儂は病人であって、軍艦ではない
「……というわけで! まさ江ちゃん、私と一緒に世界一周しましょう!」
東郷幸は、ズラリと世界地図と旅行会社のパンフレットを並べて、満面の笑みで言い放った。
「せ、世界一周……!?」
会田まさ江は、目を丸くした。
「ええ! ベルリンでお爺様を看病して、まさ江ちゃんも映画を撮影して、そのあとパリやロンドンを回って、大西洋を渡って、最後にお父様のいるワシントンにゴール!
……完璧なプランじゃない?」
まさ江は、少し困ったように眉を下げた。
「幸ちゃん……気持ちは嬉しいけれど。その……旅費は、誰が出すの? 私はまだ映画の新人だし、東郷閣下にこれ以上ご迷惑を……」
「大丈夫! お父様のお金は一銭も使いません!」
幸は、ドン! と胸を張った。セーラー服の胸元が、当時の同年代の少女とは比較にならないほどの質量で揺れた。
「私が出すの。この『特許庁の証明書』と『海軍省の振込票』のお金でね!」
幸が提示した預金通帳の残高を見て、まさ江は息を呑んだ。
海軍からの『特許買い上げ前払金』と『機密指定協力金』、さらに寒冷地・潜水艦部隊への初期ロット量産のロイヤリティを合わせて、初年度(1932年)だけで『約2万8,000円』の収入だ。
21世紀の貨幣価値で言えば、数千万円〜1億円クラス。
それは横須賀のドブ板通りで魚を捌いていた少女の金銭感覚を、遥かに凌駕する額だった。
「これなら、私たち二人の一等船室の料金も、通訳さんや家庭教師、護衛の人の費用も、全部払ってもお釣りが来るわ!
……まさ江ちゃん。私たちは、誰かに『連れて行ってもらう』んじゃない。自分のお金で、自分の足で、世界を見に行くのよ」
幸の言葉に、まさ江の瞳の奥で、静かな、しかし熱い炎が揺れた。
⸻
時:1932年(昭和七年)、初夏
場所:ドイツ・ベルリン、シャリテ大学病院
ヨーロッパ最古にして最高峰の医療機関、シャリテ病院の空気は、かつてないほどの熱気と緊張感に包まれていた。
厳重な警備が敷かれた特別病棟。そこに横たわっているのは、かつてロシアのバルチック艦隊を葬り去った極東の生ける神、東郷平八郎元帥である。
ライヒスバンク総裁のヒャルマル・シャハトは、赤鉛筆を握りしめ、各省庁の役人や企業幹部たちを冷徹な目で睨みつけていた。
「……いいか、諸君。これは一患者の治療ではない。
ドイツ医学に対する、日本帝国海軍からの『1億ドル規模の信任投票』だ。失敗は許されん」
シャハトはまず、シャリテ大学病院の院長と、IGファルベンの代表を指差した。
「医者と化学者ども。貴様らは絶対に『プロントジルが癌を治す魔法の薬だ』などと、三流の詐欺師のような誇大宣伝をするな」
「し、しかし総裁。この新薬の威力を世界にアピールする絶好の……」
「黙れ!」シャハトが一喝する。
「奇跡など売るな。我々が売るのは『ドイツの科学の信頼性』だ!
プロントジルはあくまで『術後感染を防ぐための完璧なセーフティネット』であると、日本側の軍医に冷徹なデータで説明しろ。過剰な期待を持たせれば、万が一の時に我が国の信用が吹き飛ぶぞ」
次にシャハトは、ベルリン警視総監に向き直った。
「警察。シャリテ病院の半径1キロ以内から、政治の匂いを完全に消臭しろ。
ナチスの突撃隊(SA)、共産党の赤色戦線、右翼新聞の記者、怪しいカメラマン。一切を排除だ。病院の前でシュプレヒコールを上げた者は、誰であろうと即座にブタ箱へ放り込め」
「そ、総裁、それでは彼らが『言論弾圧だ』と騒ぎます……!」
「騒がせておけ! もし病院の前で騒ぎが起きて、日本や海外の投資家が『ドイツは治安が悪い』と判断して資金を引き揚げたら……」
シャハトの声は、地を這うように低くなった。
「お前たち警察官の給料も、失業者たちのパンも消滅する。
……病院の前で旗を振ることは、ドイツのパンを燃やすのと同じだと、貴様らの警棒で末端のチンピラどもに教え込んでこい」
さらに、シャハトは国防省の連絡将校を睨みつけた。
「国防軍の連中にも釘を刺しておく。
東郷元帥は海軍の神様だ。現場の将校が会いたがるのは分かる。……だが、公式表敬は5分以内に制限する」
「なっ……! 総裁、それは無礼ではありませんか!?」
「無礼なのは貴様らだ!」
シャハトは机を叩いた。
「ベッドの上の老英雄を囲んで、軍事談義に花を咲かせるだと? それをナチスや共産党の新聞に撮られてみろ! 『ドイツ国防軍、日本と軍事同盟を結ぶ!』と書かれ、フランスやイギリスが発狂してまたルール地方に乗り込んでくるぞ!
