くにカエンを抱えたシーリーとアーノルド、頭を抱えているクリスがいた。
事の発端はアーノルドのちょっとした一言、
『誰がパパって呼ばれるんだ?』
だった。
当然のようにバジルとドレイクは『パパ』の称号を争った。三人で親をすることは既に決まっていたが、呼ばれ方については考えていなかった。
「アーノルド、君があんなことを言うからこんなことになったんだぞ」
「俺は知らん。それにどうせいつかはこうなるだろ」
「クリス、あっあの二人、剣、抜こうとしてる」
バジルは背中の大剣を、ドレイクは腰の双剣を、BDは牙を向いて毛を逆立てている。
「クリス。これはあいつらにとって必要なことだ。この戦いであいつらとこの子は本当の親子になるんだ」
「アーノルド、君が何を言っているのか分からない」
「クリス、なっ何か決まりがあった、ほうがいい」
名前を持つ竜を喰らった三人の三つ巴。素手の喧嘩であればまだしも、術式を使用すればお互い無事では済まない。バジルの〝炎舞〟は加減が効かない。バジルが〝炎舞〟を使えばドレイクだって術式を使うだろう。ドレイクが術式を使用すれば誰も彼を止められない。望みがあるとすればBDだが、彼も既にやる気のようだった。
クリスはため息をついてから大声で宣言した。
「魔術はなし! もし誰か一人でも魔術を使ったら、カエンはメイガンに預ける!」
クリスは草原に座り込む。魔術を用いなければ純粋な身体能力の勝負。大怪我をするようなことはないだろう。止められない争いであれば、こうでもして一度発散させてやる他ない。それに今の彼等にとってカエンがメイガンに育てられるというのはこれ以上ない罰のはずだ。
「クリスの決めたことだ。お前等、分かったな?」
アーノルドは大笑いしながら問いかけた。三人は了承する。シーリーが魔術で大きな音を出すと、それを合図に三人の殴り合いが始まった。
結果はBDの圧勝だった。純粋な身体能力の勝負でBDに敵う訳がない。
数日後、アーノルドが姓はどうするのかと三人に訊ねた。そのおかげで三人は再度争うことになったが、その決着は着かなかった。
八人の友人達がモントンの孤児院に寄付をしていることが広まると、大陸各地から我も我もと手紙が届いた。いずれも自分達がどれほど不遇で貧しい生活をしているかがありありと書かれていた。そこに書いてあることが全て真実だとすれば、きっと数日の食事を我慢して鳩を飛ばす金にでも代えたのだろう。
届いた手紙のほとんどをバジル達は相手にしなかった。
正義感の塊のようなクリスや、優しさで出来ている様なシーリーと違って、バジルとドレイクは悪人ではないが本来無条件で貧しい者を救うような者達でもなかった。
彼等の心を動かしたのは、何も持たないはずのイズ達がそういう環境であるにも拘わらずにバジル達に食事を与えようとしたからであって、救われようとしたからではなかったからだ。
支援を受けられないと分かると、希望は憎しみとなり、やがて非難の声へと変わって彼等を酷く不快にさせた。
他人の善意を平気で毟り取ることに抵抗のない人間は、恩を恩とは思わない。そういった者達は自分達が逆の境遇、裕福な立場になった時には、貧しい者を救おうなどとはしないだろう。自分達がとてもしないだろうことを、自分達には求めている。
不満があるのなら自分が強くなるしかない。弱音を吐いている暇があるのなら、その間に強くなる努力をするべきだ。そう考えるバジルとドレイクに取って、何もせず、ただ助けを求める人々の声は煩わしい以外の何物でもなかった。
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