第十三話
「こいつ、セントラルに住んでやがる」
クリスから受け取った地図は全てセントラル内のものだ。地図の裏には名前と仕事内容も書かれていた。そのうちの一枚を見てドレイクが言った。
「ラージ商会の代表、ラージ夫妻。伝書鳩で財を築いた。だとよ」
アーカー大陸では情報伝達のために伝書鳩がよく利用された。オールドークには鳩で生計を立てている者も多くいる。鳩を用いた競技も毎年開催されており、オールドーク名物の一つとなっている。この競技で優勝する鳩ともなれば、驚くほどの高額になるとのことだった。
地図の示した場所に到着すると、それほど大きくはないが小奇麗な家があった。セントラルに家を持つだけで大変なことだ。もし同じ費用で他の区画に家を建てたなら、巨大な屋敷が出来上がったことだろう。三人が扉を叩くと、中から手伝いのものと思われる若い女が出てきた。事情を説明すると女は少々お待ちくださいといって扉の中へ消えた。すると、すぐに身なりの良い初老の男と女がやってきた。
「いやいや、お待たせして申し訳ありません。ラージ商会を纏めております、ラングット・ラージと申します。こちらは妻のシューベです」
「シューべと申します。さあどうぞ、中へお入りください。今お茶を用意致します」
「ああ、BDは入っても大丈夫か?」
「もちろんですとも! どうぞお気になさらずお入りください」
感じの良い夫婦であった。聞けば、若い頃は苦労もしたようだが、努力が実を結んできたのだと言う。生活が安定してきたことで子供を望んだが、二人の間にはなかなか子供ができなかった。そんな中、知人のゴリアテから今回の話を聞いたのだとか。何も問題はない。この二人であれば良い親になるだろう。問題があるとすれば、この二人ではなく、三人のほうだ。
残りの二つの地図の家にも行ってみたが、どちらの家も問題はなかった。いずれも裕福で夫婦仲も良く、人柄も良い。手伝いの者に対する態度も悪くない。クリスの言う通りだった。三人はギルド本部近くに宿を取り、冒険者が良く集まる大きな酒場で卓に赤子の入った籠を置きながら酒を煽った。
「それで、どこに預ける?」
ドレイクがバジルに訊ねた。
「ああ? お前が決めろよ」
バジルの機嫌はいつになく悪かった。するとBDが酒場の入口へ走り出して、一人の男と共に戻ってきた。
「や、やあ」
シーリーが二人に声を掛ける。癖っ毛の黒髪で見るからにリトルアジア系の男、垂れた目とこけた頬から彼の優しさが滲み出ている。年はバジル達と大差ないのだが、まだ三十前のように見える。吃音を持つ医療術師で三人の友人だ。
「ク、クリスから君達が、もっ戻ったって聞いたから。こっここかなって」
シーリーはどもりながら言う。
「よお、シーリー。丁度いい、お前だったらこの中のどいつに子供を預ける?」
言いながらバジルはクリスから貰った三枚の地図を放り投げる。
「だっ大分、機嫌が悪いみたいだね。そんなに飲んだの?」
「別に。そんな悪かねえよ」
「シーリー、真面目な話、もうお前が決めてくれ。この三つの家はどこも悪いとこじゃねえ。お前が選んだとこにこいつを押し付けてくる」
ドレイクがおしめを交換しながらシーリーに頼んだ。シーリーはその光景を見ながら言った。
「そうだね、僕、僕だったら、裕福な家よりも君達がいいかな」
二人は驚いた。そういう選択もあるんだろうか。
「どこにも預けないってことか?」
バジルが確認すると、BDが顔を上げた。
「そっそう。だって君達の機嫌が悪いのは、こっこの子と離れるのが嫌だからじゃない?」
シーリーの言葉にBDは頷くが、二人は反発した。すると、
「おい! お前らここをどこだと思ってる。酒場で餓鬼の糞の匂いなんて嗅がせやがって、ふざけてんのか」
体格の良い冒険者が文句を言ってくると、バジルはその男をぶん殴ってから言った。
「黙ってろ。今大事な話してんだ」
赤子がきゃっきゃと笑った。
男が白目を剥いて倒れると、恐らくその仲間と思われる数名の男女がバジルに殴り掛かってきた。バジルは男の拳を交わして自身の拳を叩きこむ。するとバジルに殴られた男は吹っ飛んで別の冒険者にぶつかり、その冒険者の仲間達も喧嘩に加わった。ドレイクも加勢に入り酒場は大騒ぎになった。
BDは赤子の入った籠を口で咥え、冒険者達が暴れまわる酒場をするりと抜けて、安全な場所へ行く。シーリーは喧嘩を止めるよう呼び掛け続けたが、誰も聞いてはいなかった。
店の責任者は呆れながら損害状況を淡々と記していった。この請求書はギルドへ送られることになる。
翌日、三人はクリスの元へ向かい、赤子は誰にも預けないと伝えた。クリスはただ頷いて了承した。
「君達も親になるのか」
クリスは感慨深く三人を見送った。三人が出たあと、クリスの部屋の扉を職員が叩いた。
「失礼します。クリスさん、酒場から請求書が届いているのですが、ギルドでお支払いして良いですか?」
請求書には店の損害状況の他、事の経緯も記されていた。クリスは目を閉じて少し考えた後、
「いや、僕が払おう。餞別といったところかな」
そう言って職員から請求書を受け取った。
職員は安心してその場を去った。
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