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TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第三章

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Bank of United States(合衆国銀行)

 時:1930年(昭和五年)、12月11日

場所:ニューヨーク、マンハッタン・ウォール街近郊


 氷点下の風が吹き抜けるマンハッタンの路上で、数千人の群衆が怒号を上げ、あるいは力なく泣き崩れていた。

 彼らが取り囲んでいるのは、重厚な石造りの立派な建物。その正面には、誇らしげに金色の文字が掲げられている。


『Bank of United States(合衆国銀行)』


 だが今、その立派な重い鉄扉は固く閉ざされ、一枚の無情な張り紙が貼られていた。

『当行は、支払不能により業務を一時停止する』


「開けろ! 俺の預金を返せ!」

「政府の銀行だろうが! なぜ国が助けないんだ!」

「子供のミルク代が入ってるんだ! 開けろォォッ!」


 群衆の悲鳴を、完全武装した市警の警官隊が押し返している。

 アメリカ史上最大規模、預金者数40万人以上を抱える巨大商業銀行の、あっけない死。

 この『合衆国銀行』という大層な名前を持つ銀行は、実は連邦政府や中央銀行(FRB)とは何の関係もない、ただの「民間銀行」だった。


 だが、移民や貧困層の多くは「合衆国の名がついているのだから、政府の保証がある安全な銀行だ」と勘違いして、なけなしの貯金を預けていたのだ。



 時:同日、朝

場所:ニューヨーク港、客船『ブレーメン』下船口


 北ドイツ・ロイド社の誇る超大型客船『ブレーメン』が、凍てつくような冬のニューヨーク港に接岸した。

 タラップを降り立った東郷一成少将は、久しぶりに吸い込むアメリカの空気が、以前よりもさらに冷たく、そして焦げ臭いことに気がついた。


「……大佐! いえ、東郷少将!」

 人混みをかき分けて慌てて駆け寄ってきたのは、なんと駐米陸軍武官補佐官の、栗林忠道大尉だった。


「……栗林大尉、陸軍軍人のあなたがわざわざ海軍の出迎え、ありがとう。私の不在中、何事もなかったかね?」


 東郷が穏やかに尋ねると、栗林は泣きそうな声で叫んだ。

「何事もなかったわけがありません! 閣下、アメリカが……いや、ウォール街がまた一つ、巨大な心臓発作を起こしました!」


 栗林は、今朝のニューヨーク・タイムズを震える手で差し出した。

 一面には、巨大な活字が黒々と踊っている。


『BANK OF UNITED STATES CLOSES DOORS!(合衆国銀行、扉を閉ざす!)』

『パニック拡大! 預金者数万人が窓口に殺到!』


「合衆国銀行が潰れたことで、『あの名前の銀行でも潰れるのか!』と一般市民がパニックを起こしました。

 今、全米のあらゆる銀行で『取り付け騒ぎ(バンク・ラン)』が起きています。人々はドル紙幣を求めて銀行に殺到し、銀行は現金を捻出するために、手持ちの資産を片っ端から市場に投げ売っているのです!」


「……なるほど」

 東郷の目が、スッと細められた。

「それで、我々の『NCPC債』も投げ売られている、というわけか」


 東郷は、新聞をたたんだ。

「だが、そもそもいくら取り付け騒ぎが起きようと、あれほどの規模の銀行だ。ウォール街のクリアリングハウス(手形交換所)や、JPモルガンのような大手が『つなぎ融資』をして救済するのが、金融界の不文律だろう。

 ……なぜ、見殺しにした?」


 その問いに答えたのは、傍で東郷を護衛していた橘小百合だった。

「……血筋、だそうです」


 小百合は、無機質な声で答えた。

「ウォール街を牛耳るWASP(白人アングロサクソン・プロテスタント)のエリート銀行家たちにとって、合衆国銀行の経営陣は『成り上がりのユダヤ系移民』に過ぎませんでした。

 彼らは『ユダヤの銀行など、潰してしまえ』と救済を拒否したと、港のあちこちで噂が」


 東郷は、少しだけ目を丸くし、そして……声を立てて笑い出した。

「ククッ…… 傑作だな!

 自分たちの国の、それもニューヨークの巨大銀行が潰れれば、アメリカ全体の金融システムが連鎖崩壊することくらい、少し計算すれば分かるだろうに!

 ……アメリカの最大の敵は、常にアメリカ自身だな。急いでワシントンに戻るぞ」



 時:同日 昼

場所:ワシントンD.C. 日本大使館・大使執務室


 その日、日本大使館の応接室には、殺気にも似た緊張感が漂っていた。

 駐米大使の出淵勝次は額に汗を浮かべながら、目の前の二人の男の剣幕に圧倒されていた。


 国務長官ヘンリー・スティムソンと、財務長官アンドリュー・メロン。

 アメリカ合衆国の外交と財政のトップが、外交儀礼もそこそこに怒鳴り込んで来たのだ。


「……東郷少将を出したまえ!」

 メロン長官が、テーブルを叩いた。

「なぜ我々が準備率を下げて、この危機に金融緩和できないか分かるか!?