……挨拶をして、花を置いて、すぐに出てこい。間違っても、プレス機やトラクター(戦車)の話など、病室でするなよ!」
⸻
そしてシャハトにとって、最大の「爆弾」が、UFA映画社の天才監督、レニ・リーフェンシュタールだった。
彼女は東郷一成の放った資金と、会田まさ江(原節子)の美しさに魅了され、日本側の全面スポンサードで映画を撮り始めていた。
当然、彼女のカメラは「東郷平八郎のドイツでの奇跡の生還」をフィルムに収めたがった。
「……ミヒャエル。彼女のカメラはどうなっている?」
シャハトが、情報管理担当に問う。
「彼女には『撮ってもよいが、撮りすぎるな』と厳命してあります。
病床の衰弱した姿は絶対に撮らせません。許可したのは、病院の外観、美しいお嬢様方の献身、そして日独の医師団の握手のみです」
「よし。彼女の才能は認めるが、彼女は『病人』を『神話』にしてしまう癖がある」
シャハトは、冷や汗をハンカチで拭った。
「老元帥をワーグナーの悲劇の英雄のように撮られては困るのだ。我々が世界に見せたいのは、ナチスの熱狂ではなく、『冷静で理性的な共和国ドイツの文明』なのだからな」
ヒャルマル・シャハトの懐には、二通の「公式声明文」の原稿が入っていた。
一通は、手術成功と回復を祝うもの。
もう一通は、最悪の事態――老元帥が死亡した場合の『防爆マニュアル』である。
『――ドイツ医師団は、元帥閣下の苦痛を和らげ、感染症管理と外科的処置に全力を尽くした。しかしご高齢と病勢のため、治療の甲斐なく逝去された。日本側とドイツ側は、最後まで医学的・人道的協力を尽くした――』
シャハトは、決して「新薬が効かなかった」とは書かせない。
オーストリアのCA銀行が21億シリングもの穴を抱えて爆発した、針のむしろのような欧州金融市場において。ここで「ドイツの医療と化学」に対する信用まで揺らげば、ダナート銀行のみならず、ドイツそのものが即死するからだ。
シャハトは、日本海軍と「暗黙の了解」を結んでいた。
日本海軍もまた、彼らの英雄を「プロパガンダの見世物」にする気は毛頭ない。だからこそ、シャハトのこの半分異常なまでのマイクロマネジメントを黙認していた。
⸻
病室のドアが、静かに開かれた。
UFAの映画監督アーノルド・ファンクと、数名のカメラマンが、恭しく入室してきた。
彼らは、ベッドの上の老元帥にカメラを向け、威厳あるポーズを要求しようとした。
「……閣下。どうか、カメラに向かって力強く手を振っていただけませんか。ドイツ国民に、貴方の健在ぶりを……」
レニ・リーフェンシュタールは、巨大な照明機材のスイッチを入れようとして、息を呑んだ。
ベッドの上に、真っ白な寝巻きを着た小柄な老人が座っていた。
その傍らには、美しい和服姿の会田まさ江(原節子)と、エプロン姿の東郷幸が、静かに果物を剥いている。
東郷平八郎は、ベッドの上に静かに身を起こしていた。
最新の『経尿道的砕石術』によって長年彼を苦しめていた膀胱結石は取り除かれ、初期の放射線治療によって喉の痛みも引いている。
(……なんて、静かなの)
レニの芸術家としての本能が、激しく揺さぶられた。
彼女はワーグナーのオペラのような、劇的で大仰な「英雄の帰還」を撮ろうと構図を練っていた。
だが目の前にあるのは、ただの「静謐な家族の風景」だった。
「……監督。カメラを、もう少し右へ」
UFAのスタッフが、大仰な照明を老元帥の顔に当てようとした、その瞬間だった。
「……よせ」
かすれた、しかし刃物のように静かな声が、病室の空気を完全に凍りつかせた。
東郷平八郎の目が、カメラのレンズを真っ直ぐに射抜いていた。
かつて荒れ狂う日本海で、ロシアのバルチック艦隊の砲火を浴びながら一歩も引かなかった男の目。
「……儂は病人であって、軍艦ではない」
ピタリ、と。
スタッフの動きが止まった。
同行していたドイツ国防軍の将校たちも、シャハトも完全に沈黙した。
その一言で、病室に持ち込まれていた政治も宣伝も金融の思惑も、すべてが吹き飛ばされた。
一人の老いた武士としての、圧倒的な『品性』が、その場の全ての人間を制圧したのだ。
(……素晴らしい!)