 FRBがいくら輪転機を回してドルを刷っても、砂漠に水が吸い込まれるように、全てがNCPC債に姿を変えて貴官らの金庫に消えていくからだ!」


 スティムソンも、顔を真っ赤にして続いた。

「これは合衆国に対する経済制裁だ! いや、金融テロだ!

 直ちにそのドルを市場に還流させたまえ! さもなくば、我々は『非常事態宣言』を発動し、大統領令で大使館の資産を凍結せざるを得んぞ!」


 脅しではなかった。彼らは本当に追い詰められていた。

 アメリカの実体経済は死にかけている。だが、日本海軍のNCPCというブラックホールがドルの流動性を吸い尽くしているため、打つ手がないのだ。


 出淵大使がオロオロとする中、奥の扉が静かに開き、軍服姿の東郷一成少将が現れた。

 その後ろには、冷徹な目をした護衛の橘小百合が控えている。


「……おや、両長官。随分と物騒なご挨拶ですね」

 東郷は、余裕の笑みを浮かべてソファに腰を下ろした。

「市場にドルを還流させろ、ですか。……いいでしょう。我々も、アメリカ経済がこのまま窒息死するのは望んでおりません」


「ほ、本当か?」メロンが身を乗り出す。

「ええ。我々としても、アメリカは大切な『取引先』ですからね。

 そこで……」

 東郷は、懐から一枚の書類を取り出した。

「ちょうど今、ニューヨークで『合衆国銀行(Bank of United States)』が破綻の危機に瀕していると聞いております」


 その名前が出た瞬間、メロンとスティムソンの顔が引きつった。

「ウォール街のクリアリングハウス(手形交換所)も、FRBも、あの銀行の救済を拒否しましたね? 『経営が放漫だ』とか、『素性(ユダヤ系)が怪しい』とかいう理由で」


 東郷は、二人の閣僚の目を射抜いた。

「……貴国が見捨てるというのなら、私が拾いましょう」


「……なに?」

「私が手元に持っているドルのうち、5億ドルを使います」

 東郷は、淡々と告げた。

「この『合衆国銀行』に対し、第三者割当増資を行います。

 つまり……日本海軍がこの銀行を買収し、資本を注入するのです」


 部屋の時間が、完全に止まった。

 スティムソンは、自分の耳がおかしくなったのかと思った。

「……正気か? 敵国の……いや、外国の軍隊が、アメリカの銀行のオーナーになるだと?」


「法的には問題ありません」

 東郷は涼しい顔で答えた。

「先日貴国が慌てて成立させた『戦略的産業防衛法(SIDA)』。

 あの規制対象は、通信・電力・鉄道・軍需でしたな。……『銀行』は含まれていない」


「なっ……!」

 メロンは言葉を失った。

 SIDAを起草した時、彼らは「日本の資源やインフラの買収」を防ぐことしか頭になかった。まさか、日本が「ウォール街の銀行そのもの」を買いに来るとは、夢にも思わなかったのだ。


「それに、これは『救済』です。40万人のアメリカ市民の預金を守るための、人道的な措置です」

 東郷は、甘い毒を含んだ言葉を続けた。


「考えてもご覧なさい。

 私がこの銀行を買収し、そこに潤沢なドルを注入すれば、どうなりますか?

 この銀行は生き返る。預金者は救われる。連鎖倒産は防げる。

 そしてこの銀行を通じて、私が吸い上げたドルは、健全な融資として再びアメリカの地方市場に還流していく。


 ……貴方がたが先ほど望んでいた『ドルの市場還流』が、最も効率的で、合法的で、しかも貴国政府の懐を一切痛めない形で実現するのですよ。感謝していただきたいくらいです」


 メロンは、呻き声を上げた。

 論理的には完璧だ。経済学的にも正しい。

 もし日本が5億ドルのキャッシュを注入すれば、合衆国銀行は即座に蘇生し、アメリカの金融システムは首の皮一枚で繋がる。


 だが、政治的にはどうだ?

 ニューヨークの庶民が利用する巨大銀行が、日本の軍隊の所有物になるのだ。

 アメリカの市民が、日本海軍の銀行から金を借り、利子を払う生活が始まる。


「……駄目だ」

 隣のスティムソンが、絶望的な声で指摘した。

「……名前が、駄目だ」


「名前、ですか?」東郷が首を傾げる。


「行名が、『Bank of United States(合衆国銀行)』だぞ!!」

 スティムソンは、顔を真っ赤にして絶叫した。

「日本が! 『合衆国』の! オーナーになるだと!?

 そんな冗談が許されるか! 新聞になんと書かれると思っているんだ!

 『我らが合衆国アメリカは、日本海軍に買収されました!』と、文字通りの見出しが躍るんだぞ!! 暴動が起きるわ!!」


 出淵大使は、吹き出しそうになるのを必死で堪えた。

 小百合は相変らず無表情だったが、その瞳の奥には明確な軽蔑の光が宿っていた。


「おや、気になさいますか?」

 東郷は微笑んだ。

「では、名前は変えないでおきましょう。その方が、預金者も安心するでしょうから」


 それは、究極の皮肉だった。

 「合衆国」という名を冠した銀行の中身が、完全に「日本」に入れ替わる。

 アメリカという国家の空洞化を、これ以上ないほど象徴する出来事となるだろう。


「……断る」

 メロンは、血の滲むような声で言った。

「我々のアメリカは、我々の手で何とかする。……ジャップの世話にはならん。合衆国銀行(Bank of United States)の買収は認めない!」


 メロンとスティムソンが捨て台詞を吐いて立ち上がろうとした、その時だった。


「……おや。そうですか」

 東郷一成は、少しも動じずにコーヒーカップを置いた。

「買収がご不満であるなら、仕方がありません。私も貴国の国内法を破るつもりはありませんから」


 東郷は懐から小切手帳をしまい、代わりに一枚の『入金依頼書』を取り出した。

「では、こうしましょう。

 私は、合衆国銀行の株は一株も買いません。経営権も要求しません。役員も送り込みません。

 ただ善良な一市民(外交官)として、彼らの銀行に口座を開設し、手持ちのドルを『預金』するだけです」


 メロンの動きが止まった。

「……預金、だと?」


「ええ」東郷はにっこりと笑った。

「現在、彼らの銀行は取り付け騒ぎで手元の現金(流動性)が枯渇している。

 ならば、私がドルをポンと預金してあげれば、彼らの金庫は潤い、預金者への支払いも滞りなく行える。連鎖倒産は防げる。

 ……長官。貴国の法律に、『外国人がアメリカの銀行に金を預けてはいけない』という法律がありますか?」


 メロンとスティムソンは、顔を見合わせた。

 ない。そんな法律があるはずがない。もしあれば、アメリカは国際金融センターとして即死する。

「……い、いや、しかし……それだけの巨額の預金となると……」


「ただの銀行取引ですよ。長官、貴方がた政府が口を挟む余地など1ミリもありません」

 東郷の目が光った。

「私が預金をする。銀行は助かる。

 もちろん私は大口預金者として、銀行の頭取と“親密な”関係を築くことになるでしょうが……それはあくまで民間人同士の交流です。

 これならアメリカの誇り(名前)も守られ、銀行も救われる。文句はおありですか?」


 反論できなかった。

 買収なら、乗っ取りだと騒げる。だが「預金」を拒否すれば、本当にただの嫌がらせであり、倒産した責任を全額財務省が被ることになる。

 二人の閣僚は、幽鬼のような顔で大使館を後にするしかなかった。


 東郷は窓際のソファに深く腰掛け、冷めたコーヒーを啜った。

 部屋にはいつもの執務机の上に、高価な蓄音機が置かれている。

 流れているのは、ルイ・アームストロングのジャズ。だが、東郷は時折眉をひそめ、レコードの回転数を確認するかのような仕草をした。


「……聞こえるか、栗林君」

 東郷は、傍らに立つ栗林大尉に問いかけた。


「……レコードの音でありますか?」


「いや。外の音だ」

 東郷は、コーヒーカップを掲げた。

「FRBがドラム(金利)を叩き、財務省がトランペット(財政)を吹く。銀行は、ヴォーカル(融資)をがなり立てる。だが、リズムが全く合っていない。まるで、下手くそなジャズバンドだな」


 栗林は苦笑した。

「観客(国民)は演奏に耐えきれず、劇場を出てきてしまったようですが」

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まぁ、わが国も日本国なんてお山があって洒落で出してた『日本国征服書』なんてのが炎上してたし名前は大事だわな……
乙でした。 メロンとスチィムソンは大恐慌時の閣僚という経歴だけで、 もう未来なんかないのに無駄に無能な働き者だなあ。
ドル回せと直談判しに来たメロンとスティムソンからすれば、銀行買収からの第二次侍プット案件が出てきた感じか 合衆国銀行を基にドルは廻るだろうな、バックに日本海軍という圧倒的な信用ある以上取り付け騒ぎも収…
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