シャハトは、内心で喝采を上げた。
誰もが「英雄神話」を叫ぼうとしていた空気を、元帥自身が一言で「ただの病人だ」と地に足をつけてくれた。これで、過剰なプロパガンダによる副作用を防ぐことができる。
「……カメラを回せ。今のままでいい。何も演出するな」
ファンク監督は、震える声でカメラマンに命じた。
そして、レニ・リーフェンシュタールもまた、カメラを三脚から外し、手持ちでファインダーを覗き込んだ。
(……そうよ。大仰な照明なんていらない。この方には、そんなものは似合わない)
彼女は、過剰な演出を全て捨てた。
窓から差し込む、ベルリンの柔らかな自然光。
老元帥の小さな、しかし決して折れることのない背中。
その傍らで、そっと白湯を差し出す白衣のドイツ人医師。
林檎を剥くまさ江の、静かで気高い横顔。
そして元帥のシワだらけの手を、両手で包み込むように握っている幸の、祈るような姿。
カシャッ、カシャッ。
シャッター音だけが、静かな病室に響いた。
そこに「神話」を叫ぶ者は誰もいなかった。
だがフィルムに焼き付けられたのは、言葉で飾る必要のない、本物の『神話の体温』だった。
⸻
ワシントンD.C、日本大使館。
東郷一成はシガーに火をつけようとして、ふと手を止めた。
傍らの橘小百合が、灰皿をスッと引いたからだ。
「……ああ、そうだったな。幸に怒られる」
一成は苦笑して、シガーを懐にしまった。
「閣下。……主治医からの最終報告です」
副官の樋端久利雄が、分厚いカルテを持ってやってきた。
「プロントジルによる感染症の抑制は完璧でした。結石も完全に除去され、元帥の体力は驚くほど回復されています。
……退院可能です。日本への長旅にも、十分耐えられるでしょう」
「そうか。……よくやってくれた」
一成は、初夏の風を胸いっぱいに吸い込んだ。
「1932年という『病状が深刻化しきる前』に、結石の除去と初期ガンの放射線治療を行えたことで、父上の寿命は、ここから少なくとも『5年から7年(1937年〜1939年頃まで)』は延びた」
史実の東郷平八郎を直接死に至らしめたのは、ガンそのものよりも、結石による『尿毒症』と、高齢の体力低下を突いた『気管支炎・肺炎』、そして『敗血症(細菌感染)』だった。
当時の医療の常識では、80歳を超える老人が術後の細菌感染を生き延びる確率はほぼゼロだった。
だが、シャリテ大学病院の誇る最新の経尿道的砕石術が、致命傷となる結石を取り除き。
初期の放射線治療が、喉頭癌の進行を抑え込み。
そして何より、IGファルベンがその威信をかけて提供した「プロントジル」が、高齢の患者にとって最も恐ろしい『術後感染・肺炎・敗血症』という死神を、完璧にブロックしたのだ。
「樋端君。シャリテ大学病院とシャハト総裁に電文を。『ドイツの危機管理と、科学力に、日本海軍は最大限の敬意を表する。……これで私の父も、もう数年は口うるさく私に説教ができるだろう』とな」
一成の親孝行は、彼自身の「見えざる帝国」を守るための、最強の「政治的盾」を温存することに成功したのである。
